……げほけほごほっ!


 もうもうと上がったホコリを一番吸い込んだのは、どうやら、その先頭にいるヤツらしい。

 せき込みながら、煙とともに入って来た間抜けな男は……。

「「アルギュロス王」」

 俺と、エロジジィの声が、重なった。

 アルは、魔法の産物の操り人形のような衛兵に命令して、あっさりジジィを捕まえたかと思うと、俺を見た。

「……私に黙って出て行っては、いけません」

 ホコリが目に入ったのか。

 それとも、本気で悲しんでいるのか。

 アルは人目があるのに、涙目で言った。

「しかも、あなたがまた、私のために、こんな危ない目にあうなんて。
 何もできない私を、駆者へと導こうとしていたなんて……!」

 そう言ってアルは、目の幅の涙をだくだく流す。

「何で、お前はここが判ったんた……?
 しかも、話していることまで……!」

 例え、廃業寸前だとしても、俺は盗賊だ。

 尾行されて、気がつかないわけはないし、俺たちの声が聞こえるほど近くにいたとしたら、気配で判ったはずだった。

 呆然としている俺を見ながら、アルはごしごしと涙を拭いた。

「私のイヤリングを、取らずにいてくれて、嬉しいです。
 それについている魔法の石が、あなたが聞いた音のすべてと、居場所を私に伝えてくれました」

 なんだって!

 確かに、耳飾りを見たときに魔法が掛かっているような感じがしていたが……

 それは、ただ石をキレイに光らせる魔法だけじゃなかったんだ。

 俺が聞いた音の全て、ということは、もちろん。俺自身が、しゃべった言葉も全て、ということで……

 俺が、ちらりとアルを見ると、ヤツは、にこっと笑った。

「何も言わずに、パンツを持って行かれた時は、とても悲しかったのですが……
 あなたが、何を考えていたのか判って……
 私は、本当に……本当に、泣くほど嬉しかったです」

 俺は……アルについて、何を……言ったっけ?

 大したことは言った覚えはねぇが、自分の顔が、ボンっと赤くなるような気がした。

 う~~調子が狂う。

 ガラじゃねぇ!

 ジタバタしている俺に、アルはびっくりするほど優しくほほ笑むと、それから、ジジィの方に向かって、ぎらり、とにらんだ。

「……それで、そなたの方の処遇だが」

 アルは……アルギュロスは王の顔をして、ぞくり、とするほど凍った声を出し。

 ヒトでない衛兵に両脇を捕まえられて、身動きが取れないエロジジィはヒッ、っと小さく息をのんだ。

「わ……わしは、ただっ……! 国の行く末を憂いて……!」

 さっきまでの言動は、どこへやら。

 真っ青になって、しどろもどろに言い訳をするジジィに、アルギュロス王は、冷酷に笑った。

「そして、我を王の座から引きずり下ろすため。
 盗賊を雇って、我の複製を作る設計図を盗もうとした、と?
 その図が中に挟まっているかもしれない下着ごと?」

 アルギュロス王の目がすぃ、と細まった。

「愚か者。そんな中に、設計図などあるものか。
 そなた。まやかしに踊らされたな」

「し、しかしっ! 魔法使いが、確かに、言っていたのじゃ……
 王が作られた時、本人に内緒で、予備の設計図を隠した、と……!」

「……我が作られて、二十余年だ。その頃あつらえた下着を、我が捨てもせずに、ずっと使い続けていると思うか?」

 王は、呆れてため息をついた。

「下着は、基本。年末にすべて破棄され、新年に新調する習慣になっている。
 なのにパンツのみ、二十年間使い続けているわけがない」

 王に言われて確かにそれもそうだ、と思ったのは、とりあえず俺だけじゃなかったようだった。

 黙ったジジィに、アルギュロスは、肩をすくめた。

「今回、結局手に入れられなったとはいえ。そなたの犯した罪は『反逆罪』と言って過言ではない」

「……しかし……!」

「ああ、確かに。我も、無茶な遊びが過ぎたことは認めよう。
 だから、罪の代償に、そなたと、この件に関わった仲間達の命まで取ろうとは、言うまいよ」

「……王」

「……だが」

 少し、ほっとした顔のジジィにアルギュロスは冷たく、微笑んだ。

「そなたが、このリトスに吐いた暴言の数々を聞いて、我はすこぶる機嫌が悪い。
 四、五年ほど、我が国の地下鉱脈にとどまり、無償奉仕で穴でも掘っているがいい」

 王の審判に、そんなぁ~~、と。

 眉毛を下げて、ジジィは情けなさそうに呟いたけれども。王は、問答無用と衛兵に、ジジィと、その仲間らしい、この宿屋の従業員をひったてさせた。

 ……終わったな。

 ジジィの姿が完全に、宿屋の地下から消えてなくなると、俺は、ため息をついた。

 もし、今度っていう機会があるのなら、報酬の多さだけで仕事を決めるのは、よそう。

 なにしろ、今回の依頼は、散々だったからな。

 不本意な下着泥棒の片棒を担いだ挙げ句、カラダを壊して、回復のメドもたたねぇ。

 結局、肝心の金も手に入らなかったし。

 やれやれ、と、このホコリっぽい地下室を出るために、歩こうとした時だった。

 俺に更なる災難が降りかかってしまったのは。