「・・・・・・違うよ」


私を冷たく見下ろす相手に、自分が思っていることを、素直に全て話さなければならないんだ。

そうしなきゃ、きっと藤原の心の奥には届かない。

私は、震えている身体に力を入れる。


「違う。私が信じたのは葛木先生じゃない、藤原だよ」


今度はしっかりと声が出た。

お願いだから私の声を、言葉を、聞いて欲しい。

私は瞳の中を覗くようにしっかりと見つめる。

私の言葉に、藤原の目の色が急に変わった気がした。

でもすぐにまた色のない目に戻っていく。

それに気がつきながらも、身体から、心から溢れてくる言葉を、私は必死に口に出す。


「守ってくれるって、言ったよね?

加茂君にあんな酷いことしたのも、もしかして私を心配したからじゃないの?」


「・・・・・・」


言葉は返ってこない。

でも良い。

私が伝えたいことを口に出せばいいんだから。


「もし、もしも本当に私に酷い事するんなら、こんなこと話さずにさっさとやればいいじゃない。

なんでしないの?

まるで逃げる時間をくれてるみたいだよ」


「・・・・・・違う」


藤原が独り言のように呟くと、顔が苦しそうに歪んだ。

あぁそうか。

ずっと、藤原は私を傷つけて逃げて欲しかったんだ。

自分で口に出して、ずっと感じていた違和感が解けてゆく。


「ねぇ」


私は瞳の奥が揺れているのがわかって何だかほっとした。

大丈夫。

あなたを、私がこっちに戻してあげるから。


「私はもう、こんなに藤原が苦しんでるの、見たくない。

だからもし、戻るために私が必要なら、あげる。

私を、あげるから」


そんな事をいいながら、私は不思議と穏やかな笑みを浮かべていた。

私を差す出すことで、またあんな風に笑ってくれるのならそれで良いや。

自己犠牲なんかじゃない。

心から私はそう思えた。


見上げていた冷たかった瞳が、わかりやすいほどに揺らいでいる。

私に向けられていた顔が、すっと反らされ、辛そうに瞳を閉じ、唇をぎゅっと結びながら、何かに抗っているかのようだった。

少しの間だったか、それとももっと長かったのかわからない。

ゆっくりと、私の両手が解放された。




「お前は、本当に・・・・・・馬鹿だな」




目の前には、涙をためた、綺麗な瞳が私を見下ろしていた。

私は、まだ少し痛みの残る自由になったその両手を動かし、涙を浮かべたままの藤原の頬を、両手で包んだ。


「馬鹿なのは、そっちだよ」


私が笑いかけると、またふい、と顔を背け、そのまま私の左側にどさりと身体を下ろした。

私に顔を背けていてるせいで、すぐ近くにある髪の毛が、私の頬にふわりとあたる。


「・・・・・・あぁ、そうだな」


ベットで私とは反対側を向いたまま、そう藤原は呟いた。

私はすぐ横にある藤原の髪に手を伸ばすと、ゆっくりと撫でた。

なんだか大きな子供が拗ねて寝ているみたいだ。