掃除当番でいつもより帰りが遅くなった日、駅前を歩いていると久野くんに似た人を見かけた。
背筋が伸びていて、黄色がかった茶髪をした同じ制服の男子高校生に一度ぎゅーっ、と目を細めてから、やっぱり久野くんだ、と家こっちの方なんだ、と認めると即座に心臓が和太鼓みたいに早鳴る。
最近の私は変だ。いくら男の子慣れしていないからといって、もう隣の席になってから二ヶ月にもなる。そうだ。私たちは。───【隣の席同盟】なんだから、声くらいかけたっていいはずだ。
力強いその同盟が心の中で名を挙げて、恥じらいも緊張もかなぐり捨てて意思表明しろと叫んでいる。それに倣って思いっきり息を吸う。
「───ひ、」
でも、声はすぐ雑踏に揉まれて掻き消された。
そこに現れたのは、女の子だった。
スマホを見ていた彼が自然と顔を上げ、フレームに入ってきたセーラー服にポニーテールの女の子は彼の肩を叩き、久野くんは彼女の持っていたスーパーの袋を極々自然に持ってあげる。そしてやけに鮮明に届く会話。
「ねえねえ、今日なに食べたい?」
「え。カレー」
「またカレぇええ? 前もそうだったじゃーん、料理の腕鈍るからもっと難しいのにしてよ」
「元々鈍るほど腕ねえだろ」
「あっ! そういうこと言う!? 晩飯タバスコ決定」
「ごめん俺が悪かった」
肩を寄せ合いながら仲睦まじく会話する、そんな二人を見ながら、結んだ口は笑顔のつもりが、両端に力がこもり過ぎてただの線になっていた。───あんまり、二人がお似合いで。
「………付き合ってる人、いたんだ」
料理まで作ってくれる仲なんだ。はは、と軽く笑って背を向ける。一人で浮かれて、喜んで、何やってんだろう、ばかみたい。
一丁前に傷ついて音もなく欠けた「何か」の理由を、でも次の日、私はすんなり知らしめられることになる。
「おはよう星村」
いつも通り成された【隣の席同盟】としての挨拶を、その日私は彼がそう言ってくれた日から初めて、返さないで無視をした。
とは言っても聞こえないフリをするのは無理だから、久野くんが来るとわかった時点で机に突っ伏したのだ。でも入ってくるのを待っていただけに、ばっちり目があってから机に伏せたから彼は訝っているに違いない。
「体調悪いの?」と前の席の誰かに訊いてるのが聴こえて、違うけどそうだと心の中で唱える。私は何かに拗ねている。
そうしていると、暗闇の中であーっ! っと誰かが声を上げた。男の子にしては高いキー。朝井出くんだ。
「恭平〜〜〜!! おっ前見たぞ昨日駅前で!」
「水臭いな、そういうことならおれたちに早く言えよ」
「は?」
ああ、ああそれ以上は言わないで、と心の中で唱える私の懇願も虚しくすぐさま「彼女と歩いてるところ!」と続いて三度鈍器で殴られたような衝撃を受ける。