落ち着いた声で淡々と詰め寄る目の前にいる人を見ていて、不思議と美しい、と思った。

だがそんな巫女は、私を何度も長の味方かと繰り返す。

ずっと光明の為に動いてきたのだ。

誤解など巫女にされたくはない。

私は必死に訴えようとした。


「も、もちろん私は光明の」


「嘘」


その澄んだ瞳は、何もかも見透かしているかのようだった。


「先生は藤原に、単に自分の理想の長として長く務めて欲しいだけでしょう?」


ざくり、と正面から刺されたような気がした。

私はずっと光明の為を思って行動してきた。

だからこそ今の光明の、長としての立場が築かれたことへ尽力した自負もある。

それが光明の為であり、正しいことだと信じて疑わなかった。

でもそれが違うとでも言うのだろうか。




「・・・・・・貴女は陰陽師の世界を知らないですから」


「だからこそ見えるものだってあると思います」


そうだ、彼女は知らないからそんなことを言うのだ。

あの京都側にすら安倍晴明の再来と言わしめた光明。

光明が何かを成し遂げる度、周囲がひれ伏していくのをずっと側で見てきた。

東京の陰陽師の長がそんなにも強く素晴らしい存在で、自分がその側近としていることが誇らしかった。

彼女が巫女であったとしてもまだ高校生。

長が強く存在するその意義を理解出来るはずもない。





「先生が、長としての藤原を維持することにしか頭にないのなら、信用出来ない」



だが彼女から向けられたものは、酷く冷たい目だった。

初めて彼女から向けられた敵意に私はどうしていいかわからない。


「何か誤解をしているのでは」


「先生は本音では巫女がいて欲しいんでしょう?」


「それは・・・・・・」


「藤原が無くしたいと行動してるのを側で見ているのに」


冷たい視線に絶えられず、私は少し顔を背けた。

そうだ、今回の事で痛いほど巫女の重要性を味わった。

光明は無くそうとしていても、きっと無くすことは出来ない、私はそうたかをくくっているのかもしれない。

光明も巫女がいて良かったと思う日が来るのではないだろうかと。


「あんなにも崩れた光明を戻せたのは巫女である貴女の力です。

正直に言うと、私は初めて巫女の存在の重要性を理解しました。

ですから光明ももしかしたら考えが」


「ほら、結局藤原の事を本当に第一には考えて無い」


どう言えば彼女は納得してくれるのだろう。

人の心など移りゆくものだ。

光明だってあんなに否定した巫女に助けられた。

東雲さんが巫女じゃないなんて光明が言うのは、自分が今まで否定し続けたのに、今更認めるわけにはいかないからでは無いだろうか。



「先生、まだ私が巫女だと思ってるんですね」


「はい」


「今回は巫女では無い私の言葉を、単に藤原が必死に聞いてくれただけです」


「いえ、貴女が巫女だったからこそ通じたんです」


「それは、藤原の意志を無視してませんか?

藤原は違うと言ってるのに、なんで先生が勝手に決めるんですか?」


「私が決めると言う事ではなく、単に事実を述べているだけです」


そうじゃなければ、何者の言葉も、私の言葉すら聞かず、誰も入れない結界の張られた部屋に入り、光明をこちらに戻した女性がただの一般人であるはずがない。




「・・・・・じゃぁ、今すぐ藤原が長を辞めると言ったら、どうしますか?」


「まさか!光明のような素晴らしい逸材は滅多に現れるものじゃないんです。

それを光明だってわかっています。

そのおかげでこの国はなんとかこれで済んでいるんですよ?

きちんと務めを果たすまでは辞めるなんてありえません!」


「・・・・・先生は藤原の一番の味方だと思っているんですよね?」


「もちろんです」


「なら、自分の理想の長に仕上げるんじゃなくて、藤原が間違っていたらちゃんと指摘して、そして他が全て敵になっても唯一味方で居る、ただの藤原光明を尊重してあげられる、一番の存在になるべきです」






彼女の静かな声で紡がれるその言葉は、まるで巫女が天からの啓示を下々に伝えるかのようだった。

凛としたたたずまいでそう語りかける彼女を呆然と見る。


そうか、巫女は私が光明の意志を無視して自分の理想に仕上げようとしていると言いたいのか。


そして光明と長を区別せよと。


私はそもそも区別などしたことなど無かった。

光明は長である、それがあまりに当たり前すぎて、そんなことを考える事も無かったのだ。


今の私では光明の一番の味方としては認めないのだろう。

私が今までしている事が全て光明の為になるのだと信じていたが、きっとここまで巫女が言う以上、光明と近づいた事で確信したのかも知れない。

私の方が間違っているのだと。




ずっと自分が側に居て見てきたようで、まだ知り合ってまもない巫女である彼女の方が、きっと光明を真に理解出来る存在なのだろう。

巫女は『長』を見ているのではなく、光明を見ている。


だからこそ長に必要なのだ。


だからこそ長が欲するのだと理解した。




私は立ち上がり、彼女の座る席の隣りに行き、片膝を地面につき、もう一方の片膝を立てて、彼女を見上げた。


「巫女、私にそう命じては頂けませんか?」



この人から命が欲しい。


陰陽師としての血が欲っしているのかはわからない。

自然と身体が動き、高貴にすら感じられる巫女を見上げる。


どうか私を見て欲しい、私を認めて欲しい。


今まで味わったことのない感情がわき起こり、それに酔いしれそうになる。


だが彼女は眉間に皺を寄せると、おもむろに席を立ち、椅子をどかすと私に向かい合うように床に正座した。


「な、何を」


巫女がなんてことを、とうろたえたその時、彼女の手が私の両頬をふわりと包む。

その瞬間、全身に雷が走った。



「葛木先生、私は東雲ゆいです。ただの高校生です。


私を、ちゃんと見て」



彼女の瞳が私の全てを射貫く。

急に全身の力が抜け、私は崩れるように項垂れた。

そしてその突然の衝撃に驚きつつ、ゆっくりと顔を上げ彼女を見る。

そこには、いつも光明を怒ったり、教室で友人達と笑っている、ごく普通の高校生の少女が居た。

さっき見ていた女性とは全く違うように見えて、そんな自分に途惑う。

もしかして先ほどのは巫女の術で、知らずに幻覚でも見せられていたのだろうか。


「どうしてこう陰陽師って変な人が多いのかなぁ」


困ったように笑う東雲さんを前に、私は段々と感覚が戻ってきた気がした。

でも、術が解けたはずなのに、ある感情が心の底に消えずにいる事に気がついた。

それは絶対に私が彼女には持ってはいけないもの。

私はそれを見なかった振りをして、蓋を閉じた。




私は一つ深く深呼吸し、正座をすると彼女と向かい合う。


「東雲さん」


「はい」


「数々の無礼、本当に申し訳ありませんでした。

そしてどうか、教師と陰陽師をこれからも続けることを許してはもらえないでしょうか。

光明の味方として、いられるように」


お願い致します、と私は心から頭を下げた。

最初に謝った時とは自分の心が全く違う事を理解しながら。


「・・・・・・私、先生のお菓子が食べられないのも嫌だし、藤原の味方が居なくなるのも嫌なんです」


穏やかな声に私は顔を上げる。


「今度美味しいご飯に連れてってくれるなら全てチャラにしますけど、どうします?」


いたずらな笑みを浮かべる少女を見て、私は心底救われた気がした。


「もちろん応じさせて頂きます。

光明が自分も行きたかったと羨むようなとこに行きましょう」


その言葉に、彼女は子供らしい笑顔を見せた。




長は、いや光明は彼女を守れたと命じた。


『えぇ、何に代えてもこの少女をお守り致します』


まずは東雲さんの喜びそうなお店を探さなくては。

彼女とのデートが心から楽しみになっている自分に、私は少し笑みを浮かべた。



おまけ:「従者」後日談



*************************



「誠太郎、いるかー」


「ノックしてから入って下さいといつも言っているでしょう」


藤原光明が今度の学校で行われるイベントについて確認しようと、社会科準備室ドアををノックもせずいつものように開けると、そこの主である葛木誠太郎は静かにノートパソコンを閉じた。




「悪い、何かやってたか」


「いえ構いませんよ」


珍しくパソコンの蓋まで閉じた誠太郎の行動に光明は違和感を感じつつ、本来の要件を話し出した。



「で、この土曜日に打ち合わせをいれるって事でいいか?」


「すみません、その日はあいにく予定がありまして」


「何か会合でも入っていたか?」


学校で特に打ち合わせは入ってないはずだ。

ならあとはもう一つの仕事の関係だと思ったが、そんな記憶は光明には無かった。


「いえ、そうではないのですが、その日は1日予定がありますので、そうですね、火曜日ではどうですか?」


「日曜日の午前中はだめなのか?どうせ仕事が午後からあるんだし。

それに月曜日でも良いだろう、東雲の帰った後にすれば良いんだから」


それを聞いて困ったような顔をしている誠太郎に、さっきのパソコンを閉じた行為と、変な日程を提案したことで光明はなんとなく察しが付いた。


「あぁ、デートか。

なんだ、新しい女が出来たなんて知らなかった」


「いえ、交際はしてませんよ」


「へぇ、お前が自分から落としに行くなんて珍しいな」


誠太郎はこのルックスと物腰で、昔から女が絶えたことが無かった。

それもどれも見た目の良い女ばかり。

ようは黙っていても向こうが寄ってくるのを誠太郎が特に拒まないだけで、あまり積極的に興味を持っているようにも思えないようだった。

結局相手から別れを切り出され、それを追いかけもせず笑顔で承諾するので、激怒したり泣いた女は数知れない。

そんな誠太郎が、積極的に相手と会うために時間を作っていること自体、光明には驚きであり、どんな女がそこまでさせるのだろうとその相手に興味を持った。



「どんな相手?同族?」


「誤解しているようですが、そういう相手ではありませんよ?」


「もしかしてさっき、ホテルでも探していたのか?」


土曜日だけでなく、日曜日の午前中まで予定を入れないようにしたのだ、それは簡単に泊まりであることがわかる。

にやにやと面白がっている光明に、誠太郎は内心ため息をついた。


光明は鋭く頭がいい。

ただ、こと自分の事に関してはお約束のように鈍感ではあるが。

そんな光明が初めて特別視した相手と二人だけで食事に行くだなんて、口が裂けても言えない。

そうは思いつつ、それを言ったらどんな反応をするだろうか、という興味を少しだけ持ってしまった誠太郎は、自分の性格の悪さを再認識していた。


「さて、打ち合わせは終わりましたね?

まだ私は仕事があるので光明は戻ってはどうですか?」


あからさまに遠ざけようとしている誠太郎に、光明はそこまで本気の相手なのかと感心した。


「そうだな、戻るとするか。

・・・・・上手く行くと良いな」


光明は優しい笑みを浮かべてそう言うと、部屋を出て行った。



「上手くいって困るのはあなたでしょうに」



きっと心からそう思って言った光明に、誠太郎は罪悪感と共に、少しだけ不思議と優越感を感じてしまった自分に苦笑いを浮かべ、再度パソコンを開いた。






「は?メイド喫茶?」


「うん、加茂君の熱烈な後押しで決定しちゃった」


ここは英語教師室という名の藤原の自室。

私はここでいつもの用事と質問を終え、穏やかなティータイムになっていた。

文化祭の出し物が私のクラスはメイド喫茶になったと伝えると、藤原はぽかんとした顔で聞き返した。


「東雲さんもメイドになるんですか?」


紅茶を私のカップにつぎ足しながら、 葛木先生が尋ねる。


「いえいえ!私は裏方で調理スタッフです。

それで、葛木先生に喫茶で出すお菓子のレクチャーをお願い出来ないかと」


「菓子作りのレクチャーですか?

そういう事を教えたことは無いのですが・・・・・・えぇ、私で良ければお手伝いしますよ」


先生は少し悩んだ後、最後はにっこりと返され、私は両手をあげて喜んだ。


「まぁそうだよな、お前がメイドってのはなぁ」


ソファーで足を組みながらスコーンを食べていた藤原の一言が突然飛んできてイラッとする。


「藤原に言われると凄くむかつく」


「俺は客の立場になって冷静な意見をしたまでだ」


「・・・・・・葛木先生、毒入りスコーンって今日無いんですか?」


「申し訳ありません。本日は持ち合わせが無くて」


「じゃぁ次回お願いします」


「承りました」


最後は笑顔で葛木先生にお願いすると、これまた美しい笑顔で返された。


「二人で俺を毒殺する計画立てるのやめてくれ」


本気でびくついた様な顔をして、藤原はそう言った。





段々文化祭が近づくにつれ、校内は妙に浮き足立っていた。


高校に入って初めての文化祭、私は楽しみで仕方がない。


葛木先生に我がクラスはお菓子作りをレクチャーしてもらったのだが、今まで葛木先生に特に興味のなかった女子達が何故か、ギャップ萌え!と騒ぎだしたり、葛木先生がお菓子作りをレクチャーしてくれるとの噂を聞きつけた他のクラスが、自分達のクラスでも教えてほしいと、一気に葛木先生争奪戦の様相になってしまった。




「うちが最初にお願いしたのに」


「まぁまぁ、みんなの先生なんだから仕方がないよ」


机で突っ伏しながら葛木先生の次の予定がなかなか押さえられなくなった状況に私は思わず不満を口にする。

そんな私を見て、実咲が苦笑いしつつ宥めた。


「実咲は部活の出し物で一緒にやれないんだよね、残念だな」


「いや、私は塔子のコスプレ見るために意地でも当日来るから」


「なんで私がメイドなんて」


私は裏方、実咲は部活でクラスの出し物には関われず、塔子はなんとメイドとして接客に決まっていた。


「いやーだって、黒髪眼鏡の知的メイドなんて王道でしょう!」


三人の会話に、突然加茂君がドヤ顔で入ってきてそう言うと、塔子の眉間の皺が深くなり、私と実咲は同時にびくついた。


「で、加茂君はメイド喫茶なのに執事やるんだ」


「そりゃー、僕がいれば宣伝になるデショ」


私のツッコミに、至極当然のように加茂君は胸を張った。

そんな加茂君を見て笑ってしまう。


「塔子のメイド姿と加茂君の執事姿、楽しみだなぁ」


私がそう言うと、加茂君はぱあっと顔をほころばせた。


「ゆいちゃん!僕はあなた専用の執事になりたいっ!」


「はいはい、セクハラで解雇、と」


加茂君が座ってる私の後ろからぎゅーと抱きつくと、目の前に座っている実咲がじと目でそう言った。

実咲ちゃんがいじめるー!と嘆く加茂君を、私は苦笑いしながら頭を撫でて慰めた。

そんな私達を呆れた顔で塔子が見ている。


「ねぇ、ゆいもやんない?メイド」


「いやいや、私は似合わないし、それに裏方少ないからまずいよ」


みんなやはりメイド服着たさなのかそちらの希望が多くなりすぎて、裏方はギリギリの人数だった。

即戦力ではないが、私がぬけたらまずい。


「ゆいちゃんがメイド服着たら、きっとメロメロだろうねぇ」


「誰が?」


加茂君の問いにそう答えると、加茂君は一瞬笑顔を止めた後、僕がだよーとにこにこと笑い出した。






文化祭当日。

朝から目の回るような忙しさだった。

それが昼を過ぎてもむしろ悪化するほどで、笑顔を振りまく加茂君も、頬が痛いと嘆きだしていた。




「まさかこんなに人がくるなんて!」


「なんでメイド減ってるの?!」


「部の出し物とかで急に出払ったんだよ!」


お菓子は前もって用意していたおかげで、裏方のスタッフは最低限で動けたのに対し、メイドの方が他の用事でいなくなる自体が多発し、クラスでは混乱が起きていた。


裏でばたばたと紅茶を準備していたら、加茂君が飛び込んできた。


「ゆいちゃんヘルプ!メイド担当して!さばききれない!」


「えっ?!」


「これ洋服ね!

僕の趣味で見繕った品だけど一応持ってきておいて良かった-!

じゃぁ用意出来たら接客担当してね!」


そういって紙袋を強引に私に渡すと、ウィンクして急いでフロアに戻ってしまった。


裏方のみんながフロア手伝ってあげてというので、私は仕方なく紙袋をもって教室を出た。

確かに教室前には大行列が出来ている。

女性もかなりいるのだが、これはおそらく加茂君の影響が大なんじゃないだろうか。


さて、着替えようと思ったら、どこも色々な事で仕えず悩んでいたら、とある場所を思いだした。






「失礼しまーす」


なれた英語教師室。

入ってみたら藤原はいない。


「ま、手早くすればいいか」


私は部屋に内側から鍵をかけると、紙袋から洋服を取り出す。

広げてみて私は固まった。


「・・・・・・」


これ、他のみんなとはあまりに衣装が違う気がする。

なんというか、セクシーな感じがするのだ。

スカートもかなり短い。

固まっていたが、教室では沢山お客さんが並んでいるのを思いだし、私は覚悟を決めて着替えだした。


「これで良いのかな・・・・・・」


きっちり用意されていたものを着て、窓の前に立ってみる。

部屋に鏡が無いのと、どうせここは階も高いので窓に映る姿で確認した。

窓なので上半身くらいしかチェック出来ないけれど。

それにしても、初めて履く黒のニーハイソックスと、ふわふわと広がる短いスカートに落ち着かない。

白のブラウスの胸元はそこだけ生地が違い、その胸の下にギャザーがあって、胸の形が強調されている。

両手首にはシュシュのようなリボンがセットされていて、髪の毛にはフリルのカチューシャ。

どうみても見事なくらい、ただのコスプレメイドにしか見えなかった。

藤原があんな事を言ったのも頷けてしまう。


「私も可愛かったら良かったのに」


こういう可愛い服が似合う可愛い子だったら、どんなに良かっただろう。

そうしたら、藤原も少しはどきりとしてくれるかも知れない。

私はため息をつきつつ、紙袋に制服を詰めようとかがんだ。





ガチャ。


ドアのカギが開くと同時に、勢いよくドアが開いた。

私はその音に慌てて振り向く。

そこには鍵を持って呆然と立っている藤原が居た。


「「・・・・・・」」


目を見開いて固まっている相手を見て、ぼん!と顔に熱が上がった。


「あ、いや、急に頼まれて。

あ、ごめん、着替えるとこなくて・・・・・・」


混乱しながら一気に話す。

でも藤原は無言で入り口に立ったままだった。


急に廊下から男子達の騒がしい声がこの部屋の方に近づいているのに気がつき、私は思わず藤原の背後に視線を向ける。

すると藤原は一歩中に入り、後ろ手でドアを閉めてしまった。

突然部屋に二人きりになり、私の足ががくがくと震えてくる。

もう恥ずかしくて死にそうだ。

だってこんな姿、きっと何か言われるに違いない。

恥ずかしいし、馬鹿にされる前に一刻も早くこの部屋から出なきゃと、どんどん焦ってくる。





「じゃ、じゃぁ」


慌てて残りの荷物を紙袋につめて、急ぎ足で部屋を出ようとした。


「おい」


ドアの前に居る藤原を無視してそろっとドアに手を伸ばしたら、真横から声がした。

私がおどおどと見上げると、何故か藤原が笑みを浮かべている。

私はその意図が読めずに途惑っていると、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出した。


「一枚写真撮ってやる」


「はぁぁああああ???」


「誠太郎に見せてやるよ」


「や、やだよ!無理!!」


なんでここで葛木先生が出てくるのか。

そもそも何で撮影しないといけないのか。

第一そんなもの見せられたって先生だって困ると思うし、恥ずかしい。


「良いのか?誠太郎はお前の依頼を受けて、その出し物を成功させるために、わざわざ夜遅くまでお前のクラスで作れそうなレシピ考えて、手ほどきしたんだぞ?

おかげで誠太郎は菓子作り上手いってどこのクラスからも依頼されて、そのせいで教師の仕事が終わらなくなって何日も残業してたんだぞ?

良いのか?自分が頼んだものがこんなにもきちんとやれてますって報告しなくて」


真面目な顔で切々と言われ、私の頭の中がぐるぐるする。

確かに、私がお願いした以上の事を丁寧にしてもらったし、そのせいで他のクラスにも引っ張りだこだったし、それで教師の仕事を残業させていたなんて、どう考えても私のせいだ。 

きっと陰陽師の仕事にも影響しただろう。

どうしよう、私の我が儘で先生にとても迷惑をかけてしまった。

それは確かにちゃんと先生に報告しないといけない気がする。


「・・・・・・えっと、どうすれば葛木先生に良い報告できる?」


「だから写真撮ってやるって」


「や、でも」


「きっと俺だけ見たっていうと、私も東雲さんの頑張ってる姿が見たかった、とか言うぞ?

良いのか?あいつを除け者にして」


真顔でそう言われ、なんだか写真を見せないと先生に凄く失礼な気がしてしまった。


「じゃ、じゃあ一枚だけ・・・・・・」


私は抵抗を諦めがくりと項垂れると、足取りも重く部屋の奥に行き紙袋を下ろし、おずおずと藤原に向かい合うように立つ。

正直、どんな感じで立てば良いのかさっぱりわからない。


「ほら、笑顔笑顔」


「無理!恥ずかしい!」


恥ずかしさで自分の顔が熱くなっているのがわかる。

あーもう、間違いなく私をからかって遊んでいるんだ、藤原のヤツは。

どうせ子供の私じゃ、何にもひっかからないでしょうよ!

悔しくて少し上目使いで睨みながら藤原の方を見たら、パシャパシャパシャと凄い勢いで音がした。


「い、一枚だけでは?」


「あー連写になってたな」


特に興味なさそうにスマートフォンを確認した藤原の態度に腹が立つ。


「じゃぁ一番まともな写真だけ先生に見せてよね!

私もう行かないと!」


恥ずかしさと腹立たしさで早く部屋を出ようと下に置いてあった荷物を取り、それを持って勢いよく振り向いたその時、何か服にぐい、と引っかかった感じがしたと同時にビリビリビリ!という音がした。


「・・・・・・」


背中に違和感がある。涼しい。

すると、ひょい、と藤原が私の背中に回った。


「背中、破けてるけどいいのか?ガムテ貸すか?」


私の背中が見えててもそういう反応なんだ・・・・・・。

怒りと羞恥心が怒濤のように押し寄せ、身体がわなわなと震えてきた。


「あー!もう着替える!

着替えるから藤原は外で門番やっててよ!」


ガムテを既に手に持ってきょとんとした顔をしている藤原の背中をぐいぐいと押しながら外に思い切り押し出すと、私はドアを勢いよく閉めた。


「もう帰りたい・・・・・・」


私は両手で顔を隠し、泣きそうになりながら呟いた。








急いで着替え終わると、出てきた私を不思議そうな顔で見た藤原に思い切りあっかんべーをして、ダッシュで教室に戻り、制服のままで戻ってきた私に驚いている加茂くんに接客出来ない事をとりあえず謝って裏方の仕事を再開した。



「ごめんね、実は借りた洋服破けちゃったの」


文化祭も終わり、その片付けをしだして一段落つくと、私は加茂君の側に行って紙袋を渡した。


「え?どこが破けたの?」


「背中のとこ。かなりビリビリと」


私は紙袋から出して破けた部分を加茂君に見せた。

だが加茂君はじっとそれを見て黙っていたが、やがて口を開いた。


「これ、どこで破いたの?」


「英語教師室借りててそこで」


「一人だったの?」


「最初は一人で着替えてて、着替え終わってからちょうど藤原が来たんだけど、私が部屋を出ようと動いた時、後ろにあった棚の何かにひっかけちゃったみたいで」


加茂君はメイド服を手にとって、じっと切れた部分を見ていたかと思うと、へーふーん、そっかあ~と独り言を言い出した。


「あの、弁償するよ、やっぱり高い?」


不安げに聞いた私に、加茂君が笑顔で答えた。


「大丈夫大丈夫。

弁償は藤原先生にお願いするから」


「え?なんで?」


「んー?管理責任?」


首をかしげながら可愛くいう加茂君に、私も首をかしげた。







後日の月曜日。




「葛木先生」


いつもの藤原睡眠タイムを横目に、私はお菓子をテーブルに用意し始めた葛木先生に近づき小さな声で声をかけた。

それを先生が不思議そうにしながら顔を近づけてくれる。


「あの、文化祭の写真なんですけど」


「はい」


「私の、その・・・・・・・メイド姿の写真なんですが」


「え?」


素で驚いた声に私が驚いた。


「あれ?藤原から送られてませんか?

なんか文化祭が葛木先生のおかげできちんと出来た証に見せた方が良いとかなんとか言って写真撮られたんですけど・・・・・・」


戸惑いながら説明すると、先生は少し考えたような顔をした後、あぁ!と小さく手を打った。


「はい、思い出しました。

私も手伝ったかいがありました」


にこにこと返されて私はホッとした。


「先生が色々教えてくれたお菓子がお客さんにとても好評でだったんです。

おかげで喫茶も大盛況でした。

それと、先生にはとっても迷惑かけてしまってすみません。

私の写真でお礼になるとは思わないですけど・・・・・・」


ありがとうございました、と頭を下げると、ふわ、と突然頭を撫でられ、葛木先生の綺麗な顔がすぐ側にあり、私の心臓がばくんとした。

なんだかんだ言ったって、好きだった人。

こんな事をされると凄く恥ずかしい。


「いえいえ、かなり忙しいようでしたし。

頑張りましたね」


ふわふわと撫でられ、自分の顔がふにゃりと崩れるのがわかった。


すると突然、バサッ!という大きな音が背後からして、私は、ひゃ!という声をあげて振り向いた。

そこにはソファーからブランケットを蹴っ飛ばし上半身を起こした藤原が、ぼーっとした顔でこちらを見ていた。


「えっと、まだ1時間経ってないよ?」


戸惑い気味に言うと、隣の葛木先生が私に顔を背けている。


「もう少し寝てたら?」


「・・・・・・喉が乾いた」


睨んでいるかのような半目で藤原がそう言うと、隣の葛木先生が立ち上がろうとした。


「東雲、紅茶」


単語だけぶっきらぼうに呟いた藤原を、私はぽかんと見た。

何故か葛木先生は私に顔を背けたまま、身体を丸めて肩を震わせている。

そして未だ無言でぼーっとこちらを見ている藤原に、私はため息をついた。

まるで母親にお茶でもお願いしているかのようだ。

でも、こういう風に藤原が我が儘を言うのが私に安心しきっている証拠に思えて、私は少しだけ笑みを浮かべてしまう。


「はいはい。

用意してあげるからもう少し横になってなさい」


お茶を用意しようと立ち上がると、未だ葛木先生は口に手を当て肩を震わせている。

私はその理由に首をかしげた。

葛木先生が笑った理由を私が知ったのは、ずっとずっと先のこと。




文化祭というかこういう大きなイベントは、教師にとっては余計な仕事が増えて、日常業務にかなりの支障をきたす。

だが、生徒達のわくわく感を感じるのはやはり良い。

邪気は、楽しい、嬉しい、幸せという『陽』の感情に非常に弱い。

だが『陽』がある以上それと対をなす『陰』も必ず存在する。

それは踏まえた上で行動しないといけないのは、普通の教師では無いところかも知れない。







「藤原先生!」


廊下を歩いていたら、背後から女子生徒達がそわそわしながら声をかけてきた。


「どうした?」


「あの、今葛木先生に文化祭用のお菓子作り教えてもらってて、これ出来たばかりのなんですが味見してもらえませんか?」


そういうと、一人の生徒が可愛くラッピングされた小さな袋を差し出した。


「へー、じゃぁ一つもらう」


それを受け取り袋についたリボンをほどくと、中にはハートのクッキーが何枚も入っている。

一つ取って口に入れようとしたら、生徒達が俺を囲みながらきらきらした目で見上げている。


『食いにくい・・・・・・』


苦笑いが浮かびつつ口に入れた。


「お、美味いぞ」


「ホントですか?!」


「世辞なしに美味い」


生徒達は手を取り合ってきゃーきゃーと喜んでいる。

誠太郎の手ほどきも良いのだろうが、生徒達が頑張って作った品だというのが伝わり笑みが浮かぶ。


「残りはおやつにして下さい!」


「サンキュ。頑張れよ」


嬉しそうに帰って行く生徒達を見てから、さて行くかと進もうとしたら、教室のドアから男子共が不服そうな顔をして出てきた。


「藤原だけずるいだろ」


「役得だ。諦めろ」


「ひでぇ」


こういう年齢の女子への屈折した思いは見てて面白い。


「残りいらないなら俺らにくれない?」


「やらん。

欲しいなら直接女子に下さいって言いに行けば良いだろ」


「それが出来るならやってるって!」


「まぁそうだろうな」


ほんとこいつら可愛いな。

肩を落としながら男子共はぶつぶつと文句を言っている。


「藤原といい、葛木先生といい、二人がいるから俺らへの配分が減るんだよ。

加茂ってハーフまで増えて余計に配分減ったしさ」


「人のせいにすんな。

それに女子はそんなに外見とか気にしないぞ?」


「うわぁ、イケメンに言われるとマジでムカツク」


今度は全員から殺意溢れる目で見られる。

本当の事なんだがまぁまだ無理か。


「とりあえず頑張れ」


手をひらひら振ってその場を離れる。

さっきの女子達が『陽』とすれば、さっきの男子達が『陰』だろう。

別にどちらが良い悪いというものではない。

あって当然のもので、むしろそういうのがない方がおかしい。

ここの生徒達は特殊な条件下で選ばれているものが多いせいもあるが、素直な感情の生徒も多くて見ていて純粋に可愛いし面白い。

出来ればこの心を持ったまま成長して欲しいと、自分を省みて思ってしまった。





文化祭当日、早朝から出勤し対応に追われる。

この学園が特殊ゆえ、こんなにも不特定の外部の人間が入ってくる場合は、不審者対策の意味が違ってくるのだ。

通常清められている学園内もどうしても気が濁る。

それを学園の陰陽師達がチームになり、結界の補修、浄化の追加、不審な人間や式などが居ないか監視する。

なので外部の陰陽師達も加勢に来るので指示を行わなくてはいけないが、そういうのは全て誠太郎に任せていた。

一通り自分の仕事を終え、休憩がてらいつもの自室に戻ろうとドアを開けようとした。



開かない。

ここはあまり人が来ない場所だけあって、文化祭で盛り上がった男女が時々入り込むこともあった。

現にドアに少しだけある磨りガラスには、人影のようなものが映っている。

まぁ脅かしてやろう。

俺は鍵を挿し、鍵を開けたと同時に勢いよくスライドのドアを開けた。


「「・・・・・・」」


そこには何故かメイドが居た。

ちょうど、前屈みにしている姿を真後ろから目撃した。

まっ白な太ももに長い黒のソックスが少し食い込んでいるのが、短いひらひらしたスカートの下からしっかり見える。

そのメイドはドアの開く音に気づいたのか勢いよく上半身を起こし、こちらを見て呆然とした後、しどろもどろに話し出した。


「あ、いや、急に頼まれて。

あ、ごめん、着替えるとこなくて・・・・・・」


こっちはドアに立っているというのに、少し離れた東雲の顔がみるみる真っ赤になっていくのが手に取るようにわかる。

もじもじと立っているせいか、その度にスカートがひらひら揺れる。


しかし、なんであんなにスカートが短いんだ?

そして、何であんな胸が強調した作りになってるんだ?

確かに平均より胸はあると思っていたが、単に余計に目立たせてるだけだろう。


ふと、背後から男子共の騒ぐ声がこちらに近づいているのがわかった。

一歩中に入って後ろ手でドアを閉める。

こんなのを男子が見たら、今夜のオカズが転がってたラッキーくらいに思われるのがオチだ。



「じゃ、じゃぁ」


急いで荷物を持って部屋を出て行こうとするこのメイドをどうすべきか。

まぁとりあえず。


「おい」


俺の声にびくりとして、わかりやすいほどおろおろして見上げている東雲が面白い。


「一枚写真撮ってやる」


「はぁぁああああ???」


「誠太郎に見せてやるよ」


「や、やだよ!無理!!」


何でこれから全身さらしに行く癖に写真一枚撮るのを困惑するのか。

まぁ、こいつが押しに弱いのは十分にわかっている。


「良いのか?誠太郎はお前の依頼を受けて、その出し物を成功させるために、わざわざ夜遅くまでお前のクラスで作れそうなレシピ考えて、手ほどきしたんだぞ?

おかげで誠太郎は菓子作り上手いってどこのクラスからも依頼されて、そのせいで教師の仕事が終わらなくなって何日も残業してたんだぞ?

良いのか?自分が頼んだものがこんなにもきちんとやれてますって報告しなくて」


自分でも驚くほどにすらすらと出てきた。

そしてわかりやすいほど、目の前にいるやつの目がぐるぐるとしている。

こいつの性格上、こう言われたら責任を感じて逃げられない。


「・・・・・・えっと、どうすれば葛木先生に良い報告できる?」


「だから写真撮ってやるって」


「や、でも」


ふむ、これはもう一押しだな。


「きっと俺だけ見たっていうと、私も東雲さんの頑張ってる姿が見たかった、とか言うぞ?

良いのか?あいつを除け者にして」


その言葉に、東雲の顔がうっ、となる。


「じゃ、じゃあ一枚だけ・・・・・・」




落ちた。



誠太郎を使って最後の一押しをしたのは正直面白くないが、まぁこれが一番効果がある。

しかしこんなに簡単に押し切られるようでこいつ大丈夫なんだろうか、自分でやっておいて何だが。