「もう一度聞く。何をしに来た」


ゆっくりと、そしてぞくりとするような低い声が、まるで命令をしているかのように自分に向けられる。

私は、自分の唇が震えているのを自覚しながら必死に声を出した。


「く、葛木先生が、心配してる・・・・・・」


そう答えても、表情は一切変わらない。


「あいつはお前に、どうして欲しい、と言った?」


「藤原が大変だから、会って、声をかけて欲しいって・・・・・・」


それを聞いて、藤原は鼻で笑った。


「お前はな、生贄に差し出されたんだよ」


「いけ・・・・・・にえ?」


「以前、俺を助けるのに手っ取り早くて強力なのは無いか、聞いたな?」


私は全身が小さく震えているのを必死に押さえながら、何の感情も感じ取れない声で話す藤原を見上げる。


「それはな、セックス、だよ」


自分の身体が一気に強ばる。

心臓が鷲づかみにされ、喉の奥が急に締め付けられたような気がした。


「なぁ、好きな男に、セックスしてこいと生贄に出された気分は、どうだ?」


藤原の口の端が上がる。

まるで、獲物を追い込んでいるのを楽しんでいるかのような顔だった。

脳内で警鐘が鳴っている。

私はベットから投げ出された足をばたつかせ、掴まれている手をふりほどこうと、力を入れた。


「痛っ!」


拘束されていた両手がもっと強く締め付けられ、痛さに声が漏れる。


「たかがこれくらいで。もっとこれから痛い目に遭うっていうのに」


ずっと私の顔の横に置かれていた藤原の右手が私の顔に伸び、人差し指でゆっくりと頬を撫で、そのぞくりとする感覚と恐怖で、私はぎゅっと目を閉じた。

その指が静かに、首筋、そして鎖骨に降りてくる。

私の身体を触れているその指に、全ての神経が集まっているかのようだ。

そして自分のシャツのボタンが一つ、外される音で、思わず目を開いた。

何の色も持たないような瞳が、すぐそばで私を見下ろしている。

私は唇が震えたまま、口を開いた。


「や、だ・・・・・・」


必死に声を出した。

出したのに、震えて、かすれて、その言葉は小さい声にしかならなかった。

そんな私の言葉を聞いても、藤原の表情は変わらない。


「あいつが、どうせ俺はお前に何もしないとか、言ったんだろ?」


私は鋭く射るような目に何故か吸い込まれるような感覚を一瞬覚え、それに引きずられないように必死に歯を食いしばる。


「お前は本当に馬鹿だな。

好きな男をそこまで信じて、そしてその結果がこれっていうのは」


歪んだ笑み。

嘲笑を含んだ声。

なのにそれを見て、酷く傷ついているのは藤原自身のように思えてきた。

怖い。

未だに身体は震えている。

なのに、何故私はこんなにもこの目の前の人が心配で仕方がないんだろう。


いつも学校では笑って、くだらないことを生徒と話して。

だけど陰陽師として、その長として立つ藤原は全く私の知る藤原では無かった。

どっちが本当かなんてわからない。

でも陰陽師としての藤原は、長であることを仕方なく受け入れ、感情を殺し淡々と動いているようだった。

東京の陰陽師をまとめ、戦う時には一人最前線に立ち、そして巫女という呪いに縛られ、きっとそれから抜け出そうとしている。

不器用だ。

一人で何でも背負って。

その為にこんなにも心を凍らせていないといけないなんて、おかしい。

藤原はただきっと、真っ直ぐで必死に頑張っているだけなのに。