「婚約者さんって綺麗な人?」
私の質問に藤原はちらりと視線をよこした後、そうだな、と素っ気なく答えた。
なんて自分は馬鹿なんだろう。
好きな人に婚約者の事を話させるなんて本当に馬鹿だ。
私はあまり飲めていないコーヒーのカップを持ったまま俯いた。
やっと、自分が藤原が好きだと自覚して、でもなんだか信じられなくて、自分で自分を刺すような事をしてしまった。
胸の奥が、酷い痛みで悲鳴を上げている。
感じた痛みは、葛木先生で感じた時の比じゃなかった。
私は葛木先生が好きだったはずで、それは嘘じゃなかったはずだ。
でも、私は一体いつから藤原を好きだったんだろう。
私は自分で自分の気持ちが良くわからなくなっていた。
ただ、はっきりしたのは、いま、私は藤原が好き、と言うことだ。
そして、私の想いは絶対に実らないということ。
だって私は、
婚約者でも、
巫女でも無いのだから。
「さて、どっか行くか?」
突然の言葉に私は顔を上げる。
「どっかって?」
「お前が行きたい所ならどこでも。腹も減ってるだろ?
ただし今日中に寮に帰れるとこな」
私はそんな事を言われ、ぽかんと口を開けてしまった。
「・・・・・・嫌なら寮に送るが」
「ちょっと待って!ど、どこでもいいの?」
私の反応に眉をひそめた藤原の言葉を私は遮った。
え、どっか連れてってくれるの?
予想外の提案に私は混乱した。
どうしよう、藤原と出かけられる!
でも、どこに?どこだと良いんだろう。
うーんと考え、一つ浮かんだ場所を力強く言った。
そう、彼氏が出来たのなら一度は一緒に行って見たい場所。
私はそこに藤原とデートに行くことは無い。
それなら。
最初で最後、好きな人とそこに行きたい。
「ディズニーランドに行きたい!」
「ディズニーランドか・・・・・・」
「どこでも良いんでしょ?」
「暑いぞ?凄く混んでるぞ?」
「いいの!そこがいい!」
私はどう見てもやめて欲しそうな藤原を無視して答える。
「・・・・・・わかった。どこでもって言ったしな。
そういや着替えたいか?寮に一旦戻るか?」
「いい!戻ってたら時間無くなるじゃない!」
私の必死の言葉に、藤原は苦笑いを浮かべた。
「あ、でも、体調は大丈夫?」
そうだ、あんなにも消耗していたのに出かけても大丈夫なのだろうか。
そんな私の不安げな顔を見て、藤原は私の側に来ると、私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
そしてふわりと笑った。
「誰かさんのおかげでいつになく体調が良いんだ。だから大丈夫。
じゃぁちょっと待ってろ。鍵取ってくる」
藤原が寝室に入ると、私は撫でられた頭に自分の手を置く。
何だか温かさが伝わってきたような気がして、じわりと涙が出そうになったのを必死に我慢した。
私はほとんど飲めなかったコーヒーのマグカップと、そこに置いたままの藤原のカップを持って、キッチンのシンクに持って行き簡単に洗う。
キッチンには何かを料理したという形跡もなく、もしかしてここのうちでは寝てるだけなのかもと思った。
「サンキュ。さ、行くぞ」
寝室から出てきた藤原は何故か眼鏡をかけていた。
初めて見た姿にどきりとする。
「目、悪かったの?」
部屋を出てエレベーターに乗る。
藤原は地下1階のボタンを押した。
「いや、これは伊達。外だと色々飛び込んでくる時があるからな」
「ようは、能力を押さえてるとかそういうの?」
「まぁそんなとこだ」
エレベーターは地下につき、コンクリート色の素っ気ない駐車場を歩く。
一台の白い車の前に来ると、藤原が助手席のドアを開けてくれた。
私が興味津々で乗り込むと、藤原は笑いながら運転席に座る。
車は地下から地上に上がり、一気に明るい日の光が私達を包み込む。
そして車は目的地に走り出した。