魔法使い、か?

 いかにも動きにくそうな、貴重な布を無駄にしているだけにしか見えない服を着ている。

 ヤツは、妖魔から助かるべく、魔法の呪文を詠唱しはじめた。

 が。

 ……こいつ、莫迦か?

 その、魔法使いの唱える呪文を聞いて、俺はアタマを抱えた。

 それは確かに一発で、ルブルムを倒すコトができるかもしれないほど強力だったけれども。一刻(約二時間)ほども、ず~~っと、ぶつぶつ呪文を唱えていなければならず……

 呪文が完成するころには、魔法使いは確実に妖魔に食われて、骨だけになってる。

 こ~~んなトコロをうろうろしている以上、こいつもまた、誰かに下着泥棒に誘われたんだろうか?

 それとも、壊れかけの魔王を作った張本人、偉大な魔法使いって言う奴が国にいるらしいし、そいつかな?

 どっちにしろ、俺に、こんな妖魔をやっつけるほどの力はねぇ!

 それに無理して助けても、俺様の報酬が減るだけの気がする。
 
「う~~ん。どうすっかなぁ?」

 報酬減の原因であり、もしかすると莫迦かも知れない男とは関わりたくない。

 普段は即決で、逃げる方を選ぶんだがなぁ。

 今回に限って、一瞬迷った俺を、魔法使いの方が見つけやがったんだ。

 ちっ!

 気配を殺して隠れていたハズなのに、目ざといヤツ!

 ヤツは、呪文を唱えてたので何も言えないようだったが、その大きな目に、涙を滲ませて、うるうると、俺を見ていた。

 ココロの叫びは、もちろん『た~す~け~て~』なんだろう、な。きっと。

 だ~~!

 男のクセに、そんな目をして、俺を見るな~~!

 あんたも、誇り高き森の駆者ならば、自分のことは、自分で始末をつけろ、俺は、知らん!

 ……と。さっさとその場を離れるはずだったのに、俺が一歩離れると、ヤツは目の幅の涙をだくだく流して、無言の抗議をしやがった。

 その、草食動物みたいな澄んだ目に、俺は思わず、めまいを覚えた。

 ……仕方ねぇなぁ。

 俺は、腰の鞘(さや)から短剣を引き抜くと、跳んだ。

 絶対絶命の、間抜けな魔法使いを、助けるために。

  …………

………ところが。

 間抜けな魔法使いを助けてやろうと、わざわざ近寄ったと言うのに。

 返ってきたのは、感謝の言葉でなく悲鳴だった。

「きゃ~~わたしの髪! 切っちゃイヤ~!!」

 ああ?

 ……コイツ、男だよな?

 唯一、自力で助かる手段のはずの呪文の詠唱を止めてまで、魔法使いは俺に抗議した。

 大抵の国での女性の習慣以上に、髪を長く伸ばし、その顔は、びっくりするほど、整っていた。

 せはたかく身体は薄くとも筋肉がしっかり張り付いている。

 外見は、立派な青年男子のはずなのに、ど~~見ても、若い女のような言動が変だ。

 ルブルムの巨大な蹴爪に這い上がった俺は、爪に引っ掛かっている魔法使いの髪を切ろうと、構えていた短剣を思わず下げた。

「ん、なコト言ってる場合じゃねぇだろ!
 髪なんて、いつでも生えてくる!
 死にたくないんだろう? 切るぞ!」

「イヤ~~ 私の髪は一度切ったら、伸びないんです!
 それよりも、この鳥をちゃっちゃと、倒してください!」

 こ~~んな大きな妖魔を倒すなんて、魔法も力もない盗賊ができるか、莫迦~~!

 寝言を言ってる魔法使いの言葉を無視して、もう一度短剣を構えたとき。

 
 あ゛ん゛ぎゃあ~~


 という雄たけびとともに、どでかく赤い瞳が、ちらりとこちらを見た。

 みろ!

 もたもたしているから、ルブルム自身に見つかっちまったじゃねぇか!

 びゅっ、ざく!

 俺が、魔法使いの髪の毛を一ぺんに切ったのと、もう一本ある、ルブルムの足が俺に襲いかかって来たのが、ほぼ一緒だった。

 身をひねってルブルムの爪をかわそうとしたけれども、一瞬遅かったようだ。

 俺の背は怪鳥の鋭い爪に切り裂かれ、地上に向かって蹴り落とされた。

 カラダを動かすには適した、俺の革鎧(かわよろい)は、爪から身を守ってなんてくれなかった。

 ざっくりと背中を切り裂かれ、血を流し、俺は、背の高い木立のさらに上から、妖魔がうようよしている地面に向かって落ちていく。

 そう言えば、ルブルムの爪には、ご丁寧に毒までぬってあったっけ。

 ガラにもなく、人助けなんてするもんじゃない。

 あ~~あ。

 俺のイノチもここまでか……

『駆者』として一本立ちしてから、今まで必ず、どんな難しい依頼もクリアしてきたのになぁ。

 途中で終わらなくてはいけないコトが、ただ、ただ心残りだった。

 例え、それが間抜けな下着泥棒だとしても、残念だった。

 ぼろぼろに傷つき、落ちながら、俺は『死』を強く意識した。


 
 


 …………

 幼い。

 まだ、四、五歳でしかなかった俺を、乱暴に突き飛ばして母親の元に返すと、父の弟である男が憎々しげに言った。

「リトス殿には……残念ながら、魔法使いの才はないようですな」

「……まさか、そんな!」

 口をへの字にした叔父の宣告に、俺の頭を抱いていた母は、首を振った。

「リトスは……それはそれは、記憶力が良いのです!
 どんなに長い魔法の呪文でも、一言一句間違えずに、覚えてしまうのに……!」

「魔法が使えるか、どうかなどと言うのは、記憶力の問題ではないのだ。
 全ては精霊の、御心のままに」

 叔父は、高笑いでも隠しているように芝居がかって、胸に手を当てると、父に向かって会釈した。

「残念ながら、八代続いた魔法使い長の家も、唯一の跡取りがそれ、では断絶ですな。次の権利は、我が家のモノだ……!」

 叔父は実に楽しそうに、にやり、と表情を歪めた。

「しかも、リトス殿は賢くても体力的に恵まれていない。
 戦士や、剣士のように重い武器を持てない以上。この村の皆と同じく、駆者として生計を立てるのなら。
 下賤な盗賊になるか、隣町で商人宅に奉公に行くか、いっそ春を売る踊り子になって身を立てるしか、なかろうな?」

 そう言い放って叔父はげらげら笑いながら、出て言った。

 そんな、がっくり肩を落とした父親に、幼なく、何も知らなかった俺は、駆け寄った。

「父さま……? 何がそんなに悲しいのですか?
 わたしは、師匠に習った魔法の言葉を全て覚えてしまいました。
 父さまが、喜んでくださるのなら、また、新しい言葉を覚えます」

 だから、笑ってください。

 ほめてください。

 そんな思いで近づいた俺を、父もまた恐ろしい顔をして、乱暴に突き飛ばした。

「魔法の才のない、役立たずなぞ、いらぬ!
 お前は、ワシの子ではない!
 目の届かぬ所になら、どこでもいい。
 消えてなくなってしまえ……!!」

 ………………

「……父さま……!」

 一声叫んで、起き上がろうとして……無理なコトに気がついた。

 怪鳥に切り裂かれた背中の傷がずきずきと痛み、うつ伏せに寝かされたままのカラダが、びくとも動かなかったから、だ。

 それでも……俺は、まだ生きているらしい。

 怪鳥ルブルムに襲われて、なお生きているなんて、奇跡だ。

 そして。

 さっきのアレは……夢だったのか。

 親父に『いらない』なんて言われて傷ついたのは、いつのことだったのか。

 見たくもねぇ。

 思い出したくねぇモノを見ちまったぜ。

 思わず舌打ちをして、ここは、どこだ? と、動きづらい首をなんとかまわして見れば、判る。

 真っ暗な空間を、魔法の熱のない光がぽう、と輝かせていたんだ。

 迫りくる岩の形から察するに、どうやら、ここは広い洞窟の奥のようだ。

 しん、と静かで、特に殺気もない。

 空気が動いてねぇところをみると、とりあえず安全な場所ではあるらしい。

 ま、ここが危ねぇ場所でも、動けねぇけどな。

 そして。

「大丈夫ですか?
 ここは、まだ、妖魔の森の中にある洞窟なんですが……」

 低い。

 でも、穏やかにかけられた声がする。

 出所を探れば、背中までの銀色髪を乱した長身の男が、俺の顔を覗き込んでいた。

 怪鳥ルブルムに連れさらわれかけていた男だ。

 どうやら、こいつも生き残ったらしかった。
「……てめぇは?」

 誰だ? と言葉も出せねぇ俺に、銀髪男は心配そうに言った。

「私は、魔法使いです」

「……そりゃ、見れば、判る」

 俺の皮肉っぽい言葉を気にせず、ヤツは素直に頭をぺこり、と下げた。

「先程は、鳥から助けていただき、ありがとうございました。
 あの時は、髪を切ってまで助かりたくなかったのですが……。
 今は、助かってよかったと思います。
 私の代わりに、傷を受けてしまうなんて……あなたには、申し訳ないコトをしました」

「全くだぜ、迷惑だ」

 そんな俺の言葉に、魔法使いは黙って、その大きな目から、ぼたぼたと涙を流した。

 ……だから、てめぇは、男だろ?

 簡単に泣くんじゃねぇよ、仕方ねぇなぁ。

 それが、あんまり悲しそうで、俺は、ため息をついた。

「……傷は、受けた本人が『間抜けだったから』に他ならねぇ、気にするな。
 ……それより、てめぇ、名前は?」

「アルギュロス、です」

「じゃあアル。なんで森に一人でいたんだ?」

 俺の何気ない質問に、アルの目が驚いたように、見開いた。

「……なんだよ」

「今まで私はそんな風に、名前を縮めて呼ばれたことがなくて……」

「……迷惑か?」

「いいえ、とんでもない! 嬉しいです!」

 つい、さっきまでべそべそ泣いていた銀髪の魔法使いは、目をごしごし拭いて涙をぬぐうと、にこぱっ、と笑った。

「今まで私は、役職名のみで呼ばれていたんです。
 自分の名前がなんだったかも、忘れるほどでした」

 魔法使いは、言葉で全てを動かす職業だから、名前を呼び合うのを嫌う傾向にあるようだ。

 それにしたって、全く自分の名前を呼ばれない、なんてことはない。

「……てめぇ実は、トモダチいないだろ?」

 俺が突っ込めば、アルは、深々と溜息をついた。

「……なるべくキレイなカッコをして、皆の気を引こうとしたんですが、さっぱりで」

「女をひっかけるなら、ともかく。それでトモダチは、難しいんじゃねぇか?」

「えっ! そうだったんですか!」

 心底驚いたような顔に、俺はココロの中でアタマを抱えた。

 なんつ~~天然野郎だ!

 だけども、これで、女みたいに髪の毛一つでギャーギャー言ったのか、判ったような気がした。

 俺がこっそりため息をついたのを、知ってか知らずかアルは、指先と指先をツンツンさせながら言った。

「一生懸命お仕事しても、私の居場所は、どこにもありません。
 誰も友達になってくれるどころか、優しい言葉一つかけてくれないし。
 気晴らしに遊びに行こうと思ったら、道に迷っちゃって」

「……だから、てめぇは森の中にいたのか」

 いくら、この国では、森と街とを隔てる壁がないとは言え、こんなところを、うろうろしているなんて……!

 コイツ天然な上に、相当方向オンチだ。

 アルは、頑張ってもあんまし友達ができるタイプじゃなさそうだったし、とても寂しそうだった。

 そして、何よりも『居場所がない』って言う辛さは、俺は骨身にしみて判ってる。

 ……仕方ねぇなぁ。

「生きてこの森から出られて……なお。
 俺の依頼がクリア出来たら……この国を離れる前に、一回ぐらい、てめぇと遊んでやってもいい」

 この、傷ついたカラダでは、絶望的に無理な話に近かった。

 だけども思わず、俺の口をついて出た言葉に、ヤツはとても嬉しそうな顔をして、表情をきらきらと輝かせやがった。

「じゃあ是非、森から無事に出て、あなたのお仕事をかたづけてしまいましょう!
 私が出来ることなら、何でもお手伝いしますよ?
 その、依頼ってなんですか?」

「……う」

 それは、下着泥棒だ。

 ……なんて。

 この天然で純粋な目を持つ、間抜けな魔法使いに到底言えず、俺は言葉をにごした。

「……その……この国の魔王の城に、用があるんだ。
 だが……ルブルムの毒をくらって、俺はびくともカラダを動かせねぇ……
 依頼を片付けるどころか、生きて、森を抜けることだってできるかどうか……」

「……死なせは、しません」
 
 俺の言葉に、アルは、初めてきりっとした表情を見せた。

「私が絶対に、あなたをこんなところでは、死なせません。
 ……二人で生きて、無事に森から出ましょう」





 

「今でも、信じられねぇ~~!
 てめぇが、魔王だったなんて!!」

 俺のココロから叫びに、切られた髪が二度と伸びない他は、まるで人間と同じカラダとココロを持つ、ホムンクルスのアルが……この国を統治する、アルギュロス王が、にこっ、と笑った。

 …………

 俺は、結局。

 ルブルムに切り裂かれた傷と毒のために、自力では少しも動くことのできなくなっていた。

 カラダを動かすどころか、意識を保つのも危うかったぐらいだ。それでもアルになんとか、短い詠唱時間で強めの力が出る、使い勝手の良い魔法を教えることができた。

 ちょっと教えただけで、魔法が使える事が出来たなんて、さすがに魔王。

 その魔法でアルは、俺を連れて危険な妖魔の森を越える事が出来たのだ。

 でも、担ぎ込まれた先がとんでもなかった。

 なんせ、……あろうことか、俺の目指していた魔王の城だったんだから!

 城に入った途端『間抜けな魔法使い』から『わがままな魔王』に大変身したアルの号令、一発。

 国中の医者や、魔法使いが総動員され、俺はイノチをとりとめたのはよかったが。この国の全ての治療技術を使っても、俺は以前のように森を渡り、依頼を受けて生計を立てるのは……無理かもしれなかった。

 例え、傷が治っても、ルブルムの毒で、麻痺が残ったからだ。

 なんとか歩けるまでに回復しても、それ以上のコト……走ったり、跳んだりすることは、もう、出来ない。

 それは何もできない『魔法使いの子供』だった俺が、苦労して手に入れた『盗賊の駆者』としての身分を捨てる、ということだった。

 でも俺は、また何もできねぇ、誰からも必要とされないモノになり下がるのは、絶対、嫌だったんだ。

 とてものんびり寝てなんていられず、ふらふらとベッドから起き上がったところを、公務の間を縫って、頻繁に顔を出す、アルギュロス王に止められたところだ。

 ベッドから落ちて、出口に向かってジタバタしているところを、アルはひょいと、横に抱いて一瞬、ぎゅっと抱きしめた。

「あなたが、私を王だと信じられないのなら。私にだって、あなたについて、信じられないことがあります」
 
 俺をベッドに放り込みながら、アルは優しげにほほ笑んだ。

「勇敢で、美しく、私の命を救ってくれた、リトス。
 あなたが、まさか。
 ……女性だった、とは」

「……るせぇな」

 アルは、俺の右手を、自分の両手で大事そうに、包んだ。

 その手が意外に強く、振り払おうとしてもびくともしねぇ。

 俺が、じたばたしているのに気がついて、アルが言った。

「何を恥ずかしがって、いるんです?」

「嫌がっているんだ、莫迦~~!!」

 思わず叫んだ俺を、アルは、完全に無視した。

「城に帰り、リトスの傷を手当てしようとして、はじめてあなたが、女性だと判ったときの感動と、ときめきは、今でも、覚えています。
 思い出すたび、鼻血が出そうになるほど、鮮明に」

「すぐに、忘れてくれ」

 アルは、やっぱり俺の言葉を無視して、潤んだ瞳をこちらにまっすぐ向けた。

「この……あなたを見るたび、胸にきゅん、と迫るはじめての感覚は。
 もしかしてウワサに聞く、恋と言うモノか……?」

「知らねえよ、俺だって!」

 そう、今まで俺は、どう過酷な森で生き残るかで必死だった。

 仲間の駆者に莫迦にされねえように、気を張っているばかりで、そんな色恋のコトなんて、俺は知らない。

 そもそも、男なんて言うシロモノは、酒場で意気投合しない限り、イノチを賭けるほどのライバルになるだろう。

 もしくは、俺に下着泥棒を持ちかけたエロジジィのように、鼻の下をびろーんと伸ばして突っ込んでくるヤツぐらいしか、知らねぇ。

 だから、こんな切なげな表情をして迫ってくるヤツなんて、初めてで、妙に落ち着かなかった。

 俺の方だって、とっくに胸がドキドキで、とても、まともにアルのキレイな顔なんて、見られなかった。

 そんな俺にかまわず、アルが、ぐぃ、と迫る。

「あなたが依頼を受けて、この城に取りに来たモノはなんですか?
 どんなモノでも全て差し上げます。
 ですから、それを依頼主に届けさせれば、お仕事は完了ですよね?」

「ま……まあな。
 でも……もし、俺の要求するモノが、お前の『王』としての地位を危うくしたり。ましてや、イノチに関わるものだったら、どうするんだ?」

 俺の質問にアルは、強い瞳で、射抜くように俺を見た。

「私は……実はヒトではありません。
 病弱だった先代の王が、自分の代わりにこの国を統治出来るように姿を似せて作った人工の生命。ホムンクルス、という生き物です」

 アルは俺を見つめたまま、静かな声を出した。

「私は『王』としてこの国を『統治』するためにだけに生まれました。
 ですから私が『王』の座を降りる、ということは、自分の存在意義を失うコトになり……それは死ね、と言われるのと同じ意味を持ちます。
 リトスの狙うものが、私が『王』であることを剥奪するものでないことを、心から願います。
 が、一方で……」

 言葉を一旦切ったアルは、暗く嗤った。

「誰も『私』を顧みてくれない『王』の地位や、それに伴う『自分の命』よりも、リトスの方が大切です。
 ……私はあなたに命を救われた身ですから。
 あなたにだったら、この命でさえも差し上げましょう」

「アル……アルギュロス……お前……」

 アルの思いが、切ないほど俺の胸に突き刺さった。

 魔王の城に数日間世話になり、アルの仕事ぶりを見る限り、ヤツの紡ぐ言葉にウソがないことは、良くわかる。

 俺と二人だけでいるときは、こんなにくるくると表情を変えるのに『魔王』として皆の前に立つときは、だいぶ違う。

 金の玉座にただ一人。

 孤独で、ぞっとするほどに硬く冷たい表情で、仕事をこなしてた。

 国を背負って立つ、ということはそう言うコトなのかもしれない。

 だけども、俺と一緒にいるときのアルが、本当のヤツの姿だとしたら、こんな毎日は、あまりに酷に違いなかった。

 思わずため息が出た。

 俺の手を握るアルの手にも力がこもる。

「……ですから、あなたの望みのものを教えてください……!」

 アルの声は、真剣だった。

 だからこそ、なおさらアルを王の座から引きずり下ろすため、複製の設計図を手に入れるから『お前のパンツが欲しい!』とは言えなかった。

……だってそれは、アルに『死ね』と本気で願うのと同じことだからだ。

 何も言えずに困っていると、アルが明るく笑った。

「はやく、あなたのお仕事を終わらせて、是非……!
 森でした約束を違えず、私と遊んでください」

 アルは、とても楽しみにしているから、と、嬉しそうに言った。

「あの時は、男同士、こっそり町に繰り出す予定でしたが、あなたが女性だと判った以上、是非っ!
 わ……私と、そのっ……!
 べットの上で、遊んでいただければ……!」

 ……え?

 アルが、何を言っているのか判った途端、言葉よりも先に、拳がうなった。

 麻痺が残って、以前より、だいぶ遅いはずだったのに、怒りのつまった俺の鉄拳は、アルのあごを正確にとらえたかと思うと、ヤツを星に変える。

「大莫迦野郎~~!!!」

「っきゃ~~~っ!?」

 ばびゅんっと、窓から青空に向かって殴り飛ばされたヤツを見ながら、俺は生まれて初めて、泣きそうな気分で、肩で息をしていた。

 アルが真っ赤な顔で、自分の胸の痛みを訴え、俺に迫ってくるところまでは、そんなに嫌ではなかった。

 いや、むしろ嬉しかった、かもしれないのに『ベッドの上で遊ぶ』と聞いて、俺の中で何かがキレた。

「……てめぇも、結局、他の男と同じか?」

 思わず出た、地を這うような低い俺の声に、超ソッコーで部屋に戻って来た、アルがぎょっと、一歩身を引いた。

「え……ええっと……?」

 俺の怒っている場所が判らねぇらしい。

 アルが戸惑ったように、首をかしげたのを無視して、怒りの声をあげた。

「……そんなに、俺のカラダが欲しいか?」

 男ってヤツは、どいつも、こいつも……!

 俺が女だと判ったとたん。ほとんどの男が全員取る言動を、アルも繰り返したところに、俺は猛烈に腹を立ててた。

 アルとの約束は、この国を離れる前に『一回』遊ぶことだった。

 俺は、一夜の遊び相手なんざ欲しくなかった。

 ずっと一緒にいられる『居場所』がほしかったのに。

 胸が痛い?

 ときめき?

 アルの言葉は、てっきり、俺を丸々受け入れてくれる言葉だと思ってた。

 なのに、違うのか?

 結局は、ソレがしたいだけじゃねぇか!

 カラダだけが、目当てなんじゃねぇか!!

 てめぇが、そう来るつもりなら、もう、ためらわねぇからな!

 俺は、ペッドの上掛けを一瞬握りしめると、アルに言った。

「……魔王(おまえ)のパンツが欲しい」

「……は?」

 思いもかけなかったらしい、俺の言葉に、アルが、きょとんとした顔をした。

「てめぇのパンツが、破棄寸前の古いやつも、洗濯中のも含めて、全部欲しい。
 もちろん、今はいているヤツもだ」

「はい?」

 ますます、よくわからねぇらしい、アルに、俺は、ぐぃ、と睨んで言った。

「……俺を抱かせてやる、と言ったんだ、莫迦。
 召使いに、パンツを運ばせ、自分のヤツを脱いだら、てめぇは、湯浴みをしてこい。
 ……望み通り、これから一回遊んでやるから」

「それに、パンツを使うんですか?
 ……ずいぶん変わった遊びをするんですね?」

 アルの言葉に、ぎろり、とにらんでやるとヤツは、ぱたぱたと手を振った。

「で……でも。あなたの依頼は……?」

「……てめぇは、なんでも、俺にくれるんだろ?
 ならばもう、仕事は終わったのとおなじだ。
 それ、が終わったら、俺の依頼内容を言うから。てめぇは、とっととパンツを集めてから、湯浴みに行って来い!」

 殴られるほど、がんがん怒られたあげく『遊んでやる』って言う言葉に本当に戸惑っているらしい。

 それでもアルは、こくこくと頷くと、ベルを鳴らして召使いを呼びつけた。

 そして、まだ首を傾げながらも、嬉しそうに言った。

「この国では、愛しく思う相手と初めてベッドで契る時。身につけている宝飾品を一つ、差し上げる習慣があります」

「……俺は、何もやれないぞ?」

「あなたからは、何もいただかなくてもいいです。ですが、私からは、これを……」

 そう言って、アルは自分の耳に付いているイヤリングを一つはずした。

 いかにも、きらめく光の魔法が掛かっているような、上品で、高価そうな耳飾りを自分の手で俺の右耳に付けてささやいた。

「……これで私は、あなたのものです」

「~~~っ!」

 言われ慣れてない『愛の言葉』に、俺のアタマは沸騰しそうになった。

 だ……ダメだ。

 もうダメだ。

 とっとと仕事を終わらせて国を出ないと、なんだか取り返しのつかないコトになりそうだった。

 夜の森は、もう俺には渡れない。

 だけども、昼間なら……

 どっかの駆者のパーティか、商人のキャラバンに入れてもらえれば、この国を出ることが出来るかもしれない。

 いや、出てみせる。

「……リトス?」

 なんだか、心配そうなアルの顔を見てると、余計に決心が鈍ってきそうだ。

 召使いが、パンツの小山置いて去ったコトを確認して、俺はわざと怒鳴った。

「……てめえは、さっさと自分のパンツを置いて、湯浴みに行って来い!」
 



 




 この国には、レアメタルが産出される地下鉱脈が何本も通り、活気がある。

 一応治安維持には、神経を力を入れているようだったし、城の中と町へと続く正規の道には、魔法の網が張ってあるものの、どこにだって抜け道はある。

 外から中に入るのは難しくても、中から外へ出る分には、そう難しくない。

 魔王の城へ下着泥棒に入るのは難しく、妖魔の森経由で入ることを考えなくてはいけなかったけれども。

 客分扱いになっての帰りは、例えソレが魔王に無断でだとしても、簡単だった。

 アルが昼間からのんびり湯浴みをしている間に、俺は、城内に設置されている役所へ滑り込み、さまざまな手続きをしに来てる商人たちに混じって外に出た。

 その気になれば、俺の姿はアルから丸見えだろうに、誰からも声をかけられなかった。

 たぶん、ヤツは、パンツ無しの間抜けなカッコのまま、俺と、どんな遊びをするのか楽しみにしていて、城を守るどころの話じゃないのかもしれない。

 今、追手をかけられたら逃げられねぇから、そうでないと、困る。

 何しろ、俺にとっては、普通の平らな廊下や舗装された道を普通に歩くのも、とても難しい。

 ルブルムにやられた毒で、思ったよりもカラダが動かなかったから、もう二度と駆者の盗賊とは、名乗れないだろう事を身にしみて思い知らされた。

 荷物を抱え、足を引きずり、休み休み。

 それでも、俺の後をつけてくる影がないことを確認しながら、俺はようやく。

 ジジィとの待ち合わせの宿に、たどりつくことができた。
 
 …………

「おお、遅かったの~~もう、来ないモノだと半分あきらめていたところじゃ」

 待ち合わせの宿屋の地下にある隠れ家(アジト)で、ジジィがにまり、と目を細めた。

「それで、依頼のモノは?」

「……ああ。これで全部だ。本人がはいていたやつまでブン捕って来たから、多分取りこぼしはねぇと思うぜ?」

 言って、目のテーブルにパンツをどさっと置くと、ジジィは目を丸くした。

「なんと! 本人がはいているモノまでとは!
 さすが、ワシが見込んだだけある! 実にみごとじゃ!」

 そう言いながら、伸ばしたジジィの手を、俺は、べしっ、と叩いた。

「おお~~いたたたっ! 何をするんじゃ……って、約束の報酬か?
 心配するな今、支払ってやる。これじゃ!」

 ジジィが本当に、金貨五百枚はありそうな、重い小袋を置いたのをみて、俺は、軽くため息をついた。

「……モノの受け渡しの前に、聞きたいことがある」

「なんじゃ?」

「もし、この中に、本当に設計図があって、無事に複製が出来た場合。アルは……今の魔王の運命は、どうなるんだ?」

 そんな俺の質問に、ジジィは、目を伏せて言った。

「……まず、王の座の剥奪じゃの」

「……ああ」

 ま、当然だな。

「それと、国民には秘密裏の破棄」

「……」

 今は、この国の統治を行っている王がヒトではない。

 ホムンクルスであることは、周知の事実だが、建て前上は病弱な先代の王が、続けて支配していることになっている。

 だから、もし複製が出来たら、扱いにくくなった王は、入れ替えられ……古い方は殺される。

「しかし、いくら外見が同じでも、よく入れ替えなんて言うことが、出来るな。
 身近な召使いや大臣に気づかれて、騒ぎになるだろうに」

「計画は、その身近なモノ達が企てたからやつだから、そこで困ることはない」

「そうか……」

 ある程度、予想通りだがなんとも、やるせなかった。

 つまり、アルは……実は、名前さえも無い、あのホムンクルスは、哀しい。

 生きているときには、居場所が無く、そして、死んだ後でさえ、ヤツが生きた証を抹消されるって言うんだから。

 俺は、思わず、深々とため息をつき、腹をくくった。

 ぎゅっと、ジジィを睨みつけて声を出す。

「……要らないモノだと言うのなら、俺にくれ」

「なんじゃと?」

 俺の言葉に、ジジィが片眉をあげて、にまり、と笑った。

「おぬしの耳には、この前は無かった、高価そうな飾りがついておるのぅ。しかも、片一方だけ」

「……」

「……王に抱かれて、情が移ったか?
 やめとけ、やめとけ。あやつはヒトではない。
 しかも、キレイなのは、今だけじゃぞ?
 一度切った髪は生えぬし、いずれはハゲる運命じゃ」

「そんなんじゃねぇ! 別に抱かれた覚えはねぇし!! 外見の問題でもない!」

 それは、居場所がない者同士、ココロが確かに触れ合ったから。

 例え。男のクセにすぐに泣く、情けないヤツだとしても。

 ……本当は、俺のカラダにしか興味なかったとしても……

 死んでゆくのを、そのまま見過ごして良い命ではなかった。

 俺の真剣な訴えに、ジジィは肩をすくめた。

「引き取っても、役立たずだぞ?
 贅沢に慣れた上、世間知らずで、生活能力は皆無じゃ。
 一応魔法の才はあっても、呪文の長い、大きな魔法しか使えんし、おぬしもカラダの具合が、良くなさそうだ。
 二人仲良く、共倒れるか?」

「てめぇに心配される覚えは、ねぇよ」

 ジジィのヒトを値踏みするような下品な視線を無視して、俺は嗤う。

「短くて、ヒト様の役に立ちそうな呪文なら、俺が山ほど知ってる」

 何しろ、俺は筋金入りの魔法使いの子供だったから、ガキのころには、沢山の呪文を教え込まれた。

 魔法の才がない俺は、いくら覚えても、役に立たなかったが、アルにとっては、多分違う。

 覚えたら、その分だけ力を発揮するだろう。

「俺があいつを責任もって『魔法使いの駆者』に仕立ててやる。
 そしたら、この国には、二度と帰って来させねぇよ。
 自分の身を危うくさせるものが、こんなに近くにいるんじゃ、未練はねぇだろうし」

 俺の言葉に、ジジィはにやり、と口をゆがめた。

「そこまで言うなら、譲ってやろうかの。
 ……ただし、タダ、というわけには、いかぬ。
 壊れかけのホムンクルスの値段は、金貨五百枚だ」

「……そう、来ると思った。いいぜ。
 今回の報酬を丸々ヤツの、イノチの値段に当ててやる。
 だから……」

「足りないのぅ」

「なに!?」

 ジジィは、俺の話の腰を折り、ずるそうに笑うと、金貨の袋の口を開けた。

 すると袋から、金貨ではなく小石が転がり落ちて、床の上にばらまかれる。

「見ての通り。金貨五百枚には、ほど遠い」

「……てめぇ! 騙したな!」

 俺の抗議に、ジジィはひょい、と肩をすくめた。

「おかしぃのう? 入れた時には、確かに金貨だったのに。
 おぬし、一体どんな魔法を使ったのかの?」

 わざとらしいジジィの言い草に、俺はカッと腹を立て、怒鳴った。

「ざけんじゃねぇ!
 てめぇがその気なら、俺だって本物のパンツを渡さねぇからな!
 俺だって、駆者になってから、長く経験を積んでいるんだ。
 質問には、べらべら応えてくれるし、こんなコトだろうと思って、隠してきたんだ」

 そう言ったのに、ジジィは、あっさり言葉を吐き捨て、笑う。

「それこそ、ウソ、じゃな」

「なに!?」

「宿の上から、街道を歩いてくるお前を眺めていたが、まるで、毒でも飲んだように、酷く調子が悪そうだったのぅ。
 そんなお前が、本物をどこかに隠し、新しいモノを大量に買い込んでここに来れるとは思えぬ。
 そのパンツは、本物じゃ」

「……」

 黙った俺に、ジジィが迫って来た。

「小なりとはいえ、国家に関わる問題だから、の。
 口封じをしようにも、手先が器用で、身の軽い盗賊を閉じ込めておくことは出来ぬ。
 依頼が終われば、おぬしを殺めてしまおうと思っておったが……
 カラダの自由が利かぬ、というのなら話は別だ」

 ジジィは、さらに迫って、ひょっひょっひょっと、怪しげに笑った。

「喉を潰して、言葉を封じ、夜の街に売ってやろうかの?
 おぬしは、胸はなくともイイ女だから、すぐに金貨五百は稼げるぞ?
 問題は、その金がおぬしの懐に入らぬ、ということぐらいで」

「ふざけるな!」

「なに、盗賊を廃業するしかなさそうなおぬしに、新しい職業を斡旋しようというのじゃ。売春婦、っていう職業を、の!」

「冗談じゃねぇ!」

 男たちに弄ばれる前に味見をさせろ、とばかりにジジィは指を怪しい形に曲げて、わきわきと動かして迫る。

 そんなエロジジィを切って捨てるつもりで、俺は、短剣の鞘を抜きはらおうとした。

 と。

 その時、突然。

 ドバンッ!

 と言う信じられねぇ音がして、アジトと地上をつなぐぶ厚い扉が盛大に、吹き飛んだ。

 驚いて俺とジジィが、目を向けると、数人の人影が、部屋に飛び込んで来るりが見えた。


 ……げほけほごほっ!


 もうもうと上がったホコリを一番吸い込んだのは、どうやら、その先頭にいるヤツらしい。

 せき込みながら、煙とともに入って来た間抜けな男は……。

「「アルギュロス王」」

 俺と、エロジジィの声が、重なった。

 アルは、魔法の産物の操り人形のような衛兵に命令して、あっさりジジィを捕まえたかと思うと、俺を見た。

「……私に黙って出て行っては、いけません」

 ホコリが目に入ったのか。

 それとも、本気で悲しんでいるのか。

 アルは人目があるのに、涙目で言った。

「しかも、あなたがまた、私のために、こんな危ない目にあうなんて。
 何もできない私を、駆者へと導こうとしていたなんて……!」

 そう言ってアルは、目の幅の涙をだくだく流す。

「何で、お前はここが判ったんた……?
 しかも、話していることまで……!」

 例え、廃業寸前だとしても、俺は盗賊だ。

 尾行されて、気がつかないわけはないし、俺たちの声が聞こえるほど近くにいたとしたら、気配で判ったはずだった。

 呆然としている俺を見ながら、アルはごしごしと涙を拭いた。

「私のイヤリングを、取らずにいてくれて、嬉しいです。
 それについている魔法の石が、あなたが聞いた音のすべてと、居場所を私に伝えてくれました」

 なんだって!

 確かに、耳飾りを見たときに魔法が掛かっているような感じがしていたが……

 それは、ただ石をキレイに光らせる魔法だけじゃなかったんだ。

 俺が聞いた音の全て、ということは、もちろん。俺自身が、しゃべった言葉も全て、ということで……

 俺が、ちらりとアルを見ると、ヤツは、にこっと笑った。

「何も言わずに、パンツを持って行かれた時は、とても悲しかったのですが……
 あなたが、何を考えていたのか判って……
 私は、本当に……本当に、泣くほど嬉しかったです」

 俺は……アルについて、何を……言ったっけ?

 大したことは言った覚えはねぇが、自分の顔が、ボンっと赤くなるような気がした。

 う~~調子が狂う。

 ガラじゃねぇ!

 ジタバタしている俺に、アルはびっくりするほど優しくほほ笑むと、それから、ジジィの方に向かって、ぎらり、とにらんだ。

「……それで、そなたの方の処遇だが」

 アルは……アルギュロスは王の顔をして、ぞくり、とするほど凍った声を出し。

 ヒトでない衛兵に両脇を捕まえられて、身動きが取れないエロジジィはヒッ、っと小さく息をのんだ。

「わ……わしは、ただっ……! 国の行く末を憂いて……!」

 さっきまでの言動は、どこへやら。

 真っ青になって、しどろもどろに言い訳をするジジィに、アルギュロス王は、冷酷に笑った。

「そして、我を王の座から引きずり下ろすため。
 盗賊を雇って、我の複製を作る設計図を盗もうとした、と?
 その図が中に挟まっているかもしれない下着ごと?」

 アルギュロス王の目がすぃ、と細まった。

「愚か者。そんな中に、設計図などあるものか。
 そなた。まやかしに踊らされたな」

「し、しかしっ! 魔法使いが、確かに、言っていたのじゃ……
 王が作られた時、本人に内緒で、予備の設計図を隠した、と……!」

「……我が作られて、二十余年だ。その頃あつらえた下着を、我が捨てもせずに、ずっと使い続けていると思うか?」

 王は、呆れてため息をついた。

「下着は、基本。年末にすべて破棄され、新年に新調する習慣になっている。
 なのにパンツのみ、二十年間使い続けているわけがない」

 王に言われて確かにそれもそうだ、と思ったのは、とりあえず俺だけじゃなかったようだった。

 黙ったジジィに、アルギュロスは、肩をすくめた。

「今回、結局手に入れられなったとはいえ。そなたの犯した罪は『反逆罪』と言って過言ではない」

「……しかし……!」

「ああ、確かに。我も、無茶な遊びが過ぎたことは認めよう。
 だから、罪の代償に、そなたと、この件に関わった仲間達の命まで取ろうとは、言うまいよ」

「……王」

「……だが」

 少し、ほっとした顔のジジィにアルギュロスは冷たく、微笑んだ。

「そなたが、このリトスに吐いた暴言の数々を聞いて、我はすこぶる機嫌が悪い。
 四、五年ほど、我が国の地下鉱脈にとどまり、無償奉仕で穴でも掘っているがいい」

 王の審判に、そんなぁ~~、と。

 眉毛を下げて、ジジィは情けなさそうに呟いたけれども。王は、問答無用と衛兵に、ジジィと、その仲間らしい、この宿屋の従業員をひったてさせた。

 ……終わったな。

 ジジィの姿が完全に、宿屋の地下から消えてなくなると、俺は、ため息をついた。

 もし、今度っていう機会があるのなら、報酬の多さだけで仕事を決めるのは、よそう。

 なにしろ、今回の依頼は、散々だったからな。

 不本意な下着泥棒の片棒を担いだ挙げ句、カラダを壊して、回復のメドもたたねぇ。

 結局、肝心の金も手に入らなかったし。

 やれやれ、と、このホコリっぽい地下室を出るために、歩こうとした時だった。

 俺に更なる災難が降りかかってしまったのは。
 がくっ、と俺の膝が砕けた。

 今まで、弱気を見せまいと突っ張ってたから、変な緊張の糸が切れたのか、自分ても良くわからねぇうちに、転びそうになる。

「う……あっ!?」

 カラダが上手く動かねぇ!

 体勢を整えようにも、ほとんど自由にならずに動揺し、かえって派手に転がろうとする俺を、アルが支えた。

「リトス……! 大丈夫ですか!?」

「あ……ああ、大丈夫だ。 すまん」

 転ばないように助けてくれたアルに礼を言ってもう一度、自力で立とうと試みようとしたのに無理だった。

 アルが俺を後ろから抱き寄せたからだ。

「なんだ? ……離せよ」

「いいえ、離しません」

 アルは、思いの他、しっかり俺を抱きしめると、耳元でささやいた。

「この手を放したら、あなたはまた、どこかへ行ってしまうでしょう?」

「……まあな」

「この国に留まっては、いただけないんですか?」

 俺を抱くアルの腕に、力がこもる。

 ヤツの顔は、見えなかったけれど、もしかしたら、アルは泣いているかもしれない。

 ……そんなふうに、思った。

 だけども、俺はあえて首を振る。

「依頼仕事は、一段落したみてぇだし。今の俺が、この国で出来る仕事は……なさそうだし」

 この国だけではなく、他だって、カラダの動かない盗賊が出来る仕事なんてあるのかは、謎だが。

 それでも、ここから出て行くと言った俺をアルはぎゅっと抱きしめた。

「あなたが、ルブルムの毒を受けた原因は、私にあります。
 滞在中の身の回りのことは、全て手厚く快適であることを保障しますから。
 国を出るのはせめて、もう少し回復してからにしては、いかがですか?」

「だから、傷のことは気にするなって、前にも言ったはずだ。
 それに、毒で動かなくなった手足が、完全に回復するメドは立ってねぇ。
 カラダの調子を言い訳に、いつまでも食って寝るを繰り返すだけの役立たずには、なりたくねぇんだっ……!」
 
 
 特に、アルのすぐそばにいると、自分がダメになりそうで、絶対嫌だった。

 アルが王の座を奪われ、その命が風前の灯だというなら、一肌脱ぐつもりだったが、逆の立場で庇われたら俺はアルに甘えるつもりは一切なかった。

 俺の辞書には、どこをどう見ても『甘え』の文字はねぇから俺じゃなくなりそうで、嫌だったんだ。

 自分の説得をことごとく無に帰す、俺のセリフを聞いていられなくなったらしい。

 アルは、言葉の途中で俺の両肩を乱暴に掴むと、くるり、とひっくり返して俺の瞳を覗き込むように言った。

「では、仕事の依頼があれば、あなたは、この国を去らずとも良いんですね?」

「ああ……まあな」

 まともに見たアルの顔は、やっぱり泣いていた。

 けれども。その瞳は、なんだかスワってるような気がする。

 まるで開き直ったみたいなアルに、うなづくと、ヤツは、言った。

「この件は、まだ解決してません」

「……へ?」

 今度は、何を言い出すんだ!

 衝撃的な発言に、驚く俺に、アルは、肩をすくめた。

「実は、私自身もホムンクルスの設計図のありかが、判りません」

 ジジィにはああ言ったが、自分を作った魔法使いは用心深いから本当は、予備がどこかにあるのかもしれない、と王は言った。

「設計図が破棄出来ない以上、私を疎ましく思う者がいれば。
 今回みたいな設計図をめぐる事件が、また、きっと起こります。
 ですから、あなたには、私を守って欲しいのです」

 ある日突然、自分と全く同じ外見を持つ複製から交代せよ、と言われるのが死ぬほど嫌なんだ、とアルは身を振るわせた。

「だとしても、俺は、何も出来ない」

 自分の身でさえ、もて余しているのに、王の身を守る護衛の仕事が出来るとは、思えねぇ。

 なにしろ、アルが『王』の立場でいるならばそんな輩は、力で潰してしまえばいいからだ。

 今さっきジジィを引っ立てて行った衛兵を使うか、せいぜい、戦士タイプの駆者を雇った方がマシだ。

 そんな俺の提案に、アルは首を振った。

「今回、民の代表が、私を他のホムンクルスに入れ替えようなどと考えたのは、私の遊びが過ぎたせいでもありました」

 言って、アルは指と指をつんつんとつつきあわせた。

「私の寂しい日々の生活が原因と言っても過言ではないです。
 だけども。リトスが……あなたが、側に居てくれるのなら、私は、もう何も贅沢なモノは、いりません。
 そして、私が質素に暮らせば、当面私を害しようと言う者も現れないはずです」

 アルが、真剣な顔をして、オレを見た。

「ですから……リトス、あなたが私の側にいてくれたなら。それだけで、私を守ってくれることになるのです」

「……そんな莫迦な」

 そう、笑いとばそうとした俺の肩をアルは、ぎゅっと抱きしめた。

「城から、あなたがいなくなってしまったのは、私が不用意に『遊び』と言ったのが、気に触ったんですか?
 それでしたら、今度はあなたに真剣に……正式に依頼したい。
 これから先、ずっと、ずっと、私と、ともに居てください。
 そして、私が道に迷った時には、どうか先へと導く光になってください……」
 
 アルは、そう言って、少し恥ずかしそうに下を向いた。
 
「……とはいえ。ホムンクルスの私が、自分のモノと声高に主張出来るのは、この身一つしかありません。
 長きに渡る依頼なのに、報酬は、売っても、金貨五百枚程度の価値しかない、私自身を差し上げるしかありませんが……」

 それでも、是非受けてほしい、と訴えるアルの表情は、真剣でやっぱり、目の端に涙がだいぶ、にじんでいた。

 ……う。

 どうやら、俺は、こいつに泣かれるとダメらしい。

 男のクセに泣くなんて、情けねぇ、とは思うけど、俺はすぐ泣くアルのコトがあんまり……キライじゃねぇ、みたいだった。
 
 それに、泣き虫の魔王を放って行くほど薄情でも、急ぎの用があるわけでもない。

 しかも、一夜限りでない、俺の居場所を用意してくれるというのなら。

 ……仕方ねぇなぁ。

 俺は、ため息を一つついて、言った。

「……判ったよ。当分、他の仕事も出来そうにねぇし、受けてやらぁ。
 なんだか、プロポーズみたいな依頼だけど」
 
「ぷ、ぷろぽーずっっ!!」

「な、なんだ、なんだ……!」

 アルは、俺の言葉の変な所に反応して、いきなり、ぽんっと顔を赤らめた。
 
「ゆっ、許されるのなら、是非……っ!
 本当は、あなたをその……っ!
 つ~~つつ、妻に迎えて、幸せな家庭とやらを築きたかったのですがっ!」

「お……おお」

「私自身がどれだけ『人間』に近く作られているのか判らず。
 いくら頑張っても、子が成せない男では、夫の資格はなかろうと、諦めて、依頼に留めておこうと思ったんです!」

 なんだよそりゃ……!

 真剣な話のすぐ後に、どんな冗談かと思えば、アルの顔は、至極真面目そのものだった。

「本当は、そんな思いを心に秘めて、こっそり共に歩んで行こうかと思っていたんですが……
 あなたの口からプロポーズ、なんて言葉が出てしまったら、我慢なりませんっ!
 もし、役立たずを承知で良かったら、是非、依頼主から、夫に昇格していただきたく……っ!」

「ざけんじゃねぇ!」

「わぁ……! 暴力反対!
 そんな怖い顔して、拳なんて握らないでくださいっ!
 あなたに殴られて、星になるのはもうイヤですぅ~~!」

 本っ当に、しょうがねぇヤツ!

 なんだか、じたばた逃げているアルに呆れているうちに、ふと気がついたコトがあった。

 ……もしかすると。

「……俺。ホムンクルスの設計図のありかが、判ったような気がするぜ」

「ほ……本当ですか?」

 真面目な顔に戻って聞いてくるアルに、俺は頷いた。

「ジジィは最初。てめぇを作った魔法使いが、複製の元をパンツの中に隠した、と言ってた。
 そして、パンツをはいてる本人が気がつかない、隠し場所から鑑みて。
 モノが設計図だと思い込んでいたが……実は違うんじゃねぇか?」

「……え?」

 ……まだわかっていないらしい、アルに俺は少し……いやいや、だいぶ……か。顔が熱くなっていることを感じながら、言った。

「ホムンクルスに限らず、誰でも、必ずパンツの中に持ってるだろう?
 その……複製の元を」

「……それって、私のカラダの中心にあって……下がっているヤツですか?」

「……ああ」

「つまり、好きな相手と、普通に男女の営みをすれば。普通に子供が自分の複製となって、出来上がるという……?」

「……たぶんな」

 俺の言葉に、アルは、がっくりと膝をついた。

 莫迦莫迦しいが、辻褄は……多分、合う。

「今までの騒ぎは、なんだったんだ!」

 アルの叫びは、全くだ。

 特に、国を憂いて、魔王にちょっかいをかけ、挙句の果てに、無償で穴掘りを宣告されたエロジジィが聞いたら、憤死モノだろう。

 ……きっと、な。

 やれやれ。

「……それで、リトス。あなたは、一体、どこへ行こうっていうんです?」

 ぎく。

 呆然としているアルを置いて、こっそり外に出ようとしていた俺をヤツは、涙の滲んだ目で、止めた。

「やあ、アル。
 魔王の複製が、自分の意志でないと作れなくて、良かったじゃないか。
 てめぇが、唯一無二の存在だったらさ。
 多少悪政を働いても、誰も文句なんざ言えねぇし。
 ヘタに、俺が周りをうろうろしてて、何か間違いでも起こったら、複製が出来ちまうだろ?
 かえって、てめぇに迷惑がかかるだろうから……」

 そんな俺の言葉に、アルはクビを振った。

「ヒトにそこまで近い私が、永遠に生きられるとは、思えません。
 いずれ、衰え世代交代をするのなら、私は、リトスとの間に出来た複製になら……その子供に王の座を譲りたいです」

 そう、アルはにこっと笑うと、オレに向かって迫って来やがった。

「……あなたは、私が、嫌いですか?」

 切なく、涙がにじむほど、真剣な瞳に見つめられ、どきどきと鳴る心臓の鼓動に合わせて、ぶんぶんとクビを振る。

「……別に……っ! 嫌じゃねぇけど……!」

「……それは、良かった。先ほどの契約で、私はすでに、あなたのモノです。置いていかれたら、困ります」

「……ん、なコト言っても! 脅威が去ったら、俺は、てめぇを守る意味がねぇじゃないか!」

 だから契約は破棄だ、と言おうとした俺を、アルは、問答無用と、抱き上げやがった。

「~~コラ、離せ!」

「放しませんよ。
 苦難や、困難は、これからだって、きっと、山ほど続くでしょう。
 私とリトスの関係は、依頼主と雇われ人でも。持ち物と所有者でも、あるいは、その……夫と、つ……妻でも。何でもかまいません。
 どうか、一緒に居て下さい」

 口調は、お願いでも、アルの手は、しっかり力がこもってて、逃げられねぇ。

 じたばたしている俺に、アルは、機嫌よく微笑んだ。

「リトスと一緒の生活は、楽しみです。
 まず、手始めに二人仲良くベッドへと参りましょう。
 男女の営みってやつを試してみませんか?
 パンツを盗られた挙げ句、あなたに煽られて、私はすでにやる気、満々ですから」

「~~煽ってなんかねぇし!
 そもそも、あんなに複製の存在を嫌がってたのに、積極的に一つ作る気になりやがって!」

 俺の声に、アルは、にこっと笑ってクビを振る。

「複製を一つ、作る気はありません」

 そう言って、片目をつむった。

「あなたとの子供が欲しいです。最低、十人くらい」

 俺は、アルの言っている言葉が一瞬判らずぼんやりして次の瞬間。

 ボン、と顔が爆発するかと思った。

「~~そんなに、一杯! 身が持たねぇって!」

「きっと、賑やかで、楽しいですよ~~」

 アルは、ちっとも聞いちゃいねぇし!

 今まで、経験したことのない未来は、なんだか、とてもどきどきするけれど。

 アルにお姫様抱っこで抱えられ、アジトの地下室から、外に出てきた頃にはそんなに、悪い気はしなかった。


 俺の居場所は、アル胸の中にあるーーー


 そう、感じることが出来たから。

「リトス、愛してます」

「……どさくさにまぎれて、んな大事なことを言うな!」

「きゃ~~っ! 暴力反対!
 今殴られたら、あなたを落っことしてしまうじゃないですか!」

 前途は、多難そうだけど、ココロがぽかぽかしてっから、ま、いいか。

 アルと二人で戻る城への街道では、妖魔の大嫌いな太陽の光がいつまでも優しく降り注いでいるように見えた。




        <了>
 妖魔の住む危険な森に囲まれた世界。人々は魔法で作られた王に統治されて暮らしていた。しかし、その王が暴走。側近は現王を廃し、新しい王を作ることにした。王を複製するための素はパンツに隠した、との製作者の話により、複製の素は、パンツに隠された設計図ではないか、と推測。盗賊のリトスは、魔王のパンツを盗んで来るように依頼を受ける。
 リトスが魔王の城に向かう途中、妖魔にさらわれそうになっている銀の魔法使いを助けた。美しくもすぐ泣く、不器用な銀の魔法使いは、実は魔王。自分の命を助けたリトスに王は初恋し、寂しさのあまり我がままが過ぎた王に、リトスも愛を覚える。些細な行き違いからリトスは現王の破棄を意味する依頼を実行をするが、依頼主から王の話を聞いて、王と共に生きることを決意する。 企みは王の知る所になり、依頼主は罪を問われる。パンツに隠された魔王を複製するための秘密も判り、リトスは王と仲良く暮らす。

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:6

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

うそつき執事の優しいキス
/著

総文字数/50,821

青春・恋愛45ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア