月曜日の巫女



「じゃ、じゃぁ、私じゃなくても元栓とかなら開けられるじゃない!」


比喩とわかっていても、藤原から私は特別では無かったと言われた気がした。
思わず何故か焦ってしまう。
そんな私を藤原はわかっているかのようにじっと見ていた。
何故かその目の奥が凄く冷たく感じて怖くなる。


「誠太郎は勘違いしているようだが、お前はさっきの例で言えば、
即座に水源を見つけ元栓を開けてこられたんだ。
他のやつらは消火活動で精一杯で、水が無くなることすら気づいてなかったし。
でもそうやって行動して見つけられるヤツは少ない。
そういう点ではお前には才能があると思うが、
だからといって巫女に結びつけたのは短絡的すぎる」


言葉の端々に感情を感じない。
私は少し俯きがちに話す藤原を、正面からじっと見ていた。
その表情はどんどん無くなっていくように見えた。


「藤原は」


聞きたいことがある。でも。
思わず先に名前を呼んでしまった。
藤原の顔がゆっくりと私の方を向いた。
やはり表情はない。
私はごくりとつばを飲み込んだ。


「藤原は、巫女が嫌いなの?」


少し声が震えていたかも知れない。
この話しになる度、藤原は表情を無くす。
そしてどうみても拒絶しているようにしか思えなかった。
聞くのは怖い。
でも聞かずにはいられなかった。


「あぁ。そうだな」


私からゆっくりと視線を外し、藤原は簡単にそう言いきった。
急に部屋の中がしん、となる。

そっか、やっぱり嫌いだったんだ。

突然、胸の奥がちりちりと焦げていく。
その痛みは味わったことが無いもののような気がした。
痛い。あまりの痛さに息が出来なくなりそうだ。
思わず唇を噛む。
下を向いたと同時に、自分のスカートに、ぽたり、と何かが落ちた。
その何かが、ぽたぽたと輪を作って私のスカートを濡らしていく。


「お、おい?!」


突然目の前の空気が、冷たかったものから、私が慣れているいつもの空気に変わった。
立ち上がりおろおろと私に近づいてきた藤原を、私は見ることが出来ない。

そうか。
加茂君にも嫌われ、藤原にも嫌われる、憧れた『巫女』という存在は、
そんなにも皆に疎まれる存在だったなんて、私は微塵も思っていなかった。


「勘違いするなよ?!俺は東雲が嫌いとかそういう意味では無く」


藤原は、ハンカチって持ってないんだよ!あぁティッシュあるからな!と、
あわあわとその場を離れ何か探しているようだった。
私はただそれを、何の感情も無くなったような気持ちでうつろに見ていた。
箱に入ったティッシュを私に差し出しながら、不安げに藤原は私を見ている。


「もし、私が巫女だったら・・・・・・私を嫌うの?」


私は涙が流れたまま、顔をゆっくりと上げて藤原を見つめた。
その言葉を聞いて、藤原の動きが止まる。
そして藤原の目は静かに閉じた後、私からすっと反らされた。

ねぇ、なんで目を反らすの?
なんで、そんな事ないって言ってくれないの?

私は言葉を待っているのに、藤原は顔をそらし黙ったままだった。


「・・・・・・帰る」


私はまだ流れる涙を手でごしごしと乱暴に拭った後、
机に置いたままの鞄を手に取った。


「東雲」


背中から藤原の途惑った声がした。


「もうやだ」


私は絞り出すようにそう言うと、振り返らずに部屋を出た。
廊下を歩きながら段々早足になる。
私は廊下の突きあたりにある、誰も使ってない小さな部屋に飛び込むと、
鍵をかけそのドアを背にずるずると座り込んだ。


「馬鹿みたい」


巫女なんて呼ばれ、特別な存在になれた気がしていたのに、
現実は、加茂君も、そして藤原も嫌う存在だった。

あんなに舞い上がっていた特別な世界が、一気に音を立てて崩れていく。


『巫女になるなんて嫌だ。
 だって、そうなったら私は藤原から・・・・・・』


いつも馬鹿な事を言いあったり、私の前で無防備に寝ていた藤原が、
巫女になればあの冷たい目で私を見るようになるかと思うと、
訳の分からない感情が溢れてくる。
藤原は私が泣いて部屋を出ても、追いかけてきてはくれなかった。
私はその場で膝を抱えたまま、声を押し殺してただ、泣いた。