…家に、帰りたくない。
家に帰ったって、あの男が我が物顔で私と母の居場所を牛耳りどす黒い根を少しずつ着実に張っている。確かに自分の家なのに、気兼ねなく休むことも出来ない。うっかり気を弛めようものなら、笠井が何をしでかすかわからない。その思いからずっと神経は研ぎ澄ませっぱなしで、体は限界間近だった。
憔悴の行き着く先どう殺そう、と当たり前に思い浮かべる自分が怖かった。一刻も早く、出来得ることならば、あの男を排除しなければならない。でも、そんなに上手く事が運ぶわけなんてない。
「…はは」
ごつん、ともう一度机に頭をぶつけて笑ってみせる。箍が外れた操り人形みたいに掠れた声で笑ったら、頰に雨が落ちた。涙だった。
…もう嫌だ。
泣いたらだめだ。あの男に屈するのを認めることになる。私はまだやれる。抗える。守れる。何を。何をだ。慰めるみたいに首からペンダントの光が反射して、手で握り締めて額に寄せる。きつく、きつく目を閉じて願う。
“だからもう泣くな”
────────叶うなら、きみに逢いたい。
あの日、この光をくれたひと。
強さの中に、弱さと儚さを持ったひと。
人の痛みを、慈しんで強さに変えられるあのひとに。
────────だって私はあの時確かに、
「あれ、星村?」
その声にはっとする。
咄嗟に身を起こして振り向けば、不思議そうにこっちに歩み寄ってくる久野くんがいた。
「何やってんの? もう下校時刻過ぎてんぞ」
「あ、ち、ちょっと。忘れものして。久野くんは?」
「俺もスマホ忘れてさ、…っかしーな確かに鞄に入れた記憶あったのに」
ガタガタ、と隣の自分自身の机に手を突っ込んでスマホを捜索する久野くんに、居た堪れず背筋を正して手を結んだり開いたりする。我ながら言い訳が苦し紛れだったかな。というか一人で笑ってたりしてんの聞かれた!?
嫌だ。絶対変な奴だって思われた。電気もつけないで下校時刻の過ぎた教室で一人で笑ってるとか恐怖過ぎて絶対引かれた! 普通を装ってるけど久野くんそういうの顔に出さなそうだしな、とひとりでにショックを受けていると「あった!」と声がした。
それは友人の朝井手くんの机の中にあったらしく、「なんでヒデの机の中にあるんだよ」、と彼は舌打ち混じりに彼の机をかき混ぜる。