その日、自宅に戻ってから東雲さんにメールを送った。
今回の謝罪とそして二人で会って話しをさせて欲しいと。
彼女からのメールの返信が来たのは夜遅くだった。
返信が遅くなった事への謝罪と会う事への承諾の返信にほっとする。
9月の学校が始まる前に会いたいことを伝え、数日後いつもの部屋で会うことになった。
「失礼します」
「お待ちしていました」
もっと自分に向けられるものは嫌悪とかかと思っていたのに、社会科準備室のこの部屋に入ってきた彼女は、驚くほど普通で拍子抜けしてしまう。
そんな事を悟られないように、紅茶の準備を始めた。
背中に彼女の視線を感じる。
これから何を言われるのか、私はやはり不安に駆られていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女の前に紅茶の入ったマグカップを置き、私が向かい側の席に座ると、彼女が何か袋から取り出し私の前に置いた。
「ディズニーランドのお土産なんです、どうぞ」
「・・・・・お友達と行ったんですか?」
急に差し出された品に途惑う。
あんな事をしていて、私にお土産なんて。
「えっと、藤原と行ったんです」
思わず目を見開く。
少し恥ずかしそうに話す彼女に、自分が思うより遙かに二人の距離が近づいた事を理解した。
もう私の知っていた時の二人の関係では無いのだろう。
「・・・・・ありがとうございます、頂きます」
受け取りながら涙が出そうになる。
良かった。
彼女をあの夜、光明に会わせた私の判断は間違ってはいなかった。
「実は私お金持って無くて、お土産代出したの藤原なんですけど。
なので実質は藤原からのお土産です」
「光明が私にと言ったんですか?」
「いえ、私が選んだんですけど出すのには凄く不満げでした」
苦笑いする彼女にそうだろうと納得する。
彼女が買っていきたいというのを、光明が渋々応じたのだろう。
彼女の願いに諦めて従っている光明を想像して笑みが浮かぶ。
嬉しさでこれからしなければならない事を忘れそうになり、私は気を引き締める。
私は席を立ち彼女の側に行くと、深く頭を下げた。
「この度は私の勝手な願いを聞いてくれて、あの子をこちらに戻してくれてありがとうございます。
怖い思いもしたでしょう、本当に申し訳ありませんでした」
じっと頭を下げたままで待つ。
彼女からの言葉はない。
やはり彼女は本心では私を嫌ったのだろう。
東雲さんを怯えさせたと光明は言った。
何も起きないと言って送り出して、実際は何か起きたのだろう。
でもそんな事をした光明と出かけ、二人の関係は良い方向に変化した。
もうそれだけで十分に思えた。
「・・・・・先生、私を藤原に会わせて戻したいって言ったけど、それがどれだけ藤原を傷つけたか理解していますか?」
思わず顔を上げた。
何を言っているのだろう。
傷ついたのは東雲さん、貴女でしょう?
それが何故光明が傷ついた事になるのか。
途惑う私を見て、彼女は呆れた顔をした。
「とりあえず座って下さい」
有無も言わせぬ声に、私は席に戻り、不安げに彼女を見る。
私の表情を見て、彼女の目は鋭くなった。
「わかってないんですね。
藤原は誰も傷つけたくなかったのに、それをコントロール出来ない状態だと理解しているはずの葛木先生が私をよこして、結果的に私を危険にさらしたことに酷く傷ついていると思います」
彼女の声も表情も、静かな怒りに満ちていた。
自分が危険にさらされたことではなく、光明をこうやって心配している事にただ驚く。
そんな視点など、私は持っていなかった。
「・・・・・・先生は、本当に藤原の味方ですか?」
真っ直ぐ問い詰める声に思わず息を呑む。
何故そんな当然の質問を。
私の行動を見ていればわかるはずなのに。
「もちろんです!いつも光明を一番に思っています!」
「じゃぁその想いの在り方が間違ってるんですね」
「それは・・・・・・どういう事ですか?」
「藤原が私は巫女じゃない理由を教えてくれました」
光明からは今までどうやって巫女を選ぶか詳しい理由など聞いたことが無い。
長が選ぶ、という事以外は知らないのだ。
その理由を彼女にだけは話したのか。
「それは一体・・・・・・」
「理由は代々の長しかしらないそうです。
ですから私からは理由を言えませんが、これだけは言えます、
私は巫女ではありません」
「そんなはずは!」
「だから、先生は誰の味方なんですか?」
強く責める声に私は困惑する。
何度も光明が一番だと、味方だと言っているのに。
「何度も言っていますが、味方ですし、一番に思って」
「それって、ただの藤原光明という人間の味方ですか?
それとも陰陽師の長である藤原の味方ですか?」
目の前にいるこの子は何なのだろう。
まだ高校一年の子供のはずなのに。
こんな彼女を、今まで私は見たことが無かった。
そして理解する。
これは巫女として覚醒した証だ、だからこそ、こんなにも大人びて見えるのだと。