『きみは怖くないの?』
『怖いよ』
だから訊いた。そして、予想していた返事とは全く別な返答に思わず目を見開いた。
何が怖いんだよ、ってからかわれると思ってた。バカじゃねえのって傷つけられると思ってた。学校の、他の男の子たちみたいに。隣から見た彼の睫毛が月明かりを受けて、伏し目がちになるとその頰に影を作る。
『…なんか吸い込まれそうになる。大事なもの、全部攫ってっちゃうみたいで嫌いだ。日ごと、月ごと、あの真っ暗の中に、そしたらもう戻ってこれなくなりそうで』
『…』
『お前は?』
『…笑わないで聞いてくれる?』
『うん』
『…私もだよ。同じ。目を閉じて、その夜に飲み込まれたら、次に目が醒めるかどうか不安になるの。仮に眠れても寝ている間に世界が終わって、目が覚めたとき誰もいなかったらどうしようって』
『ふふ』
『わっ、笑わないって言ったのに!』
くく、と何がツボに入ったのかお腹を抱えて蹲る男の子に、ムッとして三角座りをする。そのまま拗ねて頰を膨らませていたら、大丈夫だよ、と聞こえた。
空耳のようで、落ち着いていて、少し鼻にかかった声に振り向けば、男の子は月明かりに手を伸ばした。
『どんなに暗い夜だって、必ず明けて朝が来るよ』
その目は光に満ちていて、泣いているみたいだった。違う。これは星だ。月明かりの中でも懸命に輝きを放つ赤い星だ、とそれがまるで必然みたいに弱くて儚い強さに惹かれ、投げかけたいのに言葉は何も出てこない。
振り返った彼が私を見た。一度品定めするように静かに私を見つめてから、ずい、と何かを突き出した。
『え?』
『やるよ』
骨の浮き出た握り拳が、首を傾げた私の動作に倣って上向きになって解ける。それは青い光だった。見たことはないけれど、空に浮かぶ星があるならそれはこんな色なんじゃないか、とすら思った。わあ、と思わず漏れた感嘆の声に、彼は、私の片手を取ってそのペンダントを握らせた。
『これは星。多分、お前の願いを叶えてくれる。
この光があれば、夜もきっと越えられる。だからもう泣くな』
言って、私があんまり真っ直ぐにきみのことを見つめたからか、彼はしばらくすると気恥ずかしそうにすーっと視線を逸らした。僅かに赤く染まった頬を掻く姿に微笑んで、でも私もその時、正面にあるガラス越しに見た自分が彼と同じ色に染まっているのを見て、それが嬉しくて、おかしかった。
『ありがとう。大切にする』
彼の名前を、私は知らない。
でもそのペンダントを貰った日から、彼に言葉を貰った日から、私は幾度も夜を越え、ひとりでは泣かなくなり、今日この日を生きている。
あの日以来、ぴたりと止んだ夜驚症を乗り越えて。