「げぇっ! やっべえ!」


 その日、後期試験の答案返却があった。最も、この時期受験勉強を差し置いて学校の試験に力を入れる人はほとんどおらず、一学期より20も平均が下がるくらいに、三年生は学力考査に力を注がない。

 にも関わらず大声を上げた朝井出くんの声に、私はビクッと肩を揺らした。対して隣の席で眠たげに頬杖をついていた久野くんは、面倒くさげに問いかける。


「どうした」

「みろよこの点数…っ」

「23点」

「読みあげんでいいっ! っちゃ〜どうしよこんな点数見られたら姉貴にブチ切れられる」

「ヒデの姉ちゃんヤンキーだもんな」

「そーなんだよレディースの先頭切ってバイク乗り回してってバカ! 確かにヤンキーくさいけどヤンキーではねぇ! …いやオレさ、服飾の専門学校行く許可もらう代わりに卒業まで赤取らないって約束取り付けられたんだわ」


 最近ギリセーフ彷徨ってたから油断した〜…と今にも泣き出しそうな声を出す彼は、答案を受け取って戻ってきた紺野くんにしがみつく。


「こんな点数見られたらまずいってよっちゃんどーしよ! オレの未来存続の危機」

「自業自得だろ」

「正論! 恭ちゃあん!」

「大丈夫だヒデ。目を閉じてみろ」

「?」


 静かに閉眼の指示をする久野くんに、それに倣う朝井出くん。何が始まるんだろう、と私は無意識に両者を交互に見据える。どことなくスピリチュアルを思わせる久野くんの口調が嘘くさい。


「目を閉じたら…いいことも嫌なことも全部。…何も、見えなくなる」

「あ、ほんとだ…───っていやそれ当たり前じゃねえか!」

「当たり前ポエム」

「ドヤ顔で言うなや! なんの解決にもなってねーけど!?」

「安心しろ。明日はきっと翌日だ」

「だからそれ当たり前!!」


 紺野くんの乱入でオチがついたところで、答案返却を終えた先生から「はい全員席つけー」と号令がかかる。
 
 男の子たちの会話は(これが結構特殊なのかもしれないけれど)自分が思っても見ない形で繰り広げられるから、聞いているだけで気が紛れてしまうものだ。

 もう少し聞いていたかったな、と軽く息を吐き日本史の教科書を学生鞄から取り出す。でも、日本史のつもりで出してぺ、と実際机上に乗ったのは現国の教科書だった。…あれ。