年を跨ぎ、冬休みが明けて、三年生は自由登校になり、クラスメイト全員が揃う日も疎らになった頃。

 その日、確か都内では初雪が観測された。


(…月だ)



 冬の突き抜けるような青の中に、ひとりぼっちの月がいた。雲一つない空は高く、凍てついた空気は吸うだけで、肺から私たちの体温を奪う。でも私は、冬の空気が、空が、月が、星が、好きだ。


「あ、今日の自由課題提出のことすっかり頭から抜けてたやべえ出すもんない」


 自分の席で上の空でいると、隣からそんな声が聞こえた。自由登校になった今も、久野くんは毎日学校に来ている。秋に他の子から大学推薦が決まっている、という話を聞いたけれど、バイトに明け暮れるにも限度があるし、家にいてもやることがないそうだ。私にとっては、それが幸せでしかない。


「あ…ひ、久野くん。これ、よかったら、貸すよ」


 遠慮がちに、提出カモフラージュ用のノートを差し出す。自由登校の間は、学校に来ても遊んで終わらないように、一応形だけその日取り組んだ課題を教卓に提出し下校するのだ。最もそれはあくまで証明だし、前に提出した教卓でそのままキャッチ&リリースしていたところを見ると、先生もロクにチェックをしてないから、名前だけ書き換えたら何とかなる。はず。


「え、マジで? けど星村自分のノートは…」

「他にもあるから大丈夫だよ」

「えぇ惚れるー…」


 惚れてください、どうか。そんなことを内心呟き、馬鹿みたいに心が躍る。こんなの、久野くんじゃなきゃ渡さなかった。きみじゃなきゃ、伝えなかった。頰に明らかな熱が宿るのを自分でも感じて、机の下で組んだ手を無意味にいじってみたりする。そうしていると、私からノートを受け取った久野くんが次の拍子にぴた、と動きを止めた。

 彼の視線の先はノートの表紙。え、なんだろう。字が汚かったかな。一応ペン習字習ってたんだけど、と青褪めた途端、伏せた彼の唇が静かに動く。


「……星村って、下の名前なんて読むの」

「え、い、いる? それ」

「読めないから」

「み、みおだよ。深い青、って書いて、みお」

「…………深青」


 さも当然みたいに呼ばれて、すとん、とその言葉は私の心に着地した。まるでそれがこの世に生を受けてからずっと彼に呼ばれるべき名前だったようにすら思えて、歓びと、擽ったさに首元を掻く。すると更に久野くんがぴく、と反応を示した。