「気にしないでください」


 キ、とブレーキ音がすぐ隣で聞こえた。車椅子に乗った黒髪色白の少年は、二人の後を目で追いながら口の端を軽く持ち上げる。


「セナの大人嫌いは今に始まったことじゃありません。びっくりしたんだと思います、今までミオさんが連れてくる“新入り”さんは子どもたちばかりで、年功序列でいうと、二番手でも男のひとは僕が最年長だったんで」

「…えっと、」

「拓真です、恩田拓真。小児病棟へようこそ、みんな歓迎してます。恭平さんって呼んでもいいですか?」


 握手を求められ、その手を握ってから彼が、拓真が昨日小児病棟を覗いたとき前を通りすがった車椅子の少年と合致した。
 年は10歳くらいに見えるのに、口調や物腰が断トツ丁寧で落ち着いている。呆気に取られながら投げかけにこくこくと頷くと、そこで初めて年相応の無邪気な笑顔が見れた。


「良かった。断られるかと思ってました、“昨日覗いてた”だなんてうっかり言っちゃったせいで恭平さん、揉みくちゃになってたし」

「あの野次! お前だったのか」

「ごめんなさい。でもこんな背が高くてカッコいいお兄さんが来てくれるんならもっとめかし込んどくんだった、ってみんなが。モテモテですね」


 僕も見習います、とぺこりと頭を下げて車椅子を押して行く拓真を見送る。で、自分では隠していたつもりだったのに、ミオにジト目で見られてから俺は自分が高揚していることに気がつくわけだ。


「…なにニヤニヤしてんだよ」

「え。や、だってさ。…ふふ。俺、“カッコいいお兄さん”だって。そんなこと生まれて初めて言われた」

「…社交辞令だろ」

「え、そうなの?」

「案外乗せられやすいんだな」


 呆れたように鼻で笑われて夢から醒める。マジか。というかもし仮にそうだったとしてもそんな言い方しなくても良くないか。10の子どもに乗せられた、とか気落ち半分反省半分。それでも両天秤に乗せたそれが結果としてポジティブに転ぶのは、生まれ持った楽天さに他ならないのかもしれない。


「ま、でも俺が入ったことでここでの社会階級はころりとひっくり返ったわけだ。より良いここでの生活を目指して」