…………

 幼い。

 まだ、四、五歳でしかなかった俺を、乱暴に突き飛ばして母親の元に返すと、父の弟である男が憎々しげに言った。

「リトス殿には……残念ながら、魔法使いの才はないようですな」

「……まさか、そんな!」

 口をへの字にした叔父の宣告に、俺の頭を抱いていた母は、首を振った。

「リトスは……それはそれは、記憶力が良いのです!
 どんなに長い魔法の呪文でも、一言一句間違えずに、覚えてしまうのに……!」

「魔法が使えるか、どうかなどと言うのは、記憶力の問題ではないのだ。
 全ては精霊の、御心のままに」

 叔父は、高笑いでも隠しているように芝居がかって、胸に手を当てると、父に向かって会釈した。

「残念ながら、八代続いた魔法使い長の家も、唯一の跡取りがそれ、では断絶ですな。次の権利は、我が家のモノだ……!」

 叔父は実に楽しそうに、にやり、と表情を歪めた。

「しかも、リトス殿は賢くても体力的に恵まれていない。
 戦士や、剣士のように重い武器を持てない以上。この村の皆と同じく、駆者として生計を立てるのなら。
 下賤な盗賊になるか、隣町で商人宅に奉公に行くか、いっそ春を売る踊り子になって身を立てるしか、なかろうな?」

 そう言い放って叔父はげらげら笑いながら、出て言った。

 そんな、がっくり肩を落とした父親に、幼なく、何も知らなかった俺は、駆け寄った。

「父さま……? 何がそんなに悲しいのですか?
 わたしは、師匠に習った魔法の言葉を全て覚えてしまいました。
 父さまが、喜んでくださるのなら、また、新しい言葉を覚えます」

 だから、笑ってください。

 ほめてください。

 そんな思いで近づいた俺を、父もまた恐ろしい顔をして、乱暴に突き飛ばした。

「魔法の才のない、役立たずなぞ、いらぬ!
 お前は、ワシの子ではない!
 目の届かぬ所になら、どこでもいい。
 消えてなくなってしまえ……!!」

 ………………

「……父さま……!」

 一声叫んで、起き上がろうとして……無理なコトに気がついた。

 怪鳥に切り裂かれた背中の傷がずきずきと痛み、うつ伏せに寝かされたままのカラダが、びくとも動かなかったから、だ。

 それでも……俺は、まだ生きているらしい。

 怪鳥ルブルムに襲われて、なお生きているなんて、奇跡だ。

 そして。

 さっきのアレは……夢だったのか。

 親父に『いらない』なんて言われて傷ついたのは、いつのことだったのか。

 見たくもねぇ。

 思い出したくねぇモノを見ちまったぜ。

 思わず舌打ちをして、ここは、どこだ? と、動きづらい首をなんとかまわして見れば、判る。

 真っ暗な空間を、魔法の熱のない光がぽう、と輝かせていたんだ。

 迫りくる岩の形から察するに、どうやら、ここは広い洞窟の奥のようだ。

 しん、と静かで、特に殺気もない。

 空気が動いてねぇところをみると、とりあえず安全な場所ではあるらしい。

 ま、ここが危ねぇ場所でも、動けねぇけどな。

 そして。

「大丈夫ですか?
 ここは、まだ、妖魔の森の中にある洞窟なんですが……」

 低い。

 でも、穏やかにかけられた声がする。

 出所を探れば、背中までの銀色髪を乱した長身の男が、俺の顔を覗き込んでいた。

 怪鳥ルブルムに連れさらわれかけていた男だ。

 どうやら、こいつも生き残ったらしかった。