急にしん、とした。
そして、ざざっ・・・・・・、ざざっ・・・・・・という音だけが響く。
初めて、波の音を聞いた気がする。
どうしよう、言っちゃいけない事を言ってしまったんだろうか。
不安になって少し顔をあげると、藤原は俯いていた。
「あの」
「お前は本当に」
少しだけ藤原が顔を上げると、目が少し潤んでいるように見えた。
もしかしたら気のせいかも知れない。
声も少し震えているように聞こえた。
「ごめん、なんかまずいこと」
「いや」
不安になって謝ろうとしたら遮られ、ぐい、と引きよせられた。
抱きしめられるなんて事、もう無いと思っていたのに。
「どうしたの?」
「少し、こうさせてくれ」
ぎゅっと抱きしめられて、私の耳元に藤原の髪の毛があるのがわかる。
なのに自分がドキドキするよりも、何故か藤原から寂しさとか不安な気持ちとかが流れ込んできた気がして、私の心がぎゅっと締め付けられる。
私は大きな背中に手を伸ばすと、ゆっくりとさすった。
「大丈夫だよ」
自然と出た言葉。
その言葉へ返すかのように、私の頬に、藤原の顔が少しだけ触れた。
冷たい頬。
その頬が少しだけ動く。
まるで私の頬に擦りつけるかのように。
愛おしい。
湧いてくるのはそんな感情。
少しでもこの愛しい人が寂しくありませんように。
私はそんな事をこの聖夜の夜に祈っていた。
車の中で、マフラーを外したくなくてコートも脱がずに座っていた。
なんだか会話がしにくくて、沈黙することが多かった。
本当はもっと話したかったのに。
寮の前に着くと、名残惜しいけどマフラーを取って少したたむと運転席の藤原に差し出す。
「ありがとう」
「やる」
「え?」
「なんだ、臭いのは嫌か?」
少しむっとしたような声で言われる。
え、これをくれるの?
「だって高いんでしょ?」
「それだけじゃないから無くても困らない」
私はぶっきらぼうにそういう藤原をぽかんと見た。
そして少し笑いがこみ上げる。
「私、何もお返し無いんだけど」
「お前からはいつももらってるよ」
そういうと、優しく笑った。
そんな顔を見て、急に恥ずかしくなる。
「じゃ、じゃぁ頂きます・・・・・・」
「おう」
再度首に巻いて、シートから降りる。
ドアを閉めようとして思いだした。
私は顔を下げ、運転席にいる藤原の目線に合わせ口を開いた。
「メリークリスマス!」
私の言葉に藤原は少しきょとんとした後、楽しそうに笑った。
「あぁ。メリークリスマス」
部屋に入って着替えると、机の上に綺麗にたたんで置いたマフラーを再度手に取る。
外で色がわかっていなかったけど、上品な濃いグレーで本当に手触りの良いマフラーだった。
顔に近づけると、まだ香りがした。
「うわ、私変態みたい」
自分でやっておいて自分で焦る。
でも、ドラマとかで見た、彼氏のシャツの匂いをかぐ、という意味を初めて知った。
きっとこの香りもそのうち消えてしまう。
それが酷く寂しかった。
せめて今日寝る時には枕元に置いて寝よう。
「どうか夢で会えますように」
私は机の上の薔薇のガラスドームにお祈りすると、部屋の電気を消した。
END
※第一部&番外編までお読み頂きありがとうございました。