車は既に高速を降り、一般道を走っている。

私には葛木先生がやはり思い違いをしているようにしか思えなかった。

何かにつけ私との出来事を、無理矢理藤原の状況に結びつけてしまってるのではないだろうか。

でも自分じゃ意味が無いって言う癖に、なんで私は行くと言ってしまったのだろう。

きっと葛木先生から詳しい話しを聞かなくても、私は藤原と会うことを、電話を受けた時点で心に決めてしまっていたんだ。

私じゃダメだとわかっていても、放ってはおけなかった。

そんな自分に思わず心の中で笑ってしまう。


「今度は私はどうすればいんですか?

また、普通に戻れとでも勝手に思えば良いんですか?」


車が静かに停まり、見ればどこかの入り口前の、広々とした車止めにいた。


「え、ここが?」


「はい、ここの最上階が光明の自宅です。住んでいるのは光明1人ですが」


私は車を降りると呆然と建物を見上げた。

マンションの高さこそ凄く高くは無いが、その建物を見渡せば高級マンションだというのはわかる。


「これが部屋の鍵です」


葛木先生は私に鍵を差し出す。

私はその鍵を見た後、目の前の先生を見上げた。


「私はここで、どうなるんですか?」


どうすればいいのか、とは再度聞かなかった。

何故かこちらの方が合っている気がしたからだ。


「私は、あなたに会えば、きっと光明は戻ってくると信じています。

あなたに危害を加えるような事は、決してしないはずです」


「なんか色々曖昧ですね」


何だか呆れ気味に言ってしまった。

きっと全て先生がそうあって欲しいと願っているだけのことなんだろう。


「今まで何度も私はあなたにすがりました。

そしてあなたが傷ついてずっと私達を避けていたのも知っています。

でも、それでもあんな光明をこれ以上放っておけずに、またあなたにすがってしまった。

だからもう二度と私の顔が見たくないのならこの後に学園を去っても、陰陽師という立場を無くしたっていい。

断って良いなんていいましたが、やはり貴女に光明に会って欲しいんです」


そういうと、葛木先生は深々と私に向かって頭を下げた。

私が黙っていると、先生は頭を下げたままぴくりとも動かない。


「先生は、ずるい」


「・・・・・・・はい」


「わかっててやってるんだからタチが悪いと思います」


「その通りです」


私の言葉に答えつつも、未だに先生は頭を上げない。

私はため息をついた。


「会いに行くと言わない限り、頭を上げない気ですか?

土下座しろと言われたらやるんですか?」


「えぇ。それで良いのならいくらでも」


頭を下げたままの先生が膝を折ろうとしたのを、私は先生の腕を掴んで止めた。


「やめて下さい。先生はずるい。

そうやって、私が断れないってわかってやってる」


先生がやっと頭を上げ、私の方を向く。

私は先生の腕を掴んだまま、見上げた。


「本当に藤原が大切なら、ひっぱたいてでも止めるべきだったんじゃないですか?

酷くなるまで放置して、それで私しか出来ないなんておかしいですよ。

先生は私に嫌われるのはなんとも思って無くても、藤原に嫌われるのが怖くて逃げたんでしょ?」


自分で口にして内心笑ってしまう。

だって藤原に嫌われたくなくて逃げたのは、まさに自分だったから。

だからこそ、逃げてしまった葛木先生の気持ちがわかってしまう。

私の内心など押し殺した言葉に、葛木先生は項垂れた。


「えぇそうです、あの子に嫌われるのが怖かった。

きっと、もっと早くに止められたのに。

でも、私は東雲さんに嫌われて良いと思っている訳では無いんです。

ただ、それだけの事をしている自覚があるというだけなんです。

だから、お願いです。

光明に会って、声をかけてあげて下さい」


お願いしますと、再度先生は頭を下げた。

私が掴んでいた腕を離すと、先生はゆっくりと顔を上げた。


「わかりました。

でも入れないかもしれないし、追い返されるかもしれないですよ?」


私の言葉を聞いて、先生は私の手に合鍵をそっと握らせた。


「本当にありがとうございます。

私がずっと下にいるので、何かあれば連絡を下さい。

でも、きっと貴女なら大丈夫です」


私は、そう言う先生を一度見た後、一人マンションに入った。