「お前それ…」

「───恭ー平!」


 来ちゃった♡ と突然奇襲をかけてきたのは久野くんの友人、二人。朝井出くんに紺野くんを見るのは実に、年末以来だった。専門学校への進学、そしてセンター試験を控えた二人は自由登校に顔を出す理由が特にないらしい。


「星村ちゃんも久しぶりー! 相変わらずキミかわうぃーね」

「藤森うぜえスベってんぞ」

「あれ。星村さんもセンターじゃなかった? 学校で勉強してるんだ」

「あ、うんその方が集中出来るから」

「バッカ! よっちゃん鈍いな」


 こしょ、と私と久野くんを交互に見ながら紺野くんに耳打ちする朝井出くんに居た堪れない気持ちになる。あぁ、と声を出す紺野くんに、「憎いねくぬっ、くぬっ!」と肘打ちをくらっても首を傾げて訝るだけの久野くん。…彼が鈍くてよかった。そして男の子にもバレるってもう私終わりだ。穴を。潜れる穴をください。


「な、せっかく来たけどみんなで今からカラオケ行かねー! なんと! 本日は日々勉強三昧のよっちゃんの硬い顔が珍しくうんと頷いたのであった!」

「次回予告?」

「息抜きも大切だろ」


 あんま根詰めてもな、といつも通りクールな立ち振る舞いを見せる紺野くんに、いぇーい、と拳を高く突き上げる朝井出くん。カラオケ。───カラオケ。久野くんと!? わあ行きたい、と勉強そっちのけで受験生らしからぬ花をぱああ、と顔の周りに咲かせた直後しかし、久野くんの「俺パス」で正気に戻った。


「家で勉強する」

「え、は? 断るのはわかるけど勉強はここですりゃいいじゃん」

「ちょっと考えたいことあんだよ」


 ちぇー、と後頭部に手を置いて去っていく朝井出くんに、特に気にも留めない紺野くん。私に自然な動作でノートを返した久野くんがそのまま教室を出るのを見送って、私もトイレに立つついでに廊下を振り返った時。同じタイミングで彼も私に振り向いた。


 一定の距離で、視線がぶつかる。───けれど、彼は伸びてきた手にそのまま連れていかれてしまった。






 


 いつ、伝えよう。

 彼は、思い出したろうか。彼は、覚えているだろうか。
 あの日のすべて。君が私を救ってくれたこと。彼にもらったペンダントをきゅっと握りしめて、目を閉じる。

 もう何も怖くない。未来は、世界は、自分次第だ。私が動けばきっと何もかも変えられる。そんな気がする。今なら、私なら、…君がいるなら。




 夕陽を帯びた自宅の門扉を潜り、帰宅する。

 男性物の革靴があった。それがいつも笠井が履いているものだとわかった瞬間、「ただいま戻りました」と口に出す。