息が止まった。


 瞳孔が震える。血が脈打つ。かろうじて「へ、」と小さく声を漏らした私にきみは、


「当たり前ポエム」


 そう言って、無邪気に歯を覗かせる。

 …久野くんは。あなたは、──────きみは、


「待って!!」


 じゃあなって鞄を持って廊下に出た背中を、教室から飛び出した私は呼び止める。振り向いて驚いたように目を見開く彼に、震える声で、ゆっくり、肩で呼吸する。


「え?」

「────あの…あのっ、…久野くん、私っ、」

「コラァ!! 誰だそこ! 何やってる、とっくに下校時刻過ぎてんぞ!!」

「うゎやっべ宇賀神だ」


 あいつ怒らせるとうるせえんだよな、と真っ暗な廊下で懐中電灯が二つの影を捉える前に、久野くんは私の手首を掴んで後ろに回すとどん、とそのまま突き飛ばした。


「久野くん!」

「お前は先に行け」

「でも、」

「いいから」


 ここは俺に任せろ、と後ろ手であしらう彼の仕草に少し置いてこく、と頷くと、すかさず階段を駆け下りる。そのあと少し遅れて宇賀神先生の怒号が私の背中に突き刺さって立ち止まったけれど、でも、彼の思いを無駄にしないべく私は、逃げたのだ。

 翌日、昨夜こっ酷く叱られた久野くんは反省文5枚と一週間の居残り掃除を言いつけられて散々周りにからかわれた。ごめんね、って謝る私にそれでも彼は首を振って、ありがとう、と伝えると、満足そうに微笑んでいたのを覚えてる。