こんなに若くて美形なお父さんがいて幸せね、と言われたそのとき、私は胃からせり上がってくるものを押し留めるのにいっぱいいっぱいだった。取り繕えさえしなかった。だから顔に出ていたのかもしれない。
地面の一点に視線を張り付ける私の耳に次に届いたのは、兄ではなく「父」の声。
「そう言ってもらえて恐縮です。他の誰でもない佐藤さんにそう言われたと聞いたら、家内も嫉妬しますよ」
「まぁ! もうお上手なんだから! 今度田舎から野菜! 送ってきたら届けるから! 是非ご家族で食べてね」
「ありがとうございます」
笑顔をくれて、一礼。その背中は振り向かない。
「お前、今俺を醜いと思っただろ」
「思ってません」
「嘘つかなくていいよ」
「思ってません」
「逆だ」
笠井は真っ直ぐに手を伸ばして今しがた去っていったおばさんを指差した。日陰を生き、日の当たる場所に出たことのないような青白く長い指は、曲がり角で軽く振り返ったおばさんを前にまた笑顔へと成り代わる。
「物事の本質を上っ面でしか見ていない。
ああいう人間が一番醜い。仮に俺が明日、自分の醜い顔が嫌で整形をしたと街全体に触れ回ったら、態度が一変するだろうね。
ころっと手のひらを返すように、蔑みと憐れみの目を向け、そのくせ目の前では何事も無かったみたいに微笑み、背を向けたら真顔になるんだ。そして同情するふりをする、不完全を衒い、優越に浸りながら」
誰だって綺麗なものが好きだ、と続ける。
人間誰だって美しいものに焦がれ、持って生まれた醜いものを嫌うのだと。
その時が、多分私の知っている最初で最期の笠井の真実だった。
常日頃出鱈目しか喋らない男の人間味のない目は、今の彼を作り上げたのは、彼を人間で失くしたのは、きっとそういう、世知辛い世の中と、まぎれもない人間だ。
そう思うと納得した。
この男が払拭しきれない持って生まれた内面からの醜さを、心底憐れだと思った。
でもその信憑性もすぐ、笠井の「作話だよ」でいとも容易く破綻する。人に向けられる悪意に、そうそう理屈は伴わない。悪魔の申し子である笠井は、そういう男だ。
「似てるよ、俺たちは。
手が冷たい人間は心が暖かいっていうなら、俺は大層洗練された心の持ち主であることに違いないだろうし」
笠井の冷たい手が私の手首を捻りあげる。
「人の本質が表に出るって言うなら、俺とお前は同じ穴の貉だ」