「あっ! その頃のこと僕、覚えてる。鬼のような女がベタベタ世話を焼いてきてウザかった」

父親は「そうか」と笑いながら息子の髪をクシャと撫でる。

「あの頃、お前が懐いていたのはただ一人、第二秘書の香苗だけだった。当時、香苗は二十五歳。私は三十五歳だ。十も年下の彼女に恋愛感情など全くなかった」

「だがな」と父親は苦笑する。

「香苗が言ったんだ。『社長、結婚して下さい。私に宇宙君を守らせて下さい』とね」

――ということは……葵宇宙を守るために香苗さんは父親と結婚したということ?

「それって、どういうこと?」

葵宇宙も戸惑っているみたいだ。

「言葉通りだ。香苗はお前が可愛くてしょうがなかったみたいだ。実は、香苗は母さんの顔が理想で大好きだったらしい」
「何それ? そう言えば、見舞だと言って、病院によく連れて行ってくれた」
「お前にかこつけて、母さんの顔を見に行っていたようだ。で、母さんが言ったようだ。自分が亡き後、宇宙を守って欲しいってね」
(……遺言?)
「香苗はその言葉を守りたかったそうだ。そんな香苗だったから、徐々に惹かれていった。そして、彼女の方も……」

ポッと頬を赤らめた父親の顔は幸せそうだ。

「だから、宇宙は疫病神というよりもキューピットだ。ツキミのことで心を痛めているのは知っていた。それもお前に責任などない。姉さんの言うことなんか聞く必要などない!」

葵宇宙を抱き締めた父親の腕に力が籠もる。