彼女の静かな声で紡がれるその言葉は、まるで巫女が天からの啓示を下々に伝えるかのようだった。
凛としたたたずまいでそう語りかける彼女を呆然と見る。
そうか、巫女は私が光明の意志を無視して自分の理想に仕上げようとしていると言いたいのか。
そして光明と長を区別せよと。
私はそもそも区別などしたことなど無かった。
光明は長である、それがあまりに当たり前すぎて、そんなことを考える事も無かったのだ。
今の私では光明の一番の味方としては認めないのだろう。
私が今までしている事が全て光明の為になるのだと信じていたが、きっとここまで巫女が言う以上、光明と近づいた事で確信したのかも知れない。
私の方が間違っているのだと。
ずっと自分が側に居て見てきたようで、まだ知り合ってまもない巫女である彼女の方が、きっと光明を真に理解出来る存在なのだろう。
巫女は『長』を見ているのではなく、光明を見ている。
だからこそ長に必要なのだ。
だからこそ長が欲するのだと理解した。
私は立ち上がり、彼女の座る席の隣りに行き、片膝を地面につき、もう一方の片膝を立てて、彼女を見上げた。
「巫女、私にそう命じては頂けませんか?」
この人から命が欲しい。
陰陽師としての血が欲っしているのかはわからない。
自然と身体が動き、高貴にすら感じられる巫女を見上げる。
どうか私を見て欲しい、私を認めて欲しい。
今まで味わったことのない感情がわき起こり、それに酔いしれそうになる。
だが彼女は眉間に皺を寄せると、おもむろに席を立ち、椅子をどかすと私に向かい合うように床に正座した。
「な、何を」
巫女がなんてことを、とうろたえたその時、彼女の手が私の両頬をふわりと包む。
その瞬間、全身に雷が走った。
「葛木先生、私は東雲ゆいです。ただの高校生です。
私を、ちゃんと見て」
彼女の瞳が私の全てを射貫く。
急に全身の力が抜け、私は崩れるように項垂れた。
そしてその突然の衝撃に驚きつつ、ゆっくりと顔を上げ彼女を見る。
そこには、いつも光明を怒ったり、教室で友人達と笑っている、ごく普通の高校生の少女が居た。
さっき見ていた女性とは全く違うように見えて、そんな自分に途惑う。
もしかして先ほどのは巫女の術で、知らずに幻覚でも見せられていたのだろうか。
「どうしてこう陰陽師って変な人が多いのかなぁ」
困ったように笑う東雲さんを前に、私は段々と感覚が戻ってきた気がした。
でも、術が解けたはずなのに、ある感情が心の底に消えずにいる事に気がついた。
それは絶対に私が彼女には持ってはいけないもの。
私はそれを見なかった振りをして、蓋を閉じた。
私は一つ深く深呼吸し、正座をすると彼女と向かい合う。
「東雲さん」
「はい」
「数々の無礼、本当に申し訳ありませんでした。
そしてどうか、教師と陰陽師をこれからも続けることを許してはもらえないでしょうか。
光明の味方として、いられるように」
お願い致します、と私は心から頭を下げた。
最初に謝った時とは自分の心が全く違う事を理解しながら。
「・・・・・・私、先生のお菓子が食べられないのも嫌だし、藤原の味方が居なくなるのも嫌なんです」
穏やかな声に私は顔を上げる。
「今度美味しいご飯に連れてってくれるなら全てチャラにしますけど、どうします?」
いたずらな笑みを浮かべる少女を見て、私は心底救われた気がした。
「もちろん応じさせて頂きます。
光明が自分も行きたかったと羨むようなとこに行きましょう」
その言葉に、彼女は子供らしい笑顔を見せた。
長は、いや光明は彼女を守れたと命じた。
『えぇ、何に代えてもこの少女をお守り致します』
まずは東雲さんの喜びそうなお店を探さなくては。
彼女とのデートが心から楽しみになっている自分に、私は少し笑みを浮かべた。