あたしが通っていた高校は、駅を降りてから一戸建てが連なる住宅街をずっと突き抜けて、急勾配の坂道をひたすら登り続けた、その先の高台にある。
正門は高台を登ってきた者たちを迎え入れるように両腕を大きく開いていて、そこを抜けて顔を上げると真正面に校舎が見える。
校舎に向かって右手が校庭。
左手には創立何十周年のときだかに造られた立派な石碑と、間隔を空けて植えられた木が数本並ぶ。
それらのほとんどは一年中緑の葉をつけている高木なのだけど、その中に中途半端な背丈であまり目立たない木が一本立っている。
その木の存在をはっきりと認識していた在校生や卒業生は多分ほとんどいなかったんじゃないかと思う。
だけどあたしの高校生活の中で一番の思い出をあげるとしたら、ほとんどの生徒が見過ごして通り過ぎていくその木だった。
その木は一年に一度だけとても小さな花を咲かせて、控えめで甘い上品な香りを風に乗せてほんの少し漂わせる。