「で、参考に聞くが、どんなのが欲しい?」


「食べ物とかじゃなくて・・・・・・置物とかがいい」


「置物ねぇ」


藤原が私の頭からカチューシャを取り陳列棚に戻しながら聞いた。

好きな人からプレゼントをもらえるなら、本音を言えばアクセサリーとかが良い。

でもそんな事恥ずかしくて言える訳が無い。

なら、ずっと無くならずに見ていられる物がいい。

そんな私の思いもしらず、藤原は顎に手を当て、きょろきょろと店の中を見渡す。


「他にも店があるんだよな?じゃぁ他の店も見てで良いか?」


「うん。シンデレラ城のとこにも色々お店あるし」


「じゃぁそうするか。

とりあえずこれ買ってくるから出口の所にいろ」


私は頷いてお店の出口に行くと、ふと振り返り、レジにいる藤原を見る。

今日は学校に着てくるようなシャツ姿ではなく、Vネックの白Tシャツの上に薄手のジャケット、黒の細身のパンツ姿だった。

いつもセットしている髪をおろして、眼鏡もかけているせいか、遠くから見る藤原は、私には知らない人のように思えてしまった。

そんな藤原を、近くに居た女性達が見ていることに気がついた。

もう一度良く見ると、他の女性グループも完全に藤原を遠巻きに見て、何かきゃぁきゃぁと話している。

あれ?藤原って格好良かったっけ?

あれ?もしかしてモテたりするの?

うちには葛木先生という王子様がいて私もファンだったせいか、藤原をそういう目で見たことが無かった。

でも思い返せば、クラスの女子にもファンが居たわけで。

腕を組んで考えていたら、頭を叩かれた。


「痛い」


「ほら、行くぞ」


少し振り返ると、さっきまで藤原を見ていた女性達に思い切り睨まれ、驚いて慌てて前を向く。

そっか、藤原って格好いいんだ。モテるんだ。

こんな事がなければ、そんなことずっと気がつかなかったのかも知れない。

横を歩く藤原を見て、今度は急に大人の男性に見え、気恥ずかしくなった。


シンデレラ城まで移動すると、そこにガラス細工のお店があり中へ入る。

さすがガラス細工のお店だけあって、シンデレラのガラスの靴も置いてあり、私は藤原とは離れたところで商品を見ていた。

藤原は一体何を見ているんだろう。

気になって目線を向けたら、あっという間に気がつかれ、手でしっしっと追い払われるような態度をされたので、しかたなく私は店を出た。

お店の入り口近くでぼんやりと立っていたら、頭を小突かれ、顔を上げればここのお店の袋を持った藤原が居た。


「パレード見るんだろ?」


「そうだけど、ここで買ったの?」


「さぁな」


どうみてもここのお店の袋が増えたんだからそうだと思うけど、あくまで内緒にするらしい。

なんだかそんな事すら可愛く思えて少し笑うと、そんな私を見て藤原は不思議そうな顔をした。



全ての荷物は藤原が持ってくれて、私達は既に出来上がっていた列に並び、美しい光を放つ夜のパレードを二人並んで眺める。

藤原と一緒に見られるのは最初で最後。

でも、きっとこうやって来られただけ幸せなんだ。

ずっと、巫女のことで苦しかった。

それを頑張ったご褒美がこれなのかもしれない。

美しい光を受けた好きな人の横顔を少しだけ見て、私はそう思った。






パレードを終え、後は最後の花火を待つだけ。

皆パレードが終わったと共に、花火の見えやすい場所に一気に移動していく。

急に人が入り乱れて、私は人に押され後ろに持って行かれそうになった。

それを大きな手が引っ張り出す。


「あっち行くぞ」


そういうと、藤原は私の手を繋いだまま歩き出した。

ずっと触りたかった手に握られ、急に自分の顔が熱くなる。

良かった、夜で。

そう思い歩いていたら、花火が始まった。

みな、足を止め空を見上げ、その夜空の光に酔いしれる。

だけど藤原はそこで足を止めず、気がつけば人の居ない建物の角のような場所で立ち止まった。

繋いでいた手が放される。

そして藤原は私の方を向いた。


「ほら」


そういうと、おもむろに袋を差し出す。

それはさっきのガラスのお店の袋だった。

それを受け取ろうと手を伸ばした時、その手を掴まれ、気がつけば私は藤原の腕の中にいた。

突然の事で息が止まる。

何故、私にこんな事をするの?

子供だって、巫女じゃないっていう癖に。

必死に気持ちを抑えている私に、なんでこんな辛いことをするのだろう。



「怖い思いをさせてすまなかった。

・・・・・・来てくれてありがとう」



頭のすぐ上から声がした。

自分の髪の毛に、藤原の頬が寄せられているのがわかる。

薄いTシャツから、藤原の体温が伝わってくるかのようだ。

もういい。

何で藤原がこんな事をしたかなんて理由、考えたくない。

好きな人にこんな場所で抱きしめられている、それだけで、私には奇跡のような気がした。

私は、もっとその距離を縮めたくて、もっと触れていたくて、両手をおずおずと私を抱きしめる人の背中に回す。

そしてぎゅっと服を掴んだ。



「・・・・・・うん」



私の言葉で、抱きしめられる力が強くなった。

耳に藤原の息がかかり、私は思わず声が漏れた。

藤原の息に、熱に、クラクラして、自分の身体が崩れ落ちそうになるのを、必死に広い背中に掴まって耐える。

大きな身体から与えられる力を一身に受けて、私は泣きそうになっていた。


言いたい。

私の気持ちを言ってしまいたい。


でもそうすればもう二度と、きっと藤原は私を頼ってはくれない。

それは、それだけは嫌だ。

これで最後。

私なりに精一杯頑張ったんだから、婚約者のいる人にこんな事をすることを許して欲しい。

私はぎゅっと服を握りしめ、ゆっくりと藤原の首筋に顔を埋めた。

藤原の手が私の頭に触れて、まるでもっと自分の肌に触れさせるかのように引きよせられ、私の唇が肌に触れる。

私は静かに目を瞑った。



花火の音がする。


遙か、遙か遠くに。



こういう時に時間が止まればいいと思うのだろう。

私達は花火の音がなりやむまで、ただひたすらに、抱きしめ合った。








「忘れ物は無いか?」


「大丈夫」


ずっと帰りたくなかったのに、無情にもあっという間に寮の前に着いてしまった。

私の手には、お土産とそしてプレゼントの入った袋。

あの後本当に何事も無かったかのように藤原は元に戻った。

大人というのはこういうことにあまり抵抗がないのかもしれないと思って、なんだか酷く寂しくなった。


「ほら。後で部屋に帰ったら連絡しろよ?」


「え?」


そう言われて渡されたのは、名刺だった。

ただ名前だけ書かれた名刺。

その裏を見れば、手書きで携帯番号とメールアドレスが書かれていた。

私は驚いて藤原を見る。


「昨日のこともあるし、お前に何か変化が起きないとも限らないしな。

心配だから何かあればすぐに連絡しろよ?」


そういうと、優しく私の頭を撫でた。

泣きそうになるのを我慢して、それをごまかすかのように不満げに言葉を投げかける。


「いま、何もしてない?」


「勝手にするなって言っただろ?」


「言ったけど無視したじゃない」


「お前が嫌がることは、二度としないよ」


優しい声。

そして真っ直ぐな瞳に見つめられ、私は思わず俯いた。

とうとう夢の時間は終わったのだ。


戻りたくない。

まだ一緒に居たい。

そういう気持ちを全て言ってしまいたい。


「家に帰るまでが遠足だぞ?」


そうやって笑顔で言われ、私はゆっくりと助手席から降りた。

いま、自分がどんな顔をしているのか、正直分からない。


「東雲」


私が大好きな人の低くて、甘い声。


「またな」


「・・・・・・うん。気をつけてね」


そう返し、名残惜しい気持ちを必死に堪え、そのドアを閉める。

遠ざかる車を見ながら、私はただ涙が溢れるのを必死に手で拭った。







部屋に入ると、私は急いで一番に藤原からもらった袋をあける。


「これ、美女と野獣に出てくる薔薇のガラスドームだ・・・・・・」


それは手のひらより大きなガラスドームの中に、赤い一輪のガラスの薔薇が咲いているガラス細工だった。


「綺麗」


『美女と野獣』、野獣に変えられ心を閉ざした王子が、この薔薇の花びらが全て散る前に、王子が真の愛を知り、真の愛を与えられた時に元に戻るというお話し。

その薔薇はガラスのドームに入っていて触れることは出来ない。

ただ散っていく薔薇。

そして薔薇によって呼び寄せられた町娘。

その町娘と王子はやがて愛し合い、王子は野獣から元に戻るのだ。


藤原は何故これを私にくれたのだろう。

意味を知っていてくれたのだろうか。

キラキラと光る赤い一輪の薔薇を見ながら考える。

その薔薇は王子を追い詰めると共に、救う女性を現しているように思え、それは『巫女』を連想させた。

長を縛る呪いのような存在でありながら、長を一番救うことが出来て、そして最後に選ばれるといわれる女性。

きっと藤原はそれに抗いたいんだ。

一人の女性を大切にしたいんだ。

その大切にしたい女性というのは、婚約者の事なのでは無いのだろうか。

この薔薇は、どちらだったとしても藤原に選ばれるたった一人の女性のこと。

私はその人にはなれない。

ただガラスの外から、じっとその美しい薔薇を見つめるだけの存在。


それでもいい。

今は、好きな人の側に居て、少しでも力になれるのなら。

きっとこんな時間、長くは続かないと自分が一番分かってる。

だから、せめて。

今はあなたの心をとかせる存在として、側に居たい。

私は薔薇じゃないけれど、これをくれたのはあなたなのだから。



しばらくして私はもらった名刺を手に取る。

これを渡したのはただの心配からだってわかってる。

わかりながらも、手書きの文字が愛おしくて仕方がない。

私はスマートフォンを手に取ると、じっと内容を考える。

そして名刺に書かれたメールアドレスに、自分の携帯番号と悩んで決めた文章を書いて送った。


『今日はありがとう。

美女と野獣の薔薇のガラスドーム素敵だね。大切にします。

それと、もう無理しないでね』と。


悩んだ癖にこんな文章。

それ以上書いてしまったら、余計なことを書いてしまいそうで怖かった。

車を運転しているのだから、きっと返事は明日になるかも知れない。

返事を待つのが怖い。そもそも返事をくれるのだろうか。

とりあえずシャワーを浴びると急に疲れと眠気が襲ってきて、私は気がつけばあっという間に寝てしまっていた。



ふと朝早くに目が覚めて、慌てるようにスマートフォンを手にとって見る。

そこには昨日のうちに返信が来ていたことに驚き、ドキドキしつつ中を読む。


『それは美女と野獣のだったのか。Inspirationで選んだから知らなかった。

気に入ったのなら何よりだ。

9月、また月曜日になったら、手伝いに来てくれ』


そっか、あのガラスドームを選んだのはたまたまだったんだ。

一体何を思って選んだのか気になってしまう。

でも一番は最後の文章だ。

その文章がどんなに私を喜ばせるかなんて、藤原は知らない。

私はしばらくその文章を眺めた後、返信した。


『おはよう。よく寝てすっきりしたよ。

月曜日、仕方がないから行ってあげる』





9月。

学校が始まった。

最初の月曜日、藤原は昼休みに来なかった。

放課後、私は鞄を持つと帰る準備をしていた実咲と塔子に声をかけた。


「また、困った人の手伝いを再開してくるよ」


それを聞いて、二人が笑う。

私は二人に冷やかされながら、教室を出て英語教師室に向かった。



久しぶりの場所。

そして久しぶりに、好きになった人とここで会える事にどきどきする。

私はその気持ちを押し殺して、一つゆっくり深呼吸をした。

ドアをノックし、そのドアを開ける。

そこには、藤原が笑顔で迎えてくれた。




「ぴちぴちの女子高生、いらんかね?」


「ちょうどいい、一つ頼む」


そう言って、お互い顔を見合わせると、吹き出した。


藤原はまた部屋の隅のソファーで寝て、私は部屋の真ん中の机で教科書を開く。

きっとしばらくしたら、葛木先生が穏やかな笑顔でお菓子を持って来るのだろう。

私は静かな寝息を聞きながら、呟いた。



「お休み。また後で」




『 The end 』 


              ※第1部完結です。
              この後はSSを書いていきたいと思います。






東雲さんを無理矢理光明に会わせたあの日、私は覚悟を決めた。



自分達の身勝手で傷つけたまだ高校生の子供を、また勝手を言って連れだした。

彼女に光明が危害を加えないと確信していた訳では無かった。

最悪彼女を抱いて光明が元に戻るなら良いのでは無いかと、心の隅に思わなかった訳では無い。

その時は彼女の記憶を消せばいいだけのこと。

そんな自分をなんて最低な人間だと思いつつ、だが立場も仕事も全て失って、光明に遠ざけられる事になったとしても、巫女かもしれない彼女に賭けたかった。



彼女に光明と会って欲しいと頼んだ時、彼女は断らない、それは何故か断言できた。

長にこんなにも献身的である事が、彼女が巫女であることをより強く私に思わせた。

まだ子供の純粋な心を利用しながら、きっと今までの者達もこうやって巫女を自分達の良いように利用していたのだろうと想像した。

だからこそ光明が巫女を無くしたいという気持ちも理解できる。

でもいざ巫女という存在に寄りかかると、それだけの存在を無くしてしまうのはやはり惜しくなる。

そんな事を考えるたび、純粋な光明に比べ自分の汚さを自覚した。










『俺はもう大丈夫だ。お前は家に戻れ』


その着信があったのは、そろそろ夜が明けだした頃だった。

久しぶりに聞く、はっきりとした意志を持つ光明の声に、涙が浮かぶ。

あぁ彼女が戻してくれたのだ、やはり巫女は凄いのだと素直に感じた。


全く連絡のない彼女にやはり不安になり何度も電話し、メールも送っていたが何の反応も無かった。

それがどちらを意味しているのかわからず、車の中でひたすらスマートフォンを握っていた。



「東雲さんは」


『寝てる。

・・・・・・随分と怯えさせた』


「それは・・・・・・」


『お前の思う事はしてないよ』



それが何を意味しているかわかって息を吐いた。






『・・・・・・二度と、あいつをこんな風に利用するな』




急に変わった声に、恐怖が走る。

通話しているだけというのに、自分に恐ろしいほどの怒りが向けられているのを全身に感じ、その恐怖に飲み込まれそうになるのを必死に堪え、声を出す。


「し、しかし彼女は巫女なのですから」


『いい加減にしろ』


「では、星読みで選ばれた弓削田嬢なら、貴方様をここに戻していましたか?」


沈黙。


そうだ、分かっているはずだ。

こんな事の出来る女性は、長の妻を占う星読みが選んだ婚約者とされる弓削田嬢ではなく、彼女しか、巫女である東雲さんしか居ないことを。


「私はずっと貴方様の側に居たのですよ?

自分がどのような目で巫女を見ていたか、やっと気がつかれましたか?」


また、何も返ってこない。

これで長が巫女への思いを自覚したことを確信した。


その時思ったのは、これで長の地位が盤石になったという安心だ。

光明がもう彼女を手放せないと自覚すれば、もう自分のすることは決まっている。

彼女が光明を本当はどう思っているのかはわからない。

ただ、後は彼女が逃げないようにすれば良いだけ。




『お前今、後は東雲を逃げないようにすれば良いと思っているだろう』



全て見透かされたような鋭い声に、びくりとする。


『命令だ。お前は東雲を守る事だけに徹しろ。

自分勝手な判断であいつを利用することは今後一切許さん。

・・・・・・わかったな?』


これは呪だ。

それ以外は許されない長の絶対的な命令。

全てを縛られた感覚と共に、長が巫女を最優先させた事に喜びが湧く。


「かしこまりました」


『以上だ。戻れ』


「はい」


最後まで長の声で通話は切れた。



ここまで強い命令をされた以上、次ぎに彼女をこんな風に利用することは出来なくなった。

でも、長自身が巫女を特別だと認識した以上、おそらく私などがもうこんな事をしなくても良いのだろう。

後は二人を邪魔するものを排除し、長の立場を揺るがないものにするために助力すれば良いだけ。


巫女が本当に見つかった事実は、心の底から喜びと安心で私を満たす。

巫女という存在は長だけでなく、他の者達にも安心を与えるのだと、痛いほど実感した。


まずは。

その巫女である彼女に謝罪しなければならない。

守るよう命じられた以上、私が彼女の味方だと認識してもらう必要がある。

彼女には全て失って良いと約束してしまった。

その事を光明には話せなかった。



「そもそも会ってもらえるんでしょうか」


ここまでのことをしたというのに、彼女なら許してくれるのではという甘い事を考える。

車のエンジンボタンを押し、二人の居るマンションを運転席から少しだけ見上げると、その場を後にした。






その日、自宅に戻ってから東雲さんにメールを送った。

今回の謝罪とそして二人で会って話しをさせて欲しいと。


彼女からのメールの返信が来たのは夜遅くだった。

返信が遅くなった事への謝罪と会う事への承諾の返信にほっとする。

9月の学校が始まる前に会いたいことを伝え、数日後いつもの部屋で会うことになった。







「失礼します」


「お待ちしていました」


もっと自分に向けられるものは嫌悪とかかと思っていたのに、社会科準備室のこの部屋に入ってきた彼女は、驚くほど普通で拍子抜けしてしまう。

そんな事を悟られないように、紅茶の準備を始めた。

背中に彼女の視線を感じる。

これから何を言われるのか、私はやはり不安に駆られていた。




「どうぞ」


「ありがとうございます」


彼女の前に紅茶の入ったマグカップを置き、私が向かい側の席に座ると、彼女が何か袋から取り出し私の前に置いた。


「ディズニーランドのお土産なんです、どうぞ」


「・・・・・お友達と行ったんですか?」


急に差し出された品に途惑う。

あんな事をしていて、私にお土産なんて。


「えっと、藤原と行ったんです」


思わず目を見開く。

少し恥ずかしそうに話す彼女に、自分が思うより遙かに二人の距離が近づいた事を理解した。

もう私の知っていた時の二人の関係では無いのだろう。


「・・・・・ありがとうございます、頂きます」


受け取りながら涙が出そうになる。

良かった。

彼女をあの夜、光明に会わせた私の判断は間違ってはいなかった。



「実は私お金持って無くて、お土産代出したの藤原なんですけど。

なので実質は藤原からのお土産です」


「光明が私にと言ったんですか?」


「いえ、私が選んだんですけど出すのには凄く不満げでした」


苦笑いする彼女にそうだろうと納得する。

彼女が買っていきたいというのを、光明が渋々応じたのだろう。

彼女の願いに諦めて従っている光明を想像して笑みが浮かぶ。


嬉しさでこれからしなければならない事を忘れそうになり、私は気を引き締める。

私は席を立ち彼女の側に行くと、深く頭を下げた。


「この度は私の勝手な願いを聞いてくれて、あの子をこちらに戻してくれてありがとうございます。

怖い思いもしたでしょう、本当に申し訳ありませんでした」


じっと頭を下げたままで待つ。

彼女からの言葉はない。

やはり彼女は本心では私を嫌ったのだろう。


東雲さんを怯えさせたと光明は言った。

何も起きないと言って送り出して、実際は何か起きたのだろう。

でもそんな事をした光明と出かけ、二人の関係は良い方向に変化した。

もうそれだけで十分に思えた。




「・・・・・先生、私を藤原に会わせて戻したいって言ったけど、それがどれだけ藤原を傷つけたか理解していますか?」


思わず顔を上げた。

何を言っているのだろう。

傷ついたのは東雲さん、貴女でしょう?

それが何故光明が傷ついた事になるのか。

途惑う私を見て、彼女は呆れた顔をした。


「とりあえず座って下さい」


有無も言わせぬ声に、私は席に戻り、不安げに彼女を見る。

私の表情を見て、彼女の目は鋭くなった。


「わかってないんですね。

藤原は誰も傷つけたくなかったのに、それをコントロール出来ない状態だと理解しているはずの葛木先生が私をよこして、結果的に私を危険にさらしたことに酷く傷ついていると思います」


彼女の声も表情も、静かな怒りに満ちていた。

自分が危険にさらされたことではなく、光明をこうやって心配している事にただ驚く。

そんな視点など、私は持っていなかった。


「・・・・・・先生は、本当に藤原の味方ですか?」


真っ直ぐ問い詰める声に思わず息を呑む。

何故そんな当然の質問を。

私の行動を見ていればわかるはずなのに。


「もちろんです!いつも光明を一番に思っています!」


「じゃぁその想いの在り方が間違ってるんですね」


「それは・・・・・・どういう事ですか?」


「藤原が私は巫女じゃない理由を教えてくれました」


光明からは今までどうやって巫女を選ぶか詳しい理由など聞いたことが無い。

長が選ぶ、という事以外は知らないのだ。

その理由を彼女にだけは話したのか。


「それは一体・・・・・・」


「理由は代々の長しかしらないそうです。

ですから私からは理由を言えませんが、これだけは言えます、

私は巫女ではありません」


「そんなはずは!」


「だから、先生は誰の味方なんですか?」


強く責める声に私は困惑する。

何度も光明が一番だと、味方だと言っているのに。


「何度も言っていますが、味方ですし、一番に思って」


「それって、ただの藤原光明という人間の味方ですか?

それとも陰陽師の長である藤原の味方ですか?」


目の前にいるこの子は何なのだろう。

まだ高校一年の子供のはずなのに。

こんな彼女を、今まで私は見たことが無かった。


そして理解する。

これは巫女として覚醒した証だ、だからこそ、こんなにも大人びて見えるのだと。






落ち着いた声で淡々と詰め寄る目の前にいる人を見ていて、不思議と美しい、と思った。

だがそんな巫女は、私を何度も長の味方かと繰り返す。

ずっと光明の為に動いてきたのだ。

誤解など巫女にされたくはない。

私は必死に訴えようとした。


「も、もちろん私は光明の」


「嘘」


その澄んだ瞳は、何もかも見透かしているかのようだった。


「先生は藤原に、単に自分の理想の長として長く務めて欲しいだけでしょう?」


ざくり、と正面から刺されたような気がした。

私はずっと光明の為を思って行動してきた。

だからこそ今の光明の、長としての立場が築かれたことへ尽力した自負もある。

それが光明の為であり、正しいことだと信じて疑わなかった。

でもそれが違うとでも言うのだろうか。




「・・・・・・貴女は陰陽師の世界を知らないですから」


「だからこそ見えるものだってあると思います」


そうだ、彼女は知らないからそんなことを言うのだ。

あの京都側にすら安倍晴明の再来と言わしめた光明。

光明が何かを成し遂げる度、周囲がひれ伏していくのをずっと側で見てきた。

東京の陰陽師の長がそんなにも強く素晴らしい存在で、自分がその側近としていることが誇らしかった。

彼女が巫女であったとしてもまだ高校生。

長が強く存在するその意義を理解出来るはずもない。





「先生が、長としての藤原を維持することにしか頭にないのなら、信用出来ない」



だが彼女から向けられたものは、酷く冷たい目だった。

初めて彼女から向けられた敵意に私はどうしていいかわからない。


「何か誤解をしているのでは」


「先生は本音では巫女がいて欲しいんでしょう?」


「それは・・・・・・」


「藤原が無くしたいと行動してるのを側で見ているのに」


冷たい視線に絶えられず、私は少し顔を背けた。

そうだ、今回の事で痛いほど巫女の重要性を味わった。

光明は無くそうとしていても、きっと無くすことは出来ない、私はそうたかをくくっているのかもしれない。

光明も巫女がいて良かったと思う日が来るのではないだろうかと。


「あんなにも崩れた光明を戻せたのは巫女である貴女の力です。

正直に言うと、私は初めて巫女の存在の重要性を理解しました。

ですから光明ももしかしたら考えが」


「ほら、結局藤原の事を本当に第一には考えて無い」


どう言えば彼女は納得してくれるのだろう。

人の心など移りゆくものだ。

光明だってあんなに否定した巫女に助けられた。

東雲さんが巫女じゃないなんて光明が言うのは、自分が今まで否定し続けたのに、今更認めるわけにはいかないからでは無いだろうか。



「先生、まだ私が巫女だと思ってるんですね」


「はい」


「今回は巫女では無い私の言葉を、単に藤原が必死に聞いてくれただけです」


「いえ、貴女が巫女だったからこそ通じたんです」


「それは、藤原の意志を無視してませんか?

藤原は違うと言ってるのに、なんで先生が勝手に決めるんですか?」


「私が決めると言う事ではなく、単に事実を述べているだけです」


そうじゃなければ、何者の言葉も、私の言葉すら聞かず、誰も入れない結界の張られた部屋に入り、光明をこちらに戻した女性がただの一般人であるはずがない。




「・・・・・じゃぁ、今すぐ藤原が長を辞めると言ったら、どうしますか?」


「まさか!光明のような素晴らしい逸材は滅多に現れるものじゃないんです。

それを光明だってわかっています。

そのおかげでこの国はなんとかこれで済んでいるんですよ?

きちんと務めを果たすまでは辞めるなんてありえません!」


「・・・・・先生は藤原の一番の味方だと思っているんですよね?」


「もちろんです」


「なら、自分の理想の長に仕上げるんじゃなくて、藤原が間違っていたらちゃんと指摘して、そして他が全て敵になっても唯一味方で居る、ただの藤原光明を尊重してあげられる、一番の存在になるべきです」






彼女の静かな声で紡がれるその言葉は、まるで巫女が天からの啓示を下々に伝えるかのようだった。

凛としたたたずまいでそう語りかける彼女を呆然と見る。


そうか、巫女は私が光明の意志を無視して自分の理想に仕上げようとしていると言いたいのか。


そして光明と長を区別せよと。


私はそもそも区別などしたことなど無かった。

光明は長である、それがあまりに当たり前すぎて、そんなことを考える事も無かったのだ。


今の私では光明の一番の味方としては認めないのだろう。

私が今までしている事が全て光明の為になるのだと信じていたが、きっとここまで巫女が言う以上、光明と近づいた事で確信したのかも知れない。

私の方が間違っているのだと。




ずっと自分が側に居て見てきたようで、まだ知り合ってまもない巫女である彼女の方が、きっと光明を真に理解出来る存在なのだろう。

巫女は『長』を見ているのではなく、光明を見ている。


だからこそ長に必要なのだ。


だからこそ長が欲するのだと理解した。




私は立ち上がり、彼女の座る席の隣りに行き、片膝を地面につき、もう一方の片膝を立てて、彼女を見上げた。


「巫女、私にそう命じては頂けませんか?」



この人から命が欲しい。


陰陽師としての血が欲っしているのかはわからない。

自然と身体が動き、高貴にすら感じられる巫女を見上げる。


どうか私を見て欲しい、私を認めて欲しい。


今まで味わったことのない感情がわき起こり、それに酔いしれそうになる。


だが彼女は眉間に皺を寄せると、おもむろに席を立ち、椅子をどかすと私に向かい合うように床に正座した。


「な、何を」


巫女がなんてことを、とうろたえたその時、彼女の手が私の両頬をふわりと包む。

その瞬間、全身に雷が走った。



「葛木先生、私は東雲ゆいです。ただの高校生です。


私を、ちゃんと見て」



彼女の瞳が私の全てを射貫く。

急に全身の力が抜け、私は崩れるように項垂れた。

そしてその突然の衝撃に驚きつつ、ゆっくりと顔を上げ彼女を見る。

そこには、いつも光明を怒ったり、教室で友人達と笑っている、ごく普通の高校生の少女が居た。

さっき見ていた女性とは全く違うように見えて、そんな自分に途惑う。

もしかして先ほどのは巫女の術で、知らずに幻覚でも見せられていたのだろうか。


「どうしてこう陰陽師って変な人が多いのかなぁ」


困ったように笑う東雲さんを前に、私は段々と感覚が戻ってきた気がした。

でも、術が解けたはずなのに、ある感情が心の底に消えずにいる事に気がついた。

それは絶対に私が彼女には持ってはいけないもの。

私はそれを見なかった振りをして、蓋を閉じた。




私は一つ深く深呼吸し、正座をすると彼女と向かい合う。


「東雲さん」


「はい」


「数々の無礼、本当に申し訳ありませんでした。

そしてどうか、教師と陰陽師をこれからも続けることを許してはもらえないでしょうか。

光明の味方として、いられるように」


お願い致します、と私は心から頭を下げた。

最初に謝った時とは自分の心が全く違う事を理解しながら。


「・・・・・・私、先生のお菓子が食べられないのも嫌だし、藤原の味方が居なくなるのも嫌なんです」


穏やかな声に私は顔を上げる。


「今度美味しいご飯に連れてってくれるなら全てチャラにしますけど、どうします?」


いたずらな笑みを浮かべる少女を見て、私は心底救われた気がした。


「もちろん応じさせて頂きます。

光明が自分も行きたかったと羨むようなとこに行きましょう」


その言葉に、彼女は子供らしい笑顔を見せた。




長は、いや光明は彼女を守れたと命じた。


『えぇ、何に代えてもこの少女をお守り致します』


まずは東雲さんの喜びそうなお店を探さなくては。

彼女とのデートが心から楽しみになっている自分に、私は少し笑みを浮かべた。



おまけ:「従者」後日談



*************************



「誠太郎、いるかー」


「ノックしてから入って下さいといつも言っているでしょう」


藤原光明が今度の学校で行われるイベントについて確認しようと、社会科準備室ドアををノックもせずいつものように開けると、そこの主である葛木誠太郎は静かにノートパソコンを閉じた。




「悪い、何かやってたか」


「いえ構いませんよ」


珍しくパソコンの蓋まで閉じた誠太郎の行動に光明は違和感を感じつつ、本来の要件を話し出した。



「で、この土曜日に打ち合わせをいれるって事でいいか?」


「すみません、その日はあいにく予定がありまして」


「何か会合でも入っていたか?」


学校で特に打ち合わせは入ってないはずだ。

ならあとはもう一つの仕事の関係だと思ったが、そんな記憶は光明には無かった。


「いえ、そうではないのですが、その日は1日予定がありますので、そうですね、火曜日ではどうですか?」


「日曜日の午前中はだめなのか?どうせ仕事が午後からあるんだし。

それに月曜日でも良いだろう、東雲の帰った後にすれば良いんだから」


それを聞いて困ったような顔をしている誠太郎に、さっきのパソコンを閉じた行為と、変な日程を提案したことで光明はなんとなく察しが付いた。


「あぁ、デートか。

なんだ、新しい女が出来たなんて知らなかった」


「いえ、交際はしてませんよ」


「へぇ、お前が自分から落としに行くなんて珍しいな」


誠太郎はこのルックスと物腰で、昔から女が絶えたことが無かった。

それもどれも見た目の良い女ばかり。

ようは黙っていても向こうが寄ってくるのを誠太郎が特に拒まないだけで、あまり積極的に興味を持っているようにも思えないようだった。

結局相手から別れを切り出され、それを追いかけもせず笑顔で承諾するので、激怒したり泣いた女は数知れない。

そんな誠太郎が、積極的に相手と会うために時間を作っていること自体、光明には驚きであり、どんな女がそこまでさせるのだろうとその相手に興味を持った。



「どんな相手?同族?」


「誤解しているようですが、そういう相手ではありませんよ?」


「もしかしてさっき、ホテルでも探していたのか?」


土曜日だけでなく、日曜日の午前中まで予定を入れないようにしたのだ、それは簡単に泊まりであることがわかる。

にやにやと面白がっている光明に、誠太郎は内心ため息をついた。


光明は鋭く頭がいい。

ただ、こと自分の事に関してはお約束のように鈍感ではあるが。

そんな光明が初めて特別視した相手と二人だけで食事に行くだなんて、口が裂けても言えない。

そうは思いつつ、それを言ったらどんな反応をするだろうか、という興味を少しだけ持ってしまった誠太郎は、自分の性格の悪さを再認識していた。


「さて、打ち合わせは終わりましたね?

まだ私は仕事があるので光明は戻ってはどうですか?」


あからさまに遠ざけようとしている誠太郎に、光明はそこまで本気の相手なのかと感心した。


「そうだな、戻るとするか。

・・・・・上手く行くと良いな」


光明は優しい笑みを浮かべてそう言うと、部屋を出て行った。



「上手くいって困るのはあなたでしょうに」



きっと心からそう思って言った光明に、誠太郎は罪悪感と共に、少しだけ不思議と優越感を感じてしまった自分に苦笑いを浮かべ、再度パソコンを開いた。






「は?メイド喫茶?」


「うん、加茂君の熱烈な後押しで決定しちゃった」


ここは英語教師室という名の藤原の自室。

私はここでいつもの用事と質問を終え、穏やかなティータイムになっていた。

文化祭の出し物が私のクラスはメイド喫茶になったと伝えると、藤原はぽかんとした顔で聞き返した。


「東雲さんもメイドになるんですか?」


紅茶を私のカップにつぎ足しながら、 葛木先生が尋ねる。


「いえいえ!私は裏方で調理スタッフです。

それで、葛木先生に喫茶で出すお菓子のレクチャーをお願い出来ないかと」


「菓子作りのレクチャーですか?

そういう事を教えたことは無いのですが・・・・・・えぇ、私で良ければお手伝いしますよ」


先生は少し悩んだ後、最後はにっこりと返され、私は両手をあげて喜んだ。


「まぁそうだよな、お前がメイドってのはなぁ」


ソファーで足を組みながらスコーンを食べていた藤原の一言が突然飛んできてイラッとする。


「藤原に言われると凄くむかつく」


「俺は客の立場になって冷静な意見をしたまでだ」


「・・・・・・葛木先生、毒入りスコーンって今日無いんですか?」


「申し訳ありません。本日は持ち合わせが無くて」


「じゃぁ次回お願いします」


「承りました」


最後は笑顔で葛木先生にお願いすると、これまた美しい笑顔で返された。


「二人で俺を毒殺する計画立てるのやめてくれ」


本気でびくついた様な顔をして、藤原はそう言った。





段々文化祭が近づくにつれ、校内は妙に浮き足立っていた。


高校に入って初めての文化祭、私は楽しみで仕方がない。


葛木先生に我がクラスはお菓子作りをレクチャーしてもらったのだが、今まで葛木先生に特に興味のなかった女子達が何故か、ギャップ萌え!と騒ぎだしたり、葛木先生がお菓子作りをレクチャーしてくれるとの噂を聞きつけた他のクラスが、自分達のクラスでも教えてほしいと、一気に葛木先生争奪戦の様相になってしまった。




「うちが最初にお願いしたのに」


「まぁまぁ、みんなの先生なんだから仕方がないよ」


机で突っ伏しながら葛木先生の次の予定がなかなか押さえられなくなった状況に私は思わず不満を口にする。

そんな私を見て、実咲が苦笑いしつつ宥めた。


「実咲は部活の出し物で一緒にやれないんだよね、残念だな」


「いや、私は塔子のコスプレ見るために意地でも当日来るから」


「なんで私がメイドなんて」


私は裏方、実咲は部活でクラスの出し物には関われず、塔子はなんとメイドとして接客に決まっていた。


「いやーだって、黒髪眼鏡の知的メイドなんて王道でしょう!」


三人の会話に、突然加茂君がドヤ顔で入ってきてそう言うと、塔子の眉間の皺が深くなり、私と実咲は同時にびくついた。


「で、加茂君はメイド喫茶なのに執事やるんだ」


「そりゃー、僕がいれば宣伝になるデショ」


私のツッコミに、至極当然のように加茂君は胸を張った。

そんな加茂君を見て笑ってしまう。


「塔子のメイド姿と加茂君の執事姿、楽しみだなぁ」


私がそう言うと、加茂君はぱあっと顔をほころばせた。


「ゆいちゃん!僕はあなた専用の執事になりたいっ!」


「はいはい、セクハラで解雇、と」


加茂君が座ってる私の後ろからぎゅーと抱きつくと、目の前に座っている実咲がじと目でそう言った。

実咲ちゃんがいじめるー!と嘆く加茂君を、私は苦笑いしながら頭を撫でて慰めた。

そんな私達を呆れた顔で塔子が見ている。


「ねぇ、ゆいもやんない?メイド」


「いやいや、私は似合わないし、それに裏方少ないからまずいよ」


みんなやはりメイド服着たさなのかそちらの希望が多くなりすぎて、裏方はギリギリの人数だった。

即戦力ではないが、私がぬけたらまずい。


「ゆいちゃんがメイド服着たら、きっとメロメロだろうねぇ」


「誰が?」


加茂君の問いにそう答えると、加茂君は一瞬笑顔を止めた後、僕がだよーとにこにこと笑い出した。