「何やってんのお前ら? 当てつけか?」


 目の前に立って、綺麗な赤茶に染めた髪をピンで留めた小柄な男の子。久野くんの友人ヒデくん、こと朝井出くんの虫ケラを見るような目に、私は怯えて肩を竦める。

──────と、通算7度目の教科書レンタルに勝利した久野くんは、悠々と足を組んで私の椅子の背もたれに手を置いた。人生でこの距離に男の子がいるのもすごいことなのに! まるで肩を組まれたみたいな気になって、ぐわあ、と足先から熱がこみ上げる。でも何故か久野くんは勝気かつ、得意げ。


「俺たち、隣の席同盟だから」

「何それ」

「【隣の席同盟】って具体的に何すんの」


 興味を示したのは久野くんのもう一人の友達のよっちゃん、こと紺野くんだ。席に着いたまま医学書に目を通している彼に、久野くんはオーバーに説明する。


「そりゃー困った時のお互い様だろ。人は人と支え合って生きて行くんですよ」

「金八うぜえ! 具体的にだよ」

「そりゃ忘れ物したらお互いで穴を補い合ったりー…あとは…毎日おはようって言う!」

「普通だろうが!」

「普通を持ってるやつほどそういうこと言うんだぜあーやだやだ」

「なんかめっちゃ腹立つんだけど何こいつ、しかも補い合うって星村ちゃんの全面的負担じゃん」

「ほっとけ」


 購買行こうぜ、とクールに席を立つ紺野くんにあー俺も、と久野くんが席を立ち、その背中に小柄な朝井出くんがしがみつく。


「やらん! 女子と断続的(?)に机引っ付けるふしだらな男にコロッケサンドはやらんぞ!」

「安心しろ、俺は深田恭子一択だ」

「わかる」

「ほんっと男子ってバカだよね」


 深田恭子かぁ、とかまるで嵐が去ったあとのように三人を見送って目をぱちくりさせていると、いちごみるくの紙パック、そのストローをがじ、と噛んだ女子がため息をつく。


「星村さん優しくて断れないからさ、あいつが図に乗るんだよー。ほんとにカッとなったら言っちゃっていいからね?」

「ありがとう。でも大丈夫だよ」

「いやでもさ、しょーじきなところ、あの三人だったらどれが好み」

「えーそりゃもう」

「「「紺野くん」」」


 やっぱかー! やっぱ紺野終夜の株は高ーい! とそういった話に花を咲かせるのは、大体大学合格が約束された子達だ。証拠にうるさい、と言いたげにきっとこっちを睨みつけてくる他の生徒達もいて、その子達はやば、と口を噤む。


「いやだってそうでしょ、高身長高学歴おまけにイケメンと来た。加えて大学病院の息子で将来有望とあっちゃあも〜う。食いっぱぐれないでしょう」

「けどちょっと愛想なくない?」

「そ。そこだけがネックだよね。その辺だと喋ってて楽なのは朝井出」

「でも身長ちっさいうるさい」

「ウケる」

「…久野くんは?」


 自分でも、その言葉が出たのに驚いた。会話の一連を聞いていて全く触れられなかったそこに目をつけたのが意外だったのか、彼女たちもきょとん、と目を丸くしてからうーん、と唇に手を添える。


「…久野は……なんか……何? あいつ個性ある?」

「まさかの無個性」

「あ、でも優しい? とこはあるかも。前に日直の相方がサボって提出ノート一人で運んでたら半分手伝ってくれた。あと掃除当番代わってくれたり」

「あんた何やらせてんの…」


 だってさー、と続く声が、次第に耳から遠ざかって行く。

 でも彼が宣言した通り、それ以降、久野くんはどんな時も私に「おはよう」と言った。遅刻した日も、朝井出くんと取っ組み合いをしてる時も、タイミングが遅れてもおはよう、と伝えてくれる彼に。私も自然とそのうち、彼からのはじまりを告げるおはようを待つようになっていた。