第三日:
「仏様、おはようございます。昨日はコンサートいかがでしたか?」
「素晴らしい時間だったね。久々にゆっくり音楽を聴いた」
「そうですね、私もです。神童という言葉がぴったりの愛に溢れた感動的な時間でした」
「良かった、良かった」
「仏様の力で彼の目を見えるようにできないのですか?」
「あれは彼の魂が目の見えない人生を望んできたので、ある意味天の意思でそうなっているのだ」
「では、私も私の人生を選択して生まれたのですか?」
「生まれた生命のすべてが計画通りに生まれる場所を選んで来る」
「生まれる場所も、性別も、家族もすべてですか?」
「そうだ、だから、自分で決めてきたのだ」
「じゃあ、誰かを恨むのはおかしいですね」
「そこから学ぶことが目的なら、そうだろうね」
「占いとか、誰かに答えを教えて欲しい時はどうすれば良いのでしょう?」
「このモーニングノートのように、答えはすべて自分の中から出てくるから、今の方法で」
「そうか、だから私たちは神の子とか、言われるんですね」
「神、仏、天、どのように呼んでも良いが皆、同じものだ」
「私、このノートを書くことにして良かった!時々答えがわからなくて苦しいんです」
「生まれる前には覚えていることでも、考えすぎて分からなくなっているのだ。頭でなく、時には、心の目で物事を見ないからだ」
「不安や損得勘定で本当に自分が何をやりたいか見えなくなります」
「目が見えるのに」
「本当ですね、だから目が見えなくても自分にはピアノがあると知っているあのピアニストが羨ましい気がします」
「ピアニストは目が見えるあなたたちが羨ましいかもしれない」
結局人は隣の人に憧れや羨望を抱くのかもしれない。

第4日:
「おはようございます。無い物ねだりの、道に迷った子羊です」
「ははは、面白いことを言うね」
「仏様は、多くの人からお願いされて忙しいですよね」
「結局は、自分の力で切り開くよう計画されているので、私たちはそんなに忙しくはないよ」
「そうですか。モーニングノートの付き合いをさせて、ご迷惑ではないか、心配していたんです」
「仏を見くびってはいかん、想像以上に近くにいるから、心配いらないよ」
「そう考えると、寂しくないです。時々孤独な気持ちに陥ることがあるので、一緒にいてくださると嬉しいです」
「皆がそう思ってくれるように願うよ」
「目に見える形でいてくださるともっと良いんですけど」
「私たちは一人一人の中にいると考えれば周りのすべての人物が私たちとも考えられる」
「そうですか、なかなかそうは思えないけど」
「こう考えてはどうかね。今まで生きてきて、助けられた言葉や為になった教訓はどこから来ただろう?気がついていないかもしれないが、誰かの口を借りて言わせたり、その教訓の載っている本を手に取らせたり」
「そう言えば、あの人に出会わなければ、日本の歴史に興味は持たなかったとか、あの講演会に行かなければ、この本や映画に興味を持つことはなかった経験は思い当たります」
「そこに見えない導きがあったとしたらどうだろう?」
「そうか、だから時々、誰かと疎遠になって、他の人との交流が始まったり」
「そうして、次のメッセージが受け取れるようになっているのかもしれん」
「なんだか、嬉しくなります。ワクワクするような気分」
この日は今までの出会いのすべてに感謝する、そんな気にさせてくれる朝だった。

第5日:
「ごめんなさい、また朝忙しくてこんな時間で」
「大丈夫、何時でも対応できるよ」
「夜のモーニングノートですね」
「こちらには、昼も夜もない」
「良かった。今日は何について聞こうかな?」
「では、こちらから聞こう。この交信を通して自分の中から天のメッセージが出てくることに気づいたと思う。その意味が分かるか?」
「自分の中に答えがあると一人でも大丈夫、つまり自立できるのかしら?」
「その通り、常に自分の中で問題提起すれば答えは見えるのだ」
「では、もし、他人や宗教に頼るとどうなるのでしょう?」
「信頼するに値する他人がこの世に何人いるのかは知らない。詐欺師やぺてん師に引っかかって身ぐるみ剥がされた話は聞くことがある。宗教も人の集合体だから、どうしても誰かの都合が良いように変わってしまう危険がある。他人を信じるのが良いか、自分で解決するのかは、個人個人の自由ではある」
「そうです!先日ある講演会に行った時も、グループではなく、一人宗教のようなものを勧めていました。今やっと、腑に落ちました」
「もちろん、世の中にはいろいろな考えがあって良い。でも無理強いされて信じろとか、自分以外はすべて間違っていると判断すると、バランスのとれた考え方ではなくなってしまう」
「どこかで読んだのですが、この世には善も悪もない、と」
「その人がそれを善と思うだけで、正義の反対もないと、正義が理解できない。だからすべて世の中に起こることは必然的に起こる」
「反対するとその反対したものの存在を強くしてしまうとも聞いた気がします」
「引き寄せる力があり、人間が想像するものを引き寄せるパワーを一人一人が持っている。何かに反対すると逆にその何かにパワーを与えてしまう」
「だから、私、お金に対する考えを改めました。前までお金を汚いものと思っていたのを、必要だから素直に”お金は欲しい”と考えるようにしています」
「そうだ、お金を嫌っているものの所には、金銀は引き寄せられない」
「不安感もそうですよね。不安に思うだけでそれを呼んでしまうなら、考えないようにする方が」
「その通りだ、すべて本人の意志が決定するからだ」
咲はお金について真偽を確認できたその夜、安心感に包まれた幸福な夢を見た。

第6日:
「昨日は、遅くまで、ありがとうございました」
「大丈夫だよ、今日はどんな質問だね?」
「そうですね、死んだらどうなるのか知りたいです」
「死は肉体に訪れるもので、魂には死がない」
「生まれ変わりの回数についてはどうですか?」
「それは、その魂がどれだけの学びを経て成長するかにかかっている。もう悟った魂が、天の元いた場所に戻る」
「元いた場所?」
「そうだ、今この世にせいを受けたすべての魂はもともと天の精霊だった。しかし、肉体を持って魂のレベルとを向上させてみたいと望んでこの地球に生まれたのだ。」
「え?私もですか?」
「そうだ。今まで会ったすべての人間だ」
「なぜ天の精霊だったことを覚えていないのですか?」
「それが条件だったし、人によっては覚醒して思い出す。今お前が段々と分かって来ているように」
「魂のレベルが上がれば、また天に戻れる。でも最後には体はなくなるのですか」
「そうだ。だからこそ、体のある現在、肉体を持っている時しかできない体験をしている」
「じゃあ、今この時をもっと大事に生きなきゃ」
「その通り、そこに気づいて生きれば今世がより豊かになる」
「でも、食べ過ぎれば太るし、運動も適度にしなきゃならないし、病気になったり、年をとったり」
「それが、肉体を持っている時にしかできない経験をするということだ」
「では、いつ死ぬかは決まっているのですか」
「大枠では、しかし、生き方によって変わるし、中には自分で命を絶つものも、残念だがいる」
「やはり自然に任せるのが良いんですね」
「この地球に生を受けたい精霊は多いが、実際、体を持って生まれてくる為には条件もあるし、数に限りもある」
「では、せっかくのチャンスを自殺で無駄にしては申し訳ないですね」
咲は昔死にたいと思ったこともあったと思い出したが、叱られると思って、あえてその話をしなかった。もちろん、仏様にはお見通しとも思えたが。

第7日:
「こんにちは、またまたお昼ですみません。今朝は寝坊したのです」
「気にせんでも良い。今日はもう7日もやったのでちょっと一休止しよう。また気の向いた時に呼んでくれれば良い」
「ちょうど、質問も尽きてきたところで一度ストップしても良いかな、と思っていました」
「それは良かった。では、何から行こう?」
「そうですね、犬を飼っているのですが、去年一匹亡くなりました。その時その犬はどこへ行くのか知りたいのですが」
「動物には人間とはまた別の天界がある」
「もう会えないのですか?」
「いや、会いに来ていても、気づかないか、飼い主だけに分かるサインを残したりする」
「じゃあ、また会えるかもしれないのですね」
「会いたいか?」
「元気で、幸せにしているのか知りたいです。死ぬ時にはかなり苦しそうだったので、心配です」
「大丈夫、元気で幸せにしている。苦しみも学びのためのものだった」
「ああ、良かった!私にとっては大事な友達なので」
「向こうも、同じ気持ちだ。少しだが、新しい犬にやきもちを焼いている」
「やっぱりそうですか、だから夢に出てきもしないのかな?」
「大事なことは、飼い主が今幸せなことだと分かっているが、嫉妬する。それは人間と同じと言うことだ」
「じゃあ、思い出してあげると喜ぶのでしょうか?」
「もちろんだ。愛されることを人間以上に望むから、時々思い出してあげれば喜ぶし、お前のために守り神のようになってくれる、ありがたい存在だ」
「そうです、聞いたことがあります。動物や植物は私たちの身代わりで病気になったり、時には死んだりすると」
「感謝すべき存在だ」
「じゃあ、今いる犬も大事にしなきゃ。死んだあの子もきっと許してくれますね」
「もちろんだ。亡くなった自分の代わりに飼い主を見守る大切な仲間だ」
「ありがとうございます。7日の短い間でしたが、とても感慨深い話ばかりで、まだ自分の中で整理されていません。また折を見てお力を貸してください」
「これは、力は貸しているのではなく、自分の中から出てきているんだ。だから、いつでも質問して良いんだよ」
こうして、咲と仏様の短い交換日記は一旦終わった。

ここまで、咲に行く先を示してくれるものは何もない。でも、こうしてモーニングノートを書くことで、自分の中から答えが出てくることに気付けた。「ひょっとして、これはすごいことかも?」咲はご満悦だ。奇跡は起こらなかったが、咲はこれからも、誰にも頼らず、自分で人生の難問に立ち向かうことができる。

これは、ひょっとすると、小さな発見ができたのかもしれない。
”SOS" Sou Omoeba Souである。
【完】



あらすじ:
咲は昭和39年生まれの女性。独身で犬と暮らす55歳。
ある日自分の半生を書き残そうと思い立ち、自分史を書き始める。舞台は、名古屋、東京、そして、フランスへ。

フランス人との一度目の離婚後、日本に一時帰国したとき引いたおみくじが咲の人生に一筋の光をくれた。
果たしておみくじ通りの人生が咲を待っているのか?
その後、アメリカに渡り人生のサイコロをメキシコで振り直す。
メキシコでの二度目の離婚も経験し、ボロボロになった咲は帰国する。
精神世界に奇跡を求め、参加したリトリートで奇跡的な出来事の話を耳にする。目の悪かった人の目があるインド人の呼吸法のクラス受講中に治ってしまったというのだった。
咲も好奇心から同じ先生のクラスを神戸まで取りに行く。果たして、彼女の前に奇跡は現れてくれるのか?
誰しも夢見る奇跡。咲は、人生で大輪の花を咲かせることができるのか?