「ゆいー、そっちなんかあった~?」
実咲ののんびりした声が聞こえたと同時に身体が動いた。
ちっという舌打ちが聞こえると、
加茂君は私をまるで軽蔑しているかのような目で見た。
なんでそんな目で私を見るの?
私は怖さと戸惑いで思わず俯いた。
「東雲さんが見つけてくれたこの鏡、可愛いのでこれにしようと思います」
お店の奥から歩いてきた実咲に、
加茂君はコンパクトを見せてにっこりと笑った。
実咲は私達の側に来ると、私の顔を見て顔をしかめた。
「ちょっと、ゆいに何したの?」
「えっ!な、何もしてません!」
怯えたように首を振る加茂君を実咲は睨みつける。
そこに塔子もやってきた。
「加茂君、ゆいを怖がらせたみたい」
「ふぅん、無害な子犬に見えたって、男は所詮狼なのよ」
急に2人が私の間に入って加茂君に批難の目を向けながら言葉を発する。
「ご、誤解です!その、これ会計して配送も依頼するから時間もかかるので」
そういうと鞄から財布を出して二千円を私に差し出した。
「先に帰ってて下さい。これで、よければ皆さんでジュースでも」
「いらないって。
ただ二度と変なことするのはやめてよね」
「本当に誤解なんです!
今後も仲良くしていただけたら」
「まずはその演技やめたら?」
私が答えるより先に、実咲が断ったかと思うとストレートに言い放った。
その言葉に、加茂君の黒縁眼鏡の奥のタレ目が目を見開く。
少しだけまた口の端が上がったようだった。
「・・・・・・では、また皆さんには改めてお礼をさせて下さい」
そう言ってお金を財布にしまうと、
加茂君はお辞儀をして奥のレジに行ってしまった。
私は思わず息を吐いた。
何だろうこの徒労感。
「ここの地下、美味しいアップルパイのお店入ってるのよね」
ずっと黙っていた塔子が私達の顔を見て言った。
「良いねぇ、せめて美味しい物食べて帰ろうか」
実咲がため息をつきながらそう言うと店の外に歩いていく。
私達も一緒に歩いてエスカレーターに乗った。
「ねぇ、2人は加茂君をどう思ってるの?」
お店について各自アップルパイと飲み物を買い、席に着く。
そこは先に会計して商品を受け取り、席につくシステムだった。
一番奥の角の4人席に座ると、私は2人に尋ねた。
前に2人で並んで座る、実咲と塔子が顔を見合わせた。
「ゆいに悪意があるのは確定だと思う」
塔子はそう言いながらアップルパイにフォークを刺した。
「私も同感」
実咲はアイスコーヒーにクリームを入れながらそう言った。
私は2人の答えを聞いて俯く。
そうだ、あれは悪意と言えるものだった。
どう考えても私に対して好感を持っている態度では無かった。
「なんでまだ転校して2日だってのにあんな悪意向けるのかしら。
ゆい、なんかした?」
「してない!してない!」
「そうよねぇ」
塔子はアップルパイを口に運びながら首をかしげる。
「とりあえず藤原先生に相談してみたら?」
実咲の突然の提案に私は驚いた声を出した。
なんでここで藤原の名前が。
「藤原先生、結構生徒間のトラブル解決してくれたりしてんのよ?
うちの部活で先輩達が揉めた時も、
顧問でもないのに上手く取り持ってくれてさ。
全員先生の授業受けてるとはいえ、凄いと思ったもん」
感心したように話す実咲に私は驚いた。
そんなことしてるだなんて何も知らなかった。
「そうね、藤原先生はゆいに甘いみたいだし、良いんじゃない?」
面白そうに塔子が言う。
「あ、甘いって」
「先日の授業でゆいが船こいで寝てた時、
藤原、ゆいを見た後、わざわざ違う子当てたよ?」
「へーそんな事あったんだ。
私前の席だから気がつかなかった」
「う、嘘!私授業で寝てた記憶は」
「寝てた記憶無いほど寝てたんじゃない?」
ぶっと笑う塔子に実咲が、私寝てたら当てられたよ!、と不満を口にした。
先日、まさかあの事があった日の翌日月曜日の授業だろうか。
寝てた記憶なんて無かったのに。
でも、もしそれが本当なら、藤原は私に気を使ってくれた訳で。
嬉しいと思いながら、単に申し訳無かっただけでは、
と、なんとも複雑な気持ちになった。
でもこれなら藤原に堂々と会う口実が出来る。
「うん、月曜日にでも相談してみるよ」
「なんか夫婦げんかしてるみたいだし、 これで元鞘になるといいねぇ」
また茶化すように笑いながら言った実咲に、私は頬を膨らませながらも、
最後は3人で笑って、りんごの沢山詰まったアップルパイに舌鼓を打った。