「今でも、信じられねぇ~~!
てめぇが、魔王だったなんて!!」
俺のココロから叫びに、切られた髪が二度と伸びない他は、まるで人間と同じカラダとココロを持つ、ホムンクルスのアルが……この国を統治する、アルギュロス王が、にこっ、と笑った。
…………
俺は、結局。
ルブルムに切り裂かれた傷と毒のために、自力では少しも動くことのできなくなっていた。
カラダを動かすどころか、意識を保つのも危うかったぐらいだ。それでもアルになんとか、短い詠唱時間で強めの力が出る、使い勝手の良い魔法を教えることができた。
ちょっと教えただけで、魔法が使える事が出来たなんて、さすがに魔王。
その魔法でアルは、俺を連れて危険な妖魔の森を越える事が出来たのだ。
でも、担ぎ込まれた先がとんでもなかった。
なんせ、……あろうことか、俺の目指していた魔王の城だったんだから!
城に入った途端『間抜けな魔法使い』から『わがままな魔王』に大変身したアルの号令、一発。
国中の医者や、魔法使いが総動員され、俺はイノチをとりとめたのはよかったが。この国の全ての治療技術を使っても、俺は以前のように森を渡り、依頼を受けて生計を立てるのは……無理かもしれなかった。
例え、傷が治っても、ルブルムの毒で、麻痺が残ったからだ。
なんとか歩けるまでに回復しても、それ以上のコト……走ったり、跳んだりすることは、もう、出来ない。
それは何もできない『魔法使いの子供』だった俺が、苦労して手に入れた『盗賊の駆者』としての身分を捨てる、ということだった。
でも俺は、また何もできねぇ、誰からも必要とされないモノになり下がるのは、絶対、嫌だったんだ。
とてものんびり寝てなんていられず、ふらふらとベッドから起き上がったところを、公務の間を縫って、頻繁に顔を出す、アルギュロス王に止められたところだ。
ベッドから落ちて、出口に向かってジタバタしているところを、アルはひょいと、横に抱いて一瞬、ぎゅっと抱きしめた。
「あなたが、私を王だと信じられないのなら。私にだって、あなたについて、信じられないことがあります」
俺をベッドに放り込みながら、アルは優しげにほほ笑んだ。
「勇敢で、美しく、私の命を救ってくれた、リトス。
あなたが、まさか。
……女性だった、とは」
「……るせぇな」
アルは、俺の右手を、自分の両手で大事そうに、包んだ。
その手が意外に強く、振り払おうとしてもびくともしねぇ。
俺が、じたばたしているのに気がついて、アルが言った。
「何を恥ずかしがって、いるんです?」
「嫌がっているんだ、莫迦~~!!」
思わず叫んだ俺を、アルは、完全に無視した。
「城に帰り、リトスの傷を手当てしようとして、はじめてあなたが、女性だと判ったときの感動と、ときめきは、今でも、覚えています。
思い出すたび、鼻血が出そうになるほど、鮮明に」
「すぐに、忘れてくれ」
アルは、やっぱり俺の言葉を無視して、潤んだ瞳をこちらにまっすぐ向けた。
「この……あなたを見るたび、胸にきゅん、と迫るはじめての感覚は。
もしかしてウワサに聞く、恋と言うモノか……?」
「知らねえよ、俺だって!」
そう、今まで俺は、どう過酷な森で生き残るかで必死だった。
仲間の駆者に莫迦にされねえように、気を張っているばかりで、そんな色恋のコトなんて、俺は知らない。
そもそも、男なんて言うシロモノは、酒場で意気投合しない限り、イノチを賭けるほどのライバルになるだろう。
もしくは、俺に下着泥棒を持ちかけたエロジジィのように、鼻の下をびろーんと伸ばして突っ込んでくるヤツぐらいしか、知らねぇ。
だから、こんな切なげな表情をして迫ってくるヤツなんて、初めてで、妙に落ち着かなかった。
俺の方だって、とっくに胸がドキドキで、とても、まともにアルのキレイな顔なんて、見られなかった。
そんな俺にかまわず、アルが、ぐぃ、と迫る。
「あなたが依頼を受けて、この城に取りに来たモノはなんですか?
どんなモノでも全て差し上げます。
ですから、それを依頼主に届けさせれば、お仕事は完了ですよね?」
「ま……まあな。
でも……もし、俺の要求するモノが、お前の『王』としての地位を危うくしたり。ましてや、イノチに関わるものだったら、どうするんだ?」
俺の質問にアルは、強い瞳で、射抜くように俺を見た。
「私は……実はヒトではありません。
病弱だった先代の王が、自分の代わりにこの国を統治出来るように姿を似せて作った人工の生命。ホムンクルス、という生き物です」
アルは俺を見つめたまま、静かな声を出した。
「私は『王』としてこの国を『統治』するためにだけに生まれました。
ですから私が『王』の座を降りる、ということは、自分の存在意義を失うコトになり……それは死ね、と言われるのと同じ意味を持ちます。
リトスの狙うものが、私が『王』であることを剥奪するものでないことを、心から願います。
が、一方で……」
言葉を一旦切ったアルは、暗く嗤った。
「誰も『私』を顧みてくれない『王』の地位や、それに伴う『自分の命』よりも、リトスの方が大切です。
……私はあなたに命を救われた身ですから。
あなたにだったら、この命でさえも差し上げましょう」
「アル……アルギュロス……お前……」
アルの思いが、切ないほど俺の胸に突き刺さった。
魔王の城に数日間世話になり、アルの仕事ぶりを見る限り、ヤツの紡ぐ言葉にウソがないことは、良くわかる。
俺と二人だけでいるときは、こんなにくるくると表情を変えるのに『魔王』として皆の前に立つときは、だいぶ違う。
金の玉座にただ一人。
孤独で、ぞっとするほどに硬く冷たい表情で、仕事をこなしてた。
国を背負って立つ、ということはそう言うコトなのかもしれない。
だけども、俺と一緒にいるときのアルが、本当のヤツの姿だとしたら、こんな毎日は、あまりに酷に違いなかった。
思わずため息が出た。
俺の手を握るアルの手にも力がこもる。
「……ですから、あなたの望みのものを教えてください……!」
アルの声は、真剣だった。
だからこそ、なおさらアルを王の座から引きずり下ろすため、複製の設計図を手に入れるから『お前のパンツが欲しい!』とは言えなかった。
……だってそれは、アルに『死ね』と本気で願うのと同じことだからだ。
何も言えずに困っていると、アルが明るく笑った。
「はやく、あなたのお仕事を終わらせて、是非……!
森でした約束を違えず、私と遊んでください」
アルは、とても楽しみにしているから、と、嬉しそうに言った。
「あの時は、男同士、こっそり町に繰り出す予定でしたが、あなたが女性だと判った以上、是非っ!
わ……私と、そのっ……!
べットの上で、遊んでいただければ……!」
……え?
アルが、何を言っているのか判った途端、言葉よりも先に、拳がうなった。
麻痺が残って、以前より、だいぶ遅いはずだったのに、怒りのつまった俺の鉄拳は、アルのあごを正確にとらえたかと思うと、ヤツを星に変える。
「大莫迦野郎~~!!!」
「っきゃ~~~っ!?」
ばびゅんっと、窓から青空に向かって殴り飛ばされたヤツを見ながら、俺は生まれて初めて、泣きそうな気分で、肩で息をしていた。
アルが真っ赤な顔で、自分の胸の痛みを訴え、俺に迫ってくるところまでは、そんなに嫌ではなかった。
いや、むしろ嬉しかった、かもしれないのに『ベッドの上で遊ぶ』と聞いて、俺の中で何かがキレた。
「……てめぇも、結局、他の男と同じか?」
思わず出た、地を這うような低い俺の声に、超ソッコーで部屋に戻って来た、アルがぎょっと、一歩身を引いた。
「え……ええっと……?」
俺の怒っている場所が判らねぇらしい。
アルが戸惑ったように、首をかしげたのを無視して、怒りの声をあげた。
「……そんなに、俺のカラダが欲しいか?」
男ってヤツは、どいつも、こいつも……!
俺が女だと判ったとたん。ほとんどの男が全員取る言動を、アルも繰り返したところに、俺は猛烈に腹を立ててた。
アルとの約束は、この国を離れる前に『一回』遊ぶことだった。
俺は、一夜の遊び相手なんざ欲しくなかった。
ずっと一緒にいられる『居場所』がほしかったのに。
胸が痛い?
ときめき?
アルの言葉は、てっきり、俺を丸々受け入れてくれる言葉だと思ってた。
なのに、違うのか?
結局は、ソレがしたいだけじゃねぇか!
カラダだけが、目当てなんじゃねぇか!!
てめぇが、そう来るつもりなら、もう、ためらわねぇからな!
俺は、ペッドの上掛けを一瞬握りしめると、アルに言った。
「……魔王(おまえ)のパンツが欲しい」
「……は?」
思いもかけなかったらしい、俺の言葉に、アルが、きょとんとした顔をした。
「てめぇのパンツが、破棄寸前の古いやつも、洗濯中のも含めて、全部欲しい。
もちろん、今はいているヤツもだ」
「はい?」
ますます、よくわからねぇらしい、アルに、俺は、ぐぃ、と睨んで言った。
「……俺を抱かせてやる、と言ったんだ、莫迦。
召使いに、パンツを運ばせ、自分のヤツを脱いだら、てめぇは、湯浴みをしてこい。
……望み通り、これから一回遊んでやるから」
「それに、パンツを使うんですか?
……ずいぶん変わった遊びをするんですね?」
アルの言葉に、ぎろり、とにらんでやるとヤツは、ぱたぱたと手を振った。
「で……でも。あなたの依頼は……?」
「……てめぇは、なんでも、俺にくれるんだろ?
ならばもう、仕事は終わったのとおなじだ。
それ、が終わったら、俺の依頼内容を言うから。てめぇは、とっととパンツを集めてから、湯浴みに行って来い!」
殴られるほど、がんがん怒られたあげく『遊んでやる』って言う言葉に本当に戸惑っているらしい。
それでもアルは、こくこくと頷くと、ベルを鳴らして召使いを呼びつけた。
そして、まだ首を傾げながらも、嬉しそうに言った。
「この国では、愛しく思う相手と初めてベッドで契る時。身につけている宝飾品を一つ、差し上げる習慣があります」
「……俺は、何もやれないぞ?」
「あなたからは、何もいただかなくてもいいです。ですが、私からは、これを……」
そう言って、アルは自分の耳に付いているイヤリングを一つはずした。
いかにも、きらめく光の魔法が掛かっているような、上品で、高価そうな耳飾りを自分の手で俺の右耳に付けてささやいた。
「……これで私は、あなたのものです」
「~~~っ!」
言われ慣れてない『愛の言葉』に、俺のアタマは沸騰しそうになった。
だ……ダメだ。
もうダメだ。
とっとと仕事を終わらせて国を出ないと、なんだか取り返しのつかないコトになりそうだった。
夜の森は、もう俺には渡れない。
だけども、昼間なら……
どっかの駆者のパーティか、商人のキャラバンに入れてもらえれば、この国を出ることが出来るかもしれない。
いや、出てみせる。
「……リトス?」
なんだか、心配そうなアルの顔を見てると、余計に決心が鈍ってきそうだ。
召使いが、パンツの小山置いて去ったコトを確認して、俺はわざと怒鳴った。
「……てめえは、さっさと自分のパンツを置いて、湯浴みに行って来い!」