部屋に入ると、私は急いで一番に藤原からもらった袋をあける。


「これ、美女と野獣に出てくる薔薇のガラスドームだ・・・・・・」


それは手のひらより大きなガラスドームの中に、赤い一輪のガラスの薔薇が咲いているガラス細工だった。


「綺麗」


『美女と野獣』、野獣に変えられ心を閉ざした王子が、この薔薇の花びらが全て散る前に、王子が真の愛を知り、真の愛を与えられた時に元に戻るというお話し。

その薔薇はガラスのドームに入っていて触れることは出来ない。

ただ散っていく薔薇。

そして薔薇によって呼び寄せられた町娘。

その町娘と王子はやがて愛し合い、王子は野獣から元に戻るのだ。


藤原は何故これを私にくれたのだろう。

意味を知っていてくれたのだろうか。

キラキラと光る赤い一輪の薔薇を見ながら考える。

その薔薇は王子を追い詰めると共に、救う女性を現しているように思え、それは『巫女』を連想させた。

長を縛る呪いのような存在でありながら、長を一番救うことが出来て、そして最後に選ばれるといわれる女性。

きっと藤原はそれに抗いたいんだ。

一人の女性を大切にしたいんだ。

その大切にしたい女性というのは、婚約者の事なのでは無いのだろうか。

この薔薇は、どちらだったとしても藤原に選ばれるたった一人の女性のこと。

私はその人にはなれない。

ただガラスの外から、じっとその美しい薔薇を見つめるだけの存在。


それでもいい。

今は、好きな人の側に居て、少しでも力になれるのなら。

きっとこんな時間、長くは続かないと自分が一番分かってる。

だから、せめて。

今はあなたの心をとかせる存在として、側に居たい。

私は薔薇じゃないけれど、これをくれたのはあなたなのだから。



しばらくして私はもらった名刺を手に取る。

これを渡したのはただの心配からだってわかってる。

わかりながらも、手書きの文字が愛おしくて仕方がない。

私はスマートフォンを手に取ると、じっと内容を考える。

そして名刺に書かれたメールアドレスに、自分の携帯番号と悩んで決めた文章を書いて送った。


『今日はありがとう。

美女と野獣の薔薇のガラスドーム素敵だね。大切にします。

それと、もう無理しないでね』と。


悩んだ癖にこんな文章。

それ以上書いてしまったら、余計なことを書いてしまいそうで怖かった。

車を運転しているのだから、きっと返事は明日になるかも知れない。

返事を待つのが怖い。そもそも返事をくれるのだろうか。

とりあえずシャワーを浴びると急に疲れと眠気が襲ってきて、私は気がつけばあっという間に寝てしまっていた。



ふと朝早くに目が覚めて、慌てるようにスマートフォンを手にとって見る。

そこには昨日のうちに返信が来ていたことに驚き、ドキドキしつつ中を読む。


『それは美女と野獣のだったのか。Inspirationで選んだから知らなかった。

気に入ったのなら何よりだ。

9月、また月曜日になったら、手伝いに来てくれ』


そっか、あのガラスドームを選んだのはたまたまだったんだ。

一体何を思って選んだのか気になってしまう。

でも一番は最後の文章だ。

その文章がどんなに私を喜ばせるかなんて、藤原は知らない。

私はしばらくその文章を眺めた後、返信した。


『おはよう。よく寝てすっきりしたよ。

月曜日、仕方がないから行ってあげる』





9月。

学校が始まった。

最初の月曜日、藤原は昼休みに来なかった。

放課後、私は鞄を持つと帰る準備をしていた実咲と塔子に声をかけた。


「また、困った人の手伝いを再開してくるよ」


それを聞いて、二人が笑う。

私は二人に冷やかされながら、教室を出て英語教師室に向かった。



久しぶりの場所。

そして久しぶりに、好きになった人とここで会える事にどきどきする。

私はその気持ちを押し殺して、一つゆっくり深呼吸をした。

ドアをノックし、そのドアを開ける。

そこには、藤原が笑顔で迎えてくれた。




「ぴちぴちの女子高生、いらんかね?」


「ちょうどいい、一つ頼む」


そう言って、お互い顔を見合わせると、吹き出した。


藤原はまた部屋の隅のソファーで寝て、私は部屋の真ん中の机で教科書を開く。

きっとしばらくしたら、葛木先生が穏やかな笑顔でお菓子を持って来るのだろう。

私は静かな寝息を聞きながら、呟いた。



「お休み。また後で」




『 The end 』 


              ※第1部完結です。
              この後はSSを書いていきたいと思います。