東雲さんを無理矢理光明に会わせたあの日、私は覚悟を決めた。
自分達の身勝手で傷つけたまだ高校生の子供を、また勝手を言って連れだした。
彼女に光明が危害を加えないと確信していた訳では無かった。
最悪彼女を抱いて光明が元に戻るなら良いのでは無いかと、心の隅に思わなかった訳では無い。
その時は彼女の記憶を消せばいいだけのこと。
そんな自分をなんて最低な人間だと思いつつ、だが立場も仕事も全て失って、光明に遠ざけられる事になったとしても、巫女かもしれない彼女に賭けたかった。
彼女に光明と会って欲しいと頼んだ時、彼女は断らない、それは何故か断言できた。
長にこんなにも献身的である事が、彼女が巫女であることをより強く私に思わせた。
まだ子供の純粋な心を利用しながら、きっと今までの者達もこうやって巫女を自分達の良いように利用していたのだろうと想像した。
だからこそ光明が巫女を無くしたいという気持ちも理解できる。
でもいざ巫女という存在に寄りかかると、それだけの存在を無くしてしまうのはやはり惜しくなる。
そんな事を考えるたび、純粋な光明に比べ自分の汚さを自覚した。
『俺はもう大丈夫だ。お前は家に戻れ』
その着信があったのは、そろそろ夜が明けだした頃だった。
久しぶりに聞く、はっきりとした意志を持つ光明の声に、涙が浮かぶ。
あぁ彼女が戻してくれたのだ、やはり巫女は凄いのだと素直に感じた。
全く連絡のない彼女にやはり不安になり何度も電話し、メールも送っていたが何の反応も無かった。
それがどちらを意味しているのかわからず、車の中でひたすらスマートフォンを握っていた。
「東雲さんは」
『寝てる。
・・・・・・随分と怯えさせた』
「それは・・・・・・」
『お前の思う事はしてないよ』
それが何を意味しているかわかって息を吐いた。
『・・・・・・二度と、あいつをこんな風に利用するな』
急に変わった声に、恐怖が走る。
通話しているだけというのに、自分に恐ろしいほどの怒りが向けられているのを全身に感じ、その恐怖に飲み込まれそうになるのを必死に堪え、声を出す。
「し、しかし彼女は巫女なのですから」
『いい加減にしろ』
「では、星読みで選ばれた弓削田嬢なら、貴方様をここに戻していましたか?」
沈黙。
そうだ、分かっているはずだ。
こんな事の出来る女性は、長の妻を占う星読みが選んだ婚約者とされる弓削田嬢ではなく、彼女しか、巫女である東雲さんしか居ないことを。
「私はずっと貴方様の側に居たのですよ?
自分がどのような目で巫女を見ていたか、やっと気がつかれましたか?」
また、何も返ってこない。
これで長が巫女への思いを自覚したことを確信した。
その時思ったのは、これで長の地位が盤石になったという安心だ。
光明がもう彼女を手放せないと自覚すれば、もう自分のすることは決まっている。
彼女が光明を本当はどう思っているのかはわからない。
ただ、後は彼女が逃げないようにすれば良いだけ。
『お前今、後は東雲を逃げないようにすれば良いと思っているだろう』
全て見透かされたような鋭い声に、びくりとする。
『命令だ。お前は東雲を守る事だけに徹しろ。
自分勝手な判断であいつを利用することは今後一切許さん。
・・・・・・わかったな?』
これは呪だ。
それ以外は許されない長の絶対的な命令。
全てを縛られた感覚と共に、長が巫女を最優先させた事に喜びが湧く。
「かしこまりました」
『以上だ。戻れ』
「はい」
最後まで長の声で通話は切れた。
ここまで強い命令をされた以上、次ぎに彼女をこんな風に利用することは出来なくなった。
でも、長自身が巫女を特別だと認識した以上、おそらく私などがもうこんな事をしなくても良いのだろう。
後は二人を邪魔するものを排除し、長の立場を揺るがないものにするために助力すれば良いだけ。
巫女が本当に見つかった事実は、心の底から喜びと安心で私を満たす。
巫女という存在は長だけでなく、他の者達にも安心を与えるのだと、痛いほど実感した。
まずは。
その巫女である彼女に謝罪しなければならない。
守るよう命じられた以上、私が彼女の味方だと認識してもらう必要がある。
彼女には全て失って良いと約束してしまった。
その事を光明には話せなかった。
「そもそも会ってもらえるんでしょうか」
ここまでのことをしたというのに、彼女なら許してくれるのではという甘い事を考える。
車のエンジンボタンを押し、二人の居るマンションを運転席から少しだけ見上げると、その場を後にした。