午前2時40分。
草木も眠る丑三つ時、をほんのちょっと過ぎた頃に俺は布団を蹴飛ばした。
「…トイレ」
寝ぼけ眼でむくりと起き上がり、そのまま降りて歩こうとする。も、左足の自由が叶わず派手に転んで目が醒める。…だめだ俺左足折れてるんだった。
いい加減慣れろな、と自分を奮い立たせてなんとか身を起こし、松葉杖をついて病室を出る。相変わらず俺以外無人の大部屋はだだっ広さに静寂を灯すばかりで、小児病棟から帰ってくるとてんで退屈すぎて困る。
用を足しながら、もうそろ誰か入ってこねーかな、とかぼんやり天井を見上げていた時だ。
「──────ちょ、誰か応援呼んで! 030号室! 早く!!」
「誰?! 急変!?」
「ミオちゃんが暴れてる!」
ミオ。
それを聞いた瞬間看護師が走る方を目で追い、出来うる限りのスピードで小児病棟へと向かう。
そういや小児病棟への道はわかるけどミオの病室はわからない。看護師の後を追うのに今の俺では到底叶わず、あっという間に見失ってしまってあたりを見回す。慌てて先へ飛び込もうとして上を見る。
────────────隔離病棟。
違う、こっちじゃない。
踵を返して闇雲に辺りを見回していると、遠くで誰かの声が聞こえた。
光を頼るようにその声を辿り、ある程度近付くと、立ち止まる。正しくは、足がそれ以上動かなくなる。
目の当たりにしながら、そうでなければいいと願った。
間違いはなかったのに、逃げ出したくて堪らなくなった。
視界の正面、小児病棟の一番奥で、数人の大人に押さえ付けられているミオを見て。
獣のような咆哮を上げ、泣き叫び、自身の黒髪を振り乱しながら抵抗する彼女に、もう昼間の面影はなかった。全く別の人間が狐か鬼にでも憑かれたみたく牙を剥き、爪を立て、狂乱しながら看護師に食らいつく。それを押し留めながら拘束器具を使って三人がかりで自由を奪い、ベッドに縛り付けられた彼女が痰の絡んだ声で助けを乞う。いたい。たすけて。だれか。
─────────たすけて。
数人の大人の叫び声と、辺り一面に響き渡るミオの慟哭がぐわんぐわんと頭の中にこだまする。
耳を塞ぐ。目を閉じる。真っ暗になる。
夜が明ける。
まだ日も昇らない朝方。あまりの衝撃に眠気も飛んでしまい、病室に帰らず休憩所のベンチに座っていると、耳元でちゃぷりと音がした。