そういうもんかね、と天井を仰いだら今度は睨まれた。
「でも覗き魔」
「エッ」
「覗いてただろさっき。大部屋」
「え、あ、う───ん…?」
どうだっけかな、とぽりぽり頰を掻きながらすっとぼけてみても無理がある。向かいからの視線が痛く、耐え切れずにすいません、と頭を下げると彼女は小首を傾げる。
「なんで覗いてた」
「…理由聞いたら怒るぞ、多分」
「言わなくても怒るけど」
「ナースステーションで君の噂を聞いて来ました」
「素直でよろしい」
立ち上がった彼女にくしゃくしゃ、と頭を掻き乱されてムッとする。大型犬にするみたいな乱雑さに顔を上げると、悪戯な笑顔と目があった。驚く俺に、彼女はすぐ背を向ける。
「ここの小児病棟はちょっと訳ありな患者が多くて。ひとえに体が弱い、病気って子もいれば、そうでない子も多くいる。今でこそ名の知れたパニック障害だとか。精神的な心の病気。社会不適合。…まぁ最後のはおおもとがあたし」
皮肉げに笑う声はしたのに、背を向けているせいでどんな顔をしているのかわからなかった。
「お前、病気なの?」
だから声で問うた。
この世界の誰もが、誰かに向かって、たすけてを伝えられるわけじゃない。それがもし、彼女が、自分自身のことを言っていたのなら。
その糸口を、突破口を提示してやったら、心は晴れただろうか。
彼女は振り向かない。
「…あたしは夜が怖い。眠るのが怖い。ずっと深くて暗い場所で、次に目を覚ませるのかどうか不安になる。タナトフォビアとも似てるけどちょっと違うらしい。あたしだって普通に朝を迎えたいよ。他人に迷惑をかけてるのもわかってる。
でももうどうしたらいいのかわからない。夜に飲み込まれるその瞬間、気が狂ってどうにかなっちゃいそうになる」
「…」
「なーんてな。行き当たりばったりだから話した。さよなら、あんたは小児病棟の英雄だ」
背を向けて手を挙げる彼女に、一度目を逸らして俯く。考える間も無く、答えはいつも決まっていた。