「彼女?」

「すっとぼけても無駄だぞこの野郎! 一つ括りのセーラー服着た可愛い女の子だよ! オレもよっちゃんもこの目で見たんだ、スーパーから出てきた彼女の袋持ってあげてる恭ちゃんと仲睦まじそうに歩く姿───ネタは上がってんだ正直に吐きやがれ!」

「スーパー…、───…あぁ。あれ、妹」


───────────え?


「うんうんやっぱなーふざけんなよこのリア充が…は?」

「だから妹。学校帰りに偶然会ったんだよ、昨日あいつが夕飯の買い出しだったから。そんでそのまま帰っ」

「待ってお前あんな可愛い妹いんの? は? 何それ聞いてない紹介しろ」

「ごめんなヒデ、うちの妹面食いなんだわ」

「うんごめんなの意味がわかんない表出ろ」


 ぎゃーっ、と繰り広げられるいつもの乱闘に呆気にとられてから、心底ほっ、と胸を撫で下ろす。妹。なんだ、妹───妹かぁ!

 納得と同時にがばっ、と起き上がった瞬間隣の席にいた全員がビクッ、と肩を揺らす。それから私は大きく息を吸って、


「久野くんおはよう!」

「……ぉ、お はよう?」


 力強いおはように対する彼の気後れ混じりな苦笑いも、「星村ちゃんオレたちには?」という朝井出くんの言葉も右から左だった。とん、と教科書とノートを束ねて背筋を正す。───良かった。そう自分の中で唱えてから、ふと気付く。

 …よかった。よかった? なんで。私───…


 あれ?


 ☾


 家に帰ると、笠井が庭の園芸に水をやっていた。

 一ヶ月に一度ほど、こういう日がある。
 なんでも、会社で月に支給される休日の日数が決まっているとかで、それを消化する為にこうして半日で仕事を切り上げて自宅に帰ってくるのだ。
 そんな日、決まってこの男は母が大事にしている観葉植物に水をやる。

「ただいま戻りました」

 神経を逆撫でしないよう、したくもない挨拶をする。
 私に一瞥をくれた笠井の集中はしかし、すぐ外に逸れた。


「あらミオちゃんおかえり! 今帰ってきたところ?」


 近所に住むおばさんが出てきたからだ。一瞬翳った瞳が魅せる「仮面」はその本質を疑わせないほど、笠井の外面は寸分の狂いもない。


「こんにちは」

「あら! 聡介さん、今日はお仕事お休み?」

「半休なんです。会社が休め休めって煩くて」

「羨ましいわ〜。うちなんて毎日馬車馬のように働いててもそんな声かからないもの、日頃の行いのせいかしらね。それにしても二人、こうして並んでると本物の兄妹みたいよ」