「藤原は元々、我が儘で甘えん坊じゃないですか」
私は至極当然の事だと思って、ため息混じりにそう言った。
それをきいて、葛木先生の目が穏やかに細くなる。
「でしょう?」
私は先生の言葉に眉間に皺を寄せた。
言いたかったことが先生には伝わっていないようだった。
「だから、私にだけじゃなくて、葛木先生にだってそうじゃないですか」
「いえ、違いますよ?」
「それは先生が当然すぎて気がついていないだけでは」
「それこそ、東雲さんは気がついていない証拠ですね」
にこにこと葛木先生に返され、私は余計に眉間に皺を寄せた。
これはきっと私を勇気づけようと、おべっかを使っているに違いない。
「すみません、先生に気を使わせてしまって」
私はぺこりと頭を下げてそう言うと、先生は困ったような顔をした。
「私の行いのせいで東雲さんに信じて貰えなくなったのは、恥ずかしいことですし、自業自得ですよね・・・・・・。
確かに私は立場上、長に仕える身ではあります。
でも、やはり幼なじみとして、光明には幸せになって欲しいんです。
ですから、あぁやって光明が甘える特別な存在のあなたが大切なのです」
とても愛おしそうに、先生は微笑んだ。
それを聞いて、見て、今、自分が思い切り失恋したことを理解した。
そっか、先生にとって私は、大好きな光明のお気に入りだから大切という位置づけなんだ。
はは、なんて脆い立場なんだろう。
「じゃぁ藤原が私を嫌えば、先生も私を嫌いになるんですね」
私は投げやり気味にそう言った。
先生は自分が話した言葉がどんなに私を傷つけたのかなんて、きっと微塵も気がついていない。
「いえいえ!そんなことは!
光明があなたを嫌いになるなんて事はありませんから!」
そこなんだ・・・・・・。
嫌いにならないなんて不確かな前提でそう言った葛木先生に、私はがくりと肩を落とした。
一体どうしたら魅力的な女性になれるんだろう。
「もう、いいです・・・・・・」
本当にもう嫌だ。
そう呟いて、同じような感情をある人に持ったことを思いだし、ずん、と自分の気持ちがより重くなった。
「東雲さん・・・・・・」
「先生が何よりも、藤原のことが大切だって事はわかりましたから」
思い返せば私に優しくしていたことは、全て藤原を思ってだったんだ。
最初から、先生は私個人を見てなどいなかった。
それをつきつけられて、色々な事がどうでもよくなってきていた。
巫女という存在が嫌われていることは間違いない。
想いを寄せる葛木先生は、藤原を通してしか私を見ていない。
少し前まで舞い上がっていた自分はなんと愚かだったのだろう。
自分の心が、じわりじわりと冷たくなっていくのがわかった。
「葛木先生」
私の顔を見た先生の目が大きく見開かれた。
私は一体今、どんな顔で、どんな声で話しているのだろうか。
「もう、月曜日に来たりしません。
元々藤原も陰陽師の世界に私が関わる事は嫌がっていたし。
だから、もう、関わりません」
葛木先生の表情が一気に強ばったのを、私は何の感情も無く見た。
「失礼します」
「待って下さい!」
私が帰ろうと席を立ったら、葛木先生が私の手首を掴んだ。
「待って下さい!
何か誤解していませんか?
もし気に触ることを言ったなら謝ります!」
「・・・・・・先生は、何もわかってない」
手首を掴む力が緩むと同時に、私はその手を振り払った。
そして私はそのまま何も言わずにその部屋を出た。
歩くにつれ、どんどん目の前が霞んでいく。
つい先日同じ事があったのに。
もう、藤原にも、葛木先生にも昔のようには話せない。
私が憧れた世界は本当に消え去った。
少しまで当然のように思っていたものすらも、私は失った。
でも、本当は何も以前と変わっていなかったのだ。
単に、何の取り柄もない高校生に戻っただけ。
なのに、苦しい。痛い。辛い。悲しい。
そんなものでは言い表せないような沢山の感情がわき起こって、その黒くて厚いものが、自分をあっという間に飲み込んでしまいそうになる。
私は、ただ目から流れるものを必死に拭いながら、夕焼けに染まった廊下を、ぼんやりと一人歩いた。