「巫女って、何だか呪いみたいだね」
自然とそういう言葉が出てきた。
知れば知るほど、長を縛る呪いのようだ。
「呪いかぁ、確かにそうかもね。
でも、長が最後に選ぶのが巫女ってのは何でなんだろ。
自分のために尽くしたっていうなら、実の奥さんだって一緒でしょ?
むしろなんでそっち大事にしないんだろ、腹立つなぁ」
加茂君の言う事はもっともだ。
大切なお姉さんの幸せが潰される可能性があると知ってしまえば、その邪魔者は排除したくなるのも当然だと思う。
「巫女なんて、なくなればいいのにね」
あんなに憧れていた巫女というものは、既に自分の中では藤原を苦しめるものという認識に変わっていた。
その苦しみを取り除くには、無くなれば良いだけのこと。
「でも、そう出来ない理由があるんだろうね。
だからって納得出来るもんでもないけど」
「加茂君は大人だね」
「そうだったらあんなこと、ゆいちゃんにしないって。
それよりもゆいちゃんの方が、ほんと度量大きい子だなって思うよ。
正義感も強いし、能力も押さえてるのにこのレベル。
もっと磨けば良い陰陽師になるって思うな」
加茂君は真っ直ぐに私を見ている。
「私は、もう、そういう世界は遠慮したいな」
私はその真っ直ぐな視線から逃れるように俯くと、そう呟いた。
特別な世界に行きたかった。
特別な立場になってみたかった。
でもそれは私にはあまりに辛くて、悲しみしか感じない世界だった。
記憶をいっそ消して欲しいと思わなかったと言えば嘘になる。
しかしそうしてしまえば、藤原達との思い出も知った苦しみも忘れてしまうことが、私には辛く、そして寂しく思えて踏み出せなかった。
「あんなの見せられて、色々言われて、疲れるのも無理ないよ。
僕はゆいちゃんのこと、気長に待つから。
まだまだ高校生活始まったばかりだし」
「ずっとうちの高校通うの?」
「戻れって話しも出たけど、実は前々から一度は京都を出たかったから、せっかくのこのチャンス、逃したく無いし。
出来れば居られるだけこっちに居たいって思ってる」
「そっか。嬉しいよ。修学旅行とか楽しみだよね」
そう言うと、加茂君は驚いたような顔になり、ぱっと顔を背け、頬を掻いた。
「うーん、そういう天然って結構破壊力あるもんなんだねぇ」
「ん?」
「いやいや、ゆいちゃんはずっとそのままで居て」
「ちょっと、何か引っかかるんだけど」
私のムッとした声に、加茂君は苦笑いしながら謝った。
そして二人して何故か笑いがこみ上げる。
「さて、そろそろ寮に戻ろうか。
・・・・・・また、僕とデートしてくれる?」
加茂君はそういうと右手を差し出した。
私は笑ってその手を取る。
「うん。でも次は実咲と塔子も一緒にデートしようよ」
「それ、僕、2人にタコ殴りにされるのと違うの?」
はぁ、と深いため息をついたけど、何故か加茂君は嬉しそうに見えた。
そしてまた2人で手を繋いで、来た時とは見違えるように空気の澄んだ池袋を後にした。
その日の夜、私はベッドに入っても眠れずにいた。
加茂君とのデートはとても楽しくて、久しぶりに沢山笑う事が出来た。
だけど、加茂君が私に教えてくれた数々のことを、私は未だに受け止めきれずにいた。
やはり一番ショックだったのは、この学校が巫女を見つけやすい為に存在していたことだ。
あんなに嫌っている巫女と強制的に会わないといけないなんて、どんな気持ちで毎年新しい生徒達を迎え入れていたんだろうか。
ただこの学園で教師をするために仕方なく先生になったとしたら、なんて藤原には自由が無いのだろう。
そして、藤原のあの乾いた声と、冷えた目を思い出す。
今もあんな辛い仕事をしているのだろうか。
仕事を減らすと言っていたけど、ちゃんと休めているんだろうか。
もうずっと藤原の側にも居なければ、触れてもいない。
「大丈夫かな・・・・・・」
そう思って、あんなに許しちゃいけないと思った癖に、こんなにも心配する自分がよくわからない。
あんなにも拒否されたのに、側にいって少しでも助けたいと思ってしまう。
「意地っ張りなんだよ」
きっと今も意地を張ってあの恐ろしい場所で一人闘っているのかもしれない。
そんな事を思えば思うほど胸が苦しくなる。
私は苦しい気持ちをどうすることも出来ないまま、枕に顔を埋めた。