『磁石にプラスとマイナス極があんだろ』
『うん』
『男と女が惹かれ合うのなんかそんくらいの必定なわけ』
『端折り過ぎてわかりませんが』
『始めから決まってたってこと』
人が呼吸をするように、
魚が水の中で泳ぐように、
ペンギンが空を飛べないように。
それは当然であって、そこに理由などいらないのだと。確かに日野はそう言った。
そういえばここ「空町」の語源は澄み渡る空が酷く美しく、町がお飾りに見えるからだと聞いたことがあるけれど。
これも日野談なので事の真偽は最早確かめようがない。
❄︎
「おやまぁ、多香ちゃん、よく来たねぇ」
「いと婆、ホームランバー一丁」
「はいよぉ」
商店街を抜け、家路に着くまでの途中にある昔ながらのちっぽけな駄菓子屋「ゆめ屋」は、御年84にもなる背中の丸まった可愛らしい婆ちゃん、通称いと婆が一人で切り盛りしている。
学校帰り、必ずここに寄ってはホームランバー(定価60円)を注文し、店前のベンチで日野と並んで食べるのが日課だった。
注文するたび、隣からは「一丁ってラーメン屋かよ」と言うツッコミが飛んでくるのをいなすのもお決まりでいと婆をよく笑わせた。
私のホームランバーと対峙する宿敵・チョコバッド派の主は本日、現在、不在だが。
「いいお天気ねえ」
「うん」
「お空が綺麗ねえ」
「悲しいことがあるとこの町の空は人一倍綺麗に映るんだって」
「あらそう」
「って日野が言ってた」
「ふふ」
「でも日野の言うことはアテにならない」
チョコバットを食べ尽くし包み紙をくしゃりと握りつぶす。足をパタつかせて、平日の真っ昼間にこんなことをする人は他にはちっとも見当たらない。
通勤通学時間すら越えているからか人影もまばらで、じゃあそこを行き交う人はどこに向かうんだろうとぼんやりと考えた。
いと婆はしわしわの手を腰に当てて、丸めた背中でもう一度いいお天気ねえと呟くから、私も黙って頷いた。
雲ひとつない冬の青空にはまぬけな太陽だけがひとり、さみしそうにぽっかりと浮かんでいる。