東雲は何だか諦めたように、とぼとぼと部屋の奥に進んでいる。

こちらに背中を向けている間にスマートフォンの撮影モードを連写機能に変更した。

一枚で逃げられる前に、何枚も有無も言わせず撮っておく方が良いだろう。

東雲は荷物をおくと、居心地悪そうに身体をもじもじとして目線もこちらに向けない。

いつもの勢いなんて微塵もないな。


「ほら、笑顔笑顔」


「無理!恥ずかしい!」


声をかけると、もう耳まで真っ赤になっている。

そして涙目で上目遣いにこちらを見た。

反射的にカメラのボタンを押す。


こいつ、わざとこんな顔してるんじゃないよな?


そんな事できるほど器用なやつじゃないのはわかってるんだが、自分がどんな顔で男の前に立っているかなんて想像も出来ないんだろう。


「い、一枚だけでは?」


「あー連写になってたな」


困惑しているメイドを前に、さも、たまたまのように返すと、いつものように頬を膨らませている。

ほんと、柔らかい白い餅がふくれたようだ。


「じゃぁ一番まともな写真だけ先生に見せてよね!

私もう行かないと!」


急いで立ち去ろうと、東雲が怒りなのか羞恥心からなのかわからない声を出した。

馬鹿だな、そのまま行かせるわけないだろう、こんな服着てるってのに。

本来私利私欲の為に術を使うのはタブーだが、これはこいつの身を案じてなので問題ない。

そっと小さく口を動かし小さな子鬼の式を動かす。

すぐそこで振り向けば、棚に置いてある道具に服がひっかかるようにさせた。

もちろんケガをしないように注意して。


そして東雲が部屋を出ようと振り向いた途端、部屋にビリビリビリという見事な音が響く。

まずい、予想より破けたかもしれん。

俺は、その場で固まっている東雲の背後に即座にまわる。

案の定予想よりメイド服の背中あたりが縦に勢いよく破けて、白い肌にピンクのブラのホックが丸見えだった。


そうか、ピンクか。


「背中、破けてるけどいいのか?ガムテ貸すか?」


ちょうど目の前の棚にガムテもある。

一応手に取ってみた。

絶対にこいつがこんな姿で外に出る事なんてありえないのはわかっているが。

横にいる東雲を見れば、俯いて震えている。

この震えは寒いからじゃないな、マジで怒ってる。


「あー!もう着替える!

着替えるから藤原は外で門番やっててよ!」


顔を真っ赤にしたメイドに、もの凄い勢いでドアの外に押し出され、バン!とスライドのドアが閉まった。


多分今頃半泣きで制服に着替えているんだろう。

その原因を作ったのが自分なんだが、思わず笑いそうになる。


しかし、あいつがメイドになるとあんな風になるのか。

可愛いというより、完全に性的な目で見られるタイプのメイドじゃないか。

つくづく飢えた狼の中に放たなくて良かった。

まぁ、写真はその人助けの報酬だな。

もちろん誠太郎になんぞに見せる気は微塵もないが。



ドアの横で壁に寄りかかり持ってたガムテを手持ちぶさたにくるくる回していたら、ドアが勢いよく開いた。

制服姿になった東雲は俺の顔をまだ赤みの引いてない顔で睨むと、思い切りあかんべーをしてダッシュで逃げた。


俺は思わず顔に手を当てる。

何も計算せずにやるんだからタチが悪い。

でも、面白い写真が撮れただろう。

口の端が上がるのを自覚しながら、部屋に入った。






「ふーじわーら、センセ!」


文化祭から数日後、加茂が両手を後ろに回し、スキップでもしそうな感じで話しかけてきた。


「なんだ?」


「ゆいちゃんに貸した服の事なんですけどぉ-」


にこにこと加茂は笑みを浮かべている。

こいつか、あの元凶は。


「可愛かったデショ?」


おい、何でお前が自慢げに話すんだ。


「まさか破かれるとは思わなかったけど・・・・・・やーらしー」


にやにやと見てくる加茂を見てため息をつく。

そうか、あれはこいつなりの意趣返しだったか。


「俺は何も知らんが?」


素っ気なく返すと、少しきょとんとした後、くすり、と加茂は小さな笑みを浮かべた。

今の笑い方、相当に黒いぞ。


「思ったより先生にダメージあったみたいだから、まぁ服の弁償は勘弁してあげる」


今度はさっきとは打って変わり、無邪気に加茂は笑った。

そしてくるりと背中を向けた後、少しこちらを肩越しに振り向いた。


「あ、僕、ゆいちゃんの事、好きだから」


んじゃ!と言って、スキップして加茂は去っていった。


「・・・・・・良いねぇ、若いって」


そういう風に簡単に気持ちを言える加茂を少し羨ましく思える。

でもあれはおそらく俺をからかうのが目的で本心では無さそうだ、多分。

俺は頭をがりがりと掻くと、本来の目的地に足を向けた。