月曜日の巫女








文化祭が終わって最初の月曜日の放課後、何故か東雲は複雑そうな顔で部屋に入ってきた。

まぁ加茂が服の破けた真相など話すわけもないので、おそらく写真を撮ったことを根に持っているんだろう。

特に気にもせず、いつものようにソファーで休息を取っていた。





夢の中で、何故か東雲がへらへらと笑っている。

それはもう思い切り嬉しそうに。

そしてその目の前にいたのは誠太郎だった。

見たことも無いほど愛おしそうに東雲の頭を優しく撫でている姿に、一気に血の気が引く。

気がつけば跳ね起きていた。


そしてふと視線を向ければ、まさに東雲の頭を誠太郎が撫でている瞬間だった。

俺に気がつき、一瞬で誠太郎は手をのけると何事も無かったように顔を俺から背けた。


「えっと、まだ1時間経ってないよ?」


・・・・・・お前、途惑ってるのは好きな男に撫でられてるのを見られて、ばつが悪いせいか?

以前諦めたなんて言ったが、どうみても諦めたようには見えない。

未だに誠太郎と話す時、嬉しそうにしている癖に。


「もう少し寝てたら?」


「・・・・・・喉が乾いた」


俺が起きたらまずかったのかよ。

イラッとして起きた理由をこじつけた。

俺の言葉を聞いて、誠太郎が反射的に動こうとしている。


「東雲、紅茶」


思わず出た、子供じみた邪魔の仕方に自分でも呆れた。

案の定そんな俺が面白いのか、誠太郎が必死に笑いを堪えている。

その言葉を聞いて、東雲はきょとんとしたあと、少しため息をついた。


「はいはい。

用意してあげるからもう少し横になってなさい」


そう言って苦笑いを浮かべて東雲は席を立った。

結局こいつのこういうところに俺は甘えてしまう。

こんな俺でもこいつなら許してくれるんじゃないかと。

遙かに年下の高校生にそんな事を思う自分が情けない。

ぼんやりしていると、目の前に紅茶の入ったマグカップが差し出される。

優しい香りがふわっと漂い、何かに包まれている気がした。


「大丈夫?起きる?」


言葉だけ聞いていれば母親の言葉なのか、それとも恋人の言葉なのか。

俺の顔を少し中腰で見ている東雲を見上げる。


「腹が減った」


「はいはい、今用意するから」


困った子供を扱うように言われる。

本来なら男として情けないのに、何故かこんなことですらホッとしてしまう。


「すみません、うちの子がお腹を空かせてるようで」


「はい、どうぞ。

あんな大きな子供、さぞかし相手が大変でしょう」


「・・・・・・おい、聞こえてるぞ」


東雲は誠太郎から菓子をもらいながらそんなやりとりを始めた。


子供なのは俺が一番分かってるよ。


笑いながら東雲が俺に菓子を渡す。


「急いで食べないようにね?光明くん」


「・・・・・・後で覚えてろ」


うわー、反抗期!と笑う東雲に、本当に大変ですね、と誠太郎が笑っている。

その空気が何故かとても心地よくて、俺は少し俯いた。


今までこんなに気を張らないで済む時間なんてなかった。

こいつが俺の側を離れれば、それはこの時間の終わりを意味する。


初めて『怖い』、という感情を持った。


そして段々とこいつに関わるようになって、「怖がられたら」、「嫌われたら」という事を意識していることに気がついた。

今まで、誰にどんな風に思われようがなんとも思わなかったのに。

それがまた『怖い』と思ってしまう。



「ほんと大丈夫?」


さっきまで笑ってた東雲が側にきてしゃがむと、不安そうな顔で俺を覗き込んでいる。

そんな顔をさせるなんて情けないと思う気持ちと、純粋に自分を心配をしてくれる相手がいることに安心する。


「悪い。眠かっただけだ」


そういって、カップを持ってない手で東雲の頭を撫でた。

東雲はきょとんとした顔をした後、ふわりと笑った。


「無理はダメだよ?」


「あぁ」


俺はいつか、こいつの顔が溶けるほどの安心を与えてやれるのだろうか。


「コホン!

あーすみません、東雲さん、紅茶のおかわりいりますか?」


わざとらしく咳払いをしてから、誠太郎が声をかけ、東雲はそちらを振り向くと、いります!と嬉しそうに返事をした。

俺は思わず誠太郎を睨む。

そんな顔を向けられても、誠太郎は柔らかく眼を細めるだけだった。

まぁとりあえずは目の前の菓子でも食うか。

俺が菓子を食べているのを、二人が穏やかな顔で見てるなんて知らないままで。