「リトスよ。おぬし、パンツを盗んで来てくれぬかのぅ~~?」

「……一回死ね! てめぇは、よ!」

 下着を盗んで来いなんて、普通の依頼なんかであるはずもない。

 危険な森をたった一人で渡り、ようやく安全な宿屋にたどりついた直後の事だった。

 エロジジィの言いぐさに、俺は、怒りを込めて、両刃の短剣を構えた。

 だけども、のど元に鋭い刃の切っ先を突きつけられているとゆーのに、ジジィは、へっちゃらのようだった。

 白髪の老人で、俺の背丈の半分ほどしかないくせに、度胸だけは、スワっているらしい。

 ジジィは、人差し指をふりふりっと振ると、片目をつむった。

「だぁってのぅ~~ リトスどのだったら、出来ると思ったのじゃ!」

「俺が、いくら盗賊(シーフ)とはいえ、下着泥棒をするような下品な変態に見えるのか?」

「いや。どちらか、というと胸のない、かわいい女の子に見えるのぅ」

「やっぱり、一回死んでこい!」

 ヒトが一番気にしてることを、いいやがって!

 本気で刺す気になった俺の殺気に、ようやくジジィの顔色が変わった。

「わ~~! 待った、待った!
 これには、深~~い、事情、というモノがあるのじゃ~~
 おぬしが、夜の森をたった一人で渡って来た、優秀な駆者(くしゃ)と見込んで、本当に依頼がある。
 だから、話を聞いてくれんかのぅ~~?」

「言いたいことは、それだけか?」

 ヒトの着替えを覗いた、フトドキなエロジジィの首根っこを押さえれば、『この国の長老』と名乗ったジジィは、俺に短剣をつきつけられたまま、あたふたと言った。

「い、いや。その昔、ワシは『闇影の忍び』として、かなり名をあげたモノじゃ。
 そのワシの動きを気配だけでよみ切り、なおかつ、捕縛出来るとは、おぬしは、相当な腕と見た!」

「てめぇは単に、森を一人で超えて来た、珍しい、ちょっとキレイなよそ者を覗こうとしていただけだろう?」

「ぎく」

「宿帳で名前を調べたあげく、鼻の下をびろーんと伸ばして、鍵穴から着替えを眺めてたら。
 壊れたドアごと、バタンと部屋に入って来ただけのクセに……ちゃんと覗けなくて、残念だったな」

 力一杯脅すつもりで、短剣を構えたまま、俺がにやり、と笑ってやると、さすがのジジィも小さく喉を鳴らした。

 なぜか、俺に手を出したがる間抜けな男は後を絶たないが、こいつは、その中でも最年長クラスだ。

 それが、小国とはいえ、この国の民のまとめ役、って言うか、代表って言うんだから、アタマが痛い。

 ……ナニが、闇影の忍びだ、コラ。

 俺は不機嫌に、眉を寄せて言った。

「俺様の着替えの観賞料は、金貨五枚だ。
 そして、宿屋の主人にもう二ランク上の部屋を用意させろ。
 そいつの料金と、この壊れた扉の修理費もお前持ち……当然だろう?」

 俺に気を呑まれたか、自分でもちょっと高いかな? と思える金額をジジィは素直に俺に手渡し、言いやがった。

「……あと、金貨を五百枚欲しくないか?」

「百人の前で、着替えなんざしねぇぜ? ストリッパーじゃあるまいし」

 金貨五百って言ったら、一年間は遊んで暮らせる金額だ。

 ナニをさせる気だ、と睨むと、ジジィは、大げさに深呼吸をして……言った。

「おぬしに……魔王のパンツを盗んで来てほしいのじゃ」

「ああ? だから。ん、だよそりゃ?」

 さっきも言われたが、言ってる意味が、良くわからねぇ。

 聞き返したら、ヤツは、至極真面目な顔をして、言いやがった。

「ヒトの下半身を覆う、下着じゃ。
 ふつうは、ズボンの下、素肌に密着させて使うモノで……」

 ジジィの説明に、俺はため息をつく。

「……パンツの説明なんざ、いらねぇよ。俺だって、普通にはいてるから」

「おお、話が早くて何よりじゃ。
 では、是非。今、この国を支配している、魔王と呼ばれる男がはいてるヤツを盗んで来てくれたまい!」

「……謹んで、その話はなかったコトにしてもらう」

 話を聞いた途端、即決で、依頼を降りることにした俺に、ジジィが上目遣いで言った。

「な~ぜ~じゃ~
 そりゃ、魔王の機嫌を損ねたら、イノチは危ういかも知れんが、報酬としては、十分なハズじゃ」

 判ってないジジィの言い草に、俺はきちんと説明をしてやった。

「そもそも。
 ……誇り高き、駆者の盗賊(シーフ)は、ヒトさまのモノを奪って生計は立てない。
 剣を振りまわすだけの莫迦戦士や、頭でっかちの魔法使いとは違う。
 高い技術や身軽なカラダを資本に、妖魔の目を盗んで森を渡る。
 あまり大きくない荷物の運搬か、偵察が俺の主な仕事だから、だ」

 …………

 俺の知っている限り、世界は果てまで、もっのすごく面倒くさい森に、沈んでいた。

 どんなに頑張って刈っても、切り倒しても毒々しい紫色の木々や雑草がすぐに生えてくる。

 コイツは、人間や普通の動物には毒で、食べても燃やしても、アウト。

 花が咲けば花粉症の原因になるし、触っても痒い。

 そんな木や草に腹を立てたヤツが、一度森に盛大に火を放ったけれど、燃えたら燃えたで毒の煙を撒き散らす。

 緑の草木と一緒に燃え尽きても、紫の草だけが一晩で戻る辺り、やっぱり何かの魔法が掛かってたんじゃねぇの?

 怪しい草木がボーボーと生えっぱなし、って言うのは不便だ。

 単に、家を建てたり畑にする為の土地の確保に困る、というだけじゃねぇ。

 紫の木が目立つ森には、ヒトを食う妖魔が出るんだよ。

 どうやら太陽の光が苦手らしく、出て来るのは主に夜なんだけれども、今、俺のいる辺りは、森の影が濃くて昼間でも危ねぇかもしれない。

 大きさは、人と同じぐらいから、数十メートルの伝説の爬虫類なんてものもいる。

 そんなモノがフツーの動物より多く森の中を歩き回るうえ、特に白銀色に光るヤツに出会ったら、アウトだと思っていい。

 大人の男だって、ぱくっと一口、妖のおやつ。

 身を守る術のないまま、森に入ろうとしたヤツは皆、あっさりと妖魔の餌食だ。

 森に分断された都市ごとに高い壁で小国家を形成して、なんとか生き延びているって具合だ。

 生き残りたけりゃ、はびこる木々と妖魔から身を守るために石や木や、強力な魔法で高い壁を築くしかねぇからな。

 世間一般のヒトビトのほとんどは、自分の生まれた国から一歩も外に出ずに、一生を終えるヤツが多い。

 それでも、まあ。

 妖魔に傷つけられ、食われる者達は後を絶たなかったけれども、人間たちは、結構したたかに元気に暮らしていた。

 国々をめぐって商売をする商人や、その護衛。

 妖魔退治で金を稼ぐ者の中には、好んで森に出る者が居る。

 そんなイノチ知らずな人間を、ヒトは総称して森を駆ける者……『駆者』(くしゃ)と呼ぶ。


 ……俺みたいなヤツのコトだ。
 ………………

 今までずっとつかんでいたジジィの首根っこをぽいと離し、噛んて含めるようにジジィに宣言した。

「……だから、俺はぜっっったい、盗みをしない。
 下着泥棒なんぞは論外だ……判ったか?」

 俺の宣言に、ジジィはひょい、と片眉をあげた。

「……例えば、その『盗み』が、この国の民を救うコトになったとしても、かのぅ?」

「ああ?」

 突然思いもかけねぇコトを言われて、反射的に眉が寄った。

「ん、だよ、そりゃ?」

「おぬしが、聞きたくば、話せばなるまい。実は……」

「いや、俺は別に聞きたくねぇし」

 そんな、下着が絡むような下品な話は、まっぴらごめんだ。

 後は、勝手にやってくれ、と。宿屋の新しい部屋に移ろうとした俺に、ジジィが、ぴょ~~んと、飛びかかって来やがった。

 その、ジジィの軽いカラダが、俺の胴体全部を覆うように張り付いて、俺は、思わず叫び声をあげた。

「きゃ~~うわ~~!」

「頼む~~話ぐらい、聞いてくれ~~!!」

「ィヤ~~!!!」


 ばきっ!


 俺の放った強力な拳の一打は、正確にジジィの顎をとらえ、俺に無茶な依頼を持ってきたエロジジィは、めでたく夜空の星となった。


 きらりんっ☆


 ……【完】


「~~たのむ~~始まる前に終わらんでくれ~~」

 今、殴られて星になったハズのジジィは、超ソッコーで帰って来たかと思うと、今度は泣きつきやがった。

 ちっ、丈夫なヤツ!

 その様子に、思わず舌打ちする。

「……で? 話したいことがあるなら、さっさと話せ」

 クソジジィのカラダを張った訴えに、とうとう折れた俺が、額に浮かんだ青筋を隠さずに聞くと、ヤツは、自分の手をもみもみしながら話し始めた。

「この国は、民を統べる王が、強力な魔法を使って『森』からも国を守っておるのじゃが……」

「ああ」

 ジジィに言われて、来た時のコトを思い出した。

 ……この国は、魔法の触媒に使う、レアメタルを産出する鉱山を中心に、かなり大きな街が発展しているというのに、森から身を守る、高い塀なんてちっとも見当たらなかった。

 小さくはない街に、森がはびこって来ないなら。妖魔が入って来ないと言うのなら、相当に強力な魔法の力がかかっているに違いなかった。

 しかも、人間同士、国同士の決めごとや、公務の合間をぬって、なお。

 木や石の壁を作らずに『森』から国を守るとは、相当魔法の才に秀でた王に違いない。

 まさに、魔王、だ。

「その、王が……実は人間では、ないのだ」

「は?」

 言いにくそうなジジィの話に、俺は首を傾げた。

「人間ではない? じゃあ、一体『ナニ』をこの国の人間は『王』に祭り上げてるって言うんだ」

「……ホムンクルス、と言うモノじゃ。
 王自身もまた、二十年ほど前に、この地にやって来た偉大な魔法使いによって生み出された、ヒトによく似た……いいや。
 ある意味、ヒトを超えた力をもつ、生き物なのじゃ……!」

「……なんだって?」

 だから、ヒトにはとてもできないほどの能力を持ち、感情に流されず、甘言にも乗らず。時計のように正確な、理想的な統治ができたのだそうだ。

 そんな理想的な『王』と国を直接守る『魔法使い』を兼任するヤツの話に、俺は納得して頷いた。

「へえ……そんな奴がいるのなら。他の国でも、同じヤツを作ってそいつを魔王にすれば、世の中すっげ、平和になりそうだな」

 森に沈み、人を食う妖魔に襲われても、なお。

 争いやら、もめごとで、国同士ごたごたしているコトを考えると、そんなヒトにあらざる魔王は、もしかすると救世主かもしれない。

 俺が思わず感心してうなづくと「ところが、そう。上手く、行かなくての」と、ジジィは渋い顔をして言った。

 元は淡々と国を統治をし、国を守っているだけの人形のような王だったのに、年を経るごとに妙に人間くさくなり、贅沢な食事や酒。衣装を要求してきたそうだ。

 最初のうちは、功労者の言うコトなので、目をつぶっていた。

 けれども、それが国の財政を危うくさせるほど高額で、挙げ句の果てに生贄を要求するに至り、とうとう魔王を作りなおし、新しいモノと交代させるコトになったらしい。

 ジジィは深々とため息をついた。

「それを察した魔王自身が、自分の複製を作られるコトを嫌って、設計図と身体を作る材料の複製の元、全てを焼いてしまったのじゃ」

「へえ」

「ところが、先日。魔王を作り、一度はこの地を去った魔法使いが、現れての。
 予備の複製の元を、魔王も知らない場所に隠した、と言ったのじゃ」

「……まさか、その場所が」

「左様。魔王のパンツの中だと言うのだ。
 場所から考えて、薄い布に書かれた設計図だろう。
 だからおぬしに、パンツを盗んで来て欲しいのじゃ」

 長い話を終えて、ジジィはドヤ顔で、びしっと指を突きつけてきやがったが、俺は知らん。

「話は、判った。だが、昨今の盗賊(シーフ)は盗みをしねぇんだって」

「国家の行く末を左右するパンツじゃ。
 くれぐれも、大事に盗んで来るのじゃ~~」

「だから、ヒトの話を聞けッつぅの!」

 …………アタマ痛てぇぜ、くそったれ!








「うっひょひょ~~ やっぱ、ここらの森って、特に強~~烈」

 まだ、陽の光もある昼間だと言うのに、魔王の国の周辺には、ヒト食い妖魔がうじゃうじゃ出た。

 俺は最初、盗賊の名に恥じず、緑むせかえるような森を音も立てずに、注意深く歩いていたのだが。二組四本の鎌をもつ、人の背丈の三倍ほどの凶悪な昆虫に見つかったのが、いけなかった。

 追いかけてくる、それから逃げるため。

 小屋の床ほどもある平たい葉が、何枚もテーブルみたいに連なる、天然広場の上を走ったり、跳んだりして、逃げたら、俺の背後から、いきなり、めきめきっ、と音がした。

 何だろうと思って恐る恐る振り返って見れば、俺の乗っている葉の隣のヤツが、中心から折れ曲がり、さっきから追っかけて来る鎌昆虫を包み込んで、ばりばり食べているトコロだった。

「うひょっ! おっかねぇ~~!」

 葉が閉じる条件が乗っている時間なのか、重さなのか、よくわからねぇ。

 自分の足元にあるヤツも、ピクリと動いた気がして、俺は、必死に逃げ出した。

 ………………

 ……結局、俺は、ジジィの依頼を受けて、下着泥棒をすることになった。

 とりあえず、男の部類には入るらしい魔王の、パンツを眺めて喜ぶ趣味のヒトになったわけでは、断じて、ない!

 金貨五百枚と言う、高額な報酬に目がくらんだのだ!!

 ……って、こっちの理由もあんまり良くねぇな。

 やっぱ、邪悪な魔王から国を救うべく、立ち上がった一介の盗賊って方がカッコいい。

 今度、酒場で自慢話をするときは、そ~~言うコトにしておこう、うん。

 …………魔王が住む城は、国の中心ではなく、森と城下町の境にある。

 町から入る正規の道では、魔王が見張っていて城にこっそり入るのは不向きだ。

 だから、裏口から城に入るべく、魔の森を渡ることにしたのだが……

 俺みたいな招かれざる客を避ける、番犬代わりのつもりなのか、城の裏側には、凶悪な妖魔が、山ほど住んでいた。

 俺はその妖魔たちを倒すほどの、莫迦力はない。

 けれど、追いかけて来るヤツをかわし。

 自然にできた罠を解除し。

 それなりに、順調に森を進んでいた。

 ……はずだった……の……だが。

 
 あ゛ん゛ぎゃあ~~


 耳障りな怪鳥らしき鳴き声と、ばさっ ばさっ という巨大な生き物が、今、まさに飛び立とうとする音が聞こえた。

 何事か、と音の出所の左斜め前を見れば、魔王の国を出て、果てしない森の深部に続くその先に、開けた広場が見える。

 その場所から、一羽の怪鳥タイプの妖魔が、天空に向かって駆け上がるところだった。

 ……でかい!

 さっき、俺を追いかけて来た四本鎌の昆虫タイプもデカかったが、これは、さらに巨(おお)きい。

 身の丈は、およそヒトの十倍弱はありそうだ。

 全体は、白銀の水晶のような羽毛に覆われている鳥に近い。

 二つあるアタマのそれぞれに、ルビーみたいな瞳とくちばしが一つづつ、ついているところを除けば、だが。

 異形の妖魔の中でも、一番美しい、と言われ。しかし、反面、最高に凶悪な白銀の妖魔と言われる『ルブルム』だったのだ。

 その、鳥にヒトらしきモノが一人、捕えられているのが見えて、驚いた。

 女……いや、男か?

 地面を引きずりそうなほど、長い銀髪が、ルブルムの毒のある琥珀色のカギ爪に引っ掛かり、今にも空に、連れさらわれて行きそうだったのだ。
 魔法使い、か?

 いかにも動きにくそうな、貴重な布を無駄にしているだけにしか見えない服を着ている。

 ヤツは、妖魔から助かるべく、魔法の呪文を詠唱しはじめた。

 が。

 ……こいつ、莫迦か?

 その、魔法使いの唱える呪文を聞いて、俺はアタマを抱えた。

 それは確かに一発で、ルブルムを倒すコトができるかもしれないほど強力だったけれども。一刻(約二時間)ほども、ず~~っと、ぶつぶつ呪文を唱えていなければならず……

 呪文が完成するころには、魔法使いは確実に妖魔に食われて、骨だけになってる。

 こ~~んなトコロをうろうろしている以上、こいつもまた、誰かに下着泥棒に誘われたんだろうか?

 それとも、壊れかけの魔王を作った張本人、偉大な魔法使いって言う奴が国にいるらしいし、そいつかな?

 どっちにしろ、俺に、こんな妖魔をやっつけるほどの力はねぇ!

 それに無理して助けても、俺様の報酬が減るだけの気がする。
 
「う~~ん。どうすっかなぁ?」

 報酬減の原因であり、もしかすると莫迦かも知れない男とは関わりたくない。

 普段は即決で、逃げる方を選ぶんだがなぁ。

 今回に限って、一瞬迷った俺を、魔法使いの方が見つけやがったんだ。

 ちっ!

 気配を殺して隠れていたハズなのに、目ざといヤツ!

 ヤツは、呪文を唱えてたので何も言えないようだったが、その大きな目に、涙を滲ませて、うるうると、俺を見ていた。

 ココロの叫びは、もちろん『た~す~け~て~』なんだろう、な。きっと。

 だ~~!

 男のクセに、そんな目をして、俺を見るな~~!

 あんたも、誇り高き森の駆者ならば、自分のことは、自分で始末をつけろ、俺は、知らん!

 ……と。さっさとその場を離れるはずだったのに、俺が一歩離れると、ヤツは目の幅の涙をだくだく流して、無言の抗議をしやがった。

 その、草食動物みたいな澄んだ目に、俺は思わず、めまいを覚えた。

 ……仕方ねぇなぁ。

 俺は、腰の鞘(さや)から短剣を引き抜くと、跳んだ。

 絶対絶命の、間抜けな魔法使いを、助けるために。

  …………

………ところが。

 間抜けな魔法使いを助けてやろうと、わざわざ近寄ったと言うのに。

 返ってきたのは、感謝の言葉でなく悲鳴だった。

「きゃ~~わたしの髪! 切っちゃイヤ~!!」

 ああ?

 ……コイツ、男だよな?

 唯一、自力で助かる手段のはずの呪文の詠唱を止めてまで、魔法使いは俺に抗議した。

 大抵の国での女性の習慣以上に、髪を長く伸ばし、その顔は、びっくりするほど、整っていた。

 せはたかく身体は薄くとも筋肉がしっかり張り付いている。

 外見は、立派な青年男子のはずなのに、ど~~見ても、若い女のような言動が変だ。

 ルブルムの巨大な蹴爪に這い上がった俺は、爪に引っ掛かっている魔法使いの髪を切ろうと、構えていた短剣を思わず下げた。

「ん、なコト言ってる場合じゃねぇだろ!
 髪なんて、いつでも生えてくる!
 死にたくないんだろう? 切るぞ!」

「イヤ~~ 私の髪は一度切ったら、伸びないんです!
 それよりも、この鳥をちゃっちゃと、倒してください!」

 こ~~んな大きな妖魔を倒すなんて、魔法も力もない盗賊ができるか、莫迦~~!

 寝言を言ってる魔法使いの言葉を無視して、もう一度短剣を構えたとき。

 
 あ゛ん゛ぎゃあ~~


 という雄たけびとともに、どでかく赤い瞳が、ちらりとこちらを見た。

 みろ!

 もたもたしているから、ルブルム自身に見つかっちまったじゃねぇか!

 びゅっ、ざく!

 俺が、魔法使いの髪の毛を一ぺんに切ったのと、もう一本ある、ルブルムの足が俺に襲いかかって来たのが、ほぼ一緒だった。

 身をひねってルブルムの爪をかわそうとしたけれども、一瞬遅かったようだ。

 俺の背は怪鳥の鋭い爪に切り裂かれ、地上に向かって蹴り落とされた。

 カラダを動かすには適した、俺の革鎧(かわよろい)は、爪から身を守ってなんてくれなかった。

 ざっくりと背中を切り裂かれ、血を流し、俺は、背の高い木立のさらに上から、妖魔がうようよしている地面に向かって落ちていく。

 そう言えば、ルブルムの爪には、ご丁寧に毒までぬってあったっけ。

 ガラにもなく、人助けなんてするもんじゃない。

 あ~~あ。

 俺のイノチもここまでか……

『駆者』として一本立ちしてから、今まで必ず、どんな難しい依頼もクリアしてきたのになぁ。

 途中で終わらなくてはいけないコトが、ただ、ただ心残りだった。

 例え、それが間抜けな下着泥棒だとしても、残念だった。

 ぼろぼろに傷つき、落ちながら、俺は『死』を強く意識した。


 
 


 …………

 幼い。

 まだ、四、五歳でしかなかった俺を、乱暴に突き飛ばして母親の元に返すと、父の弟である男が憎々しげに言った。

「リトス殿には……残念ながら、魔法使いの才はないようですな」

「……まさか、そんな!」

 口をへの字にした叔父の宣告に、俺の頭を抱いていた母は、首を振った。

「リトスは……それはそれは、記憶力が良いのです!
 どんなに長い魔法の呪文でも、一言一句間違えずに、覚えてしまうのに……!」

「魔法が使えるか、どうかなどと言うのは、記憶力の問題ではないのだ。
 全ては精霊の、御心のままに」

 叔父は、高笑いでも隠しているように芝居がかって、胸に手を当てると、父に向かって会釈した。

「残念ながら、八代続いた魔法使い長の家も、唯一の跡取りがそれ、では断絶ですな。次の権利は、我が家のモノだ……!」

 叔父は実に楽しそうに、にやり、と表情を歪めた。

「しかも、リトス殿は賢くても体力的に恵まれていない。
 戦士や、剣士のように重い武器を持てない以上。この村の皆と同じく、駆者として生計を立てるのなら。
 下賤な盗賊になるか、隣町で商人宅に奉公に行くか、いっそ春を売る踊り子になって身を立てるしか、なかろうな?」

 そう言い放って叔父はげらげら笑いながら、出て言った。

 そんな、がっくり肩を落とした父親に、幼なく、何も知らなかった俺は、駆け寄った。

「父さま……? 何がそんなに悲しいのですか?
 わたしは、師匠に習った魔法の言葉を全て覚えてしまいました。
 父さまが、喜んでくださるのなら、また、新しい言葉を覚えます」

 だから、笑ってください。

 ほめてください。

 そんな思いで近づいた俺を、父もまた恐ろしい顔をして、乱暴に突き飛ばした。

「魔法の才のない、役立たずなぞ、いらぬ!
 お前は、ワシの子ではない!
 目の届かぬ所になら、どこでもいい。
 消えてなくなってしまえ……!!」

 ………………

「……父さま……!」

 一声叫んで、起き上がろうとして……無理なコトに気がついた。

 怪鳥に切り裂かれた背中の傷がずきずきと痛み、うつ伏せに寝かされたままのカラダが、びくとも動かなかったから、だ。

 それでも……俺は、まだ生きているらしい。

 怪鳥ルブルムに襲われて、なお生きているなんて、奇跡だ。

 そして。

 さっきのアレは……夢だったのか。

 親父に『いらない』なんて言われて傷ついたのは、いつのことだったのか。

 見たくもねぇ。

 思い出したくねぇモノを見ちまったぜ。

 思わず舌打ちをして、ここは、どこだ? と、動きづらい首をなんとかまわして見れば、判る。

 真っ暗な空間を、魔法の熱のない光がぽう、と輝かせていたんだ。

 迫りくる岩の形から察するに、どうやら、ここは広い洞窟の奥のようだ。

 しん、と静かで、特に殺気もない。

 空気が動いてねぇところをみると、とりあえず安全な場所ではあるらしい。

 ま、ここが危ねぇ場所でも、動けねぇけどな。

 そして。

「大丈夫ですか?
 ここは、まだ、妖魔の森の中にある洞窟なんですが……」

 低い。

 でも、穏やかにかけられた声がする。

 出所を探れば、背中までの銀色髪を乱した長身の男が、俺の顔を覗き込んでいた。

 怪鳥ルブルムに連れさらわれかけていた男だ。

 どうやら、こいつも生き残ったらしかった。
「……てめぇは?」

 誰だ? と言葉も出せねぇ俺に、銀髪男は心配そうに言った。

「私は、魔法使いです」

「……そりゃ、見れば、判る」

 俺の皮肉っぽい言葉を気にせず、ヤツは素直に頭をぺこり、と下げた。

「先程は、鳥から助けていただき、ありがとうございました。
 あの時は、髪を切ってまで助かりたくなかったのですが……。
 今は、助かってよかったと思います。
 私の代わりに、傷を受けてしまうなんて……あなたには、申し訳ないコトをしました」

「全くだぜ、迷惑だ」

 そんな俺の言葉に、魔法使いは黙って、その大きな目から、ぼたぼたと涙を流した。

 ……だから、てめぇは、男だろ?

 簡単に泣くんじゃねぇよ、仕方ねぇなぁ。

 それが、あんまり悲しそうで、俺は、ため息をついた。

「……傷は、受けた本人が『間抜けだったから』に他ならねぇ、気にするな。
 ……それより、てめぇ、名前は?」

「アルギュロス、です」

「じゃあアル。なんで森に一人でいたんだ?」

 俺の何気ない質問に、アルの目が驚いたように、見開いた。

「……なんだよ」

「今まで私はそんな風に、名前を縮めて呼ばれたことがなくて……」

「……迷惑か?」

「いいえ、とんでもない! 嬉しいです!」

 つい、さっきまでべそべそ泣いていた銀髪の魔法使いは、目をごしごし拭いて涙をぬぐうと、にこぱっ、と笑った。

「今まで私は、役職名のみで呼ばれていたんです。
 自分の名前がなんだったかも、忘れるほどでした」

 魔法使いは、言葉で全てを動かす職業だから、名前を呼び合うのを嫌う傾向にあるようだ。

 それにしたって、全く自分の名前を呼ばれない、なんてことはない。

「……てめぇ実は、トモダチいないだろ?」

 俺が突っ込めば、アルは、深々と溜息をついた。

「……なるべくキレイなカッコをして、皆の気を引こうとしたんですが、さっぱりで」

「女をひっかけるなら、ともかく。それでトモダチは、難しいんじゃねぇか?」

「えっ! そうだったんですか!」

 心底驚いたような顔に、俺はココロの中でアタマを抱えた。

 なんつ~~天然野郎だ!

 だけども、これで、女みたいに髪の毛一つでギャーギャー言ったのか、判ったような気がした。

 俺がこっそりため息をついたのを、知ってか知らずかアルは、指先と指先をツンツンさせながら言った。

「一生懸命お仕事しても、私の居場所は、どこにもありません。
 誰も友達になってくれるどころか、優しい言葉一つかけてくれないし。
 気晴らしに遊びに行こうと思ったら、道に迷っちゃって」

「……だから、てめぇは森の中にいたのか」

 いくら、この国では、森と街とを隔てる壁がないとは言え、こんなところを、うろうろしているなんて……!

 コイツ天然な上に、相当方向オンチだ。

 アルは、頑張ってもあんまし友達ができるタイプじゃなさそうだったし、とても寂しそうだった。

 そして、何よりも『居場所がない』って言う辛さは、俺は骨身にしみて判ってる。

 ……仕方ねぇなぁ。

「生きてこの森から出られて……なお。
 俺の依頼がクリア出来たら……この国を離れる前に、一回ぐらい、てめぇと遊んでやってもいい」

 この、傷ついたカラダでは、絶望的に無理な話に近かった。

 だけども思わず、俺の口をついて出た言葉に、ヤツはとても嬉しそうな顔をして、表情をきらきらと輝かせやがった。

「じゃあ是非、森から無事に出て、あなたのお仕事をかたづけてしまいましょう!
 私が出来ることなら、何でもお手伝いしますよ?
 その、依頼ってなんですか?」

「……う」

 それは、下着泥棒だ。

 ……なんて。

 この天然で純粋な目を持つ、間抜けな魔法使いに到底言えず、俺は言葉をにごした。

「……その……この国の魔王の城に、用があるんだ。
 だが……ルブルムの毒をくらって、俺はびくともカラダを動かせねぇ……
 依頼を片付けるどころか、生きて、森を抜けることだってできるかどうか……」

「……死なせは、しません」
 
 俺の言葉に、アルは、初めてきりっとした表情を見せた。

「私が絶対に、あなたをこんなところでは、死なせません。
 ……二人で生きて、無事に森から出ましょう」





 

「今でも、信じられねぇ~~!
 てめぇが、魔王だったなんて!!」

 俺のココロから叫びに、切られた髪が二度と伸びない他は、まるで人間と同じカラダとココロを持つ、ホムンクルスのアルが……この国を統治する、アルギュロス王が、にこっ、と笑った。

 …………

 俺は、結局。

 ルブルムに切り裂かれた傷と毒のために、自力では少しも動くことのできなくなっていた。

 カラダを動かすどころか、意識を保つのも危うかったぐらいだ。それでもアルになんとか、短い詠唱時間で強めの力が出る、使い勝手の良い魔法を教えることができた。

 ちょっと教えただけで、魔法が使える事が出来たなんて、さすがに魔王。

 その魔法でアルは、俺を連れて危険な妖魔の森を越える事が出来たのだ。

 でも、担ぎ込まれた先がとんでもなかった。

 なんせ、……あろうことか、俺の目指していた魔王の城だったんだから!

 城に入った途端『間抜けな魔法使い』から『わがままな魔王』に大変身したアルの号令、一発。

 国中の医者や、魔法使いが総動員され、俺はイノチをとりとめたのはよかったが。この国の全ての治療技術を使っても、俺は以前のように森を渡り、依頼を受けて生計を立てるのは……無理かもしれなかった。

 例え、傷が治っても、ルブルムの毒で、麻痺が残ったからだ。

 なんとか歩けるまでに回復しても、それ以上のコト……走ったり、跳んだりすることは、もう、出来ない。

 それは何もできない『魔法使いの子供』だった俺が、苦労して手に入れた『盗賊の駆者』としての身分を捨てる、ということだった。

 でも俺は、また何もできねぇ、誰からも必要とされないモノになり下がるのは、絶対、嫌だったんだ。

 とてものんびり寝てなんていられず、ふらふらとベッドから起き上がったところを、公務の間を縫って、頻繁に顔を出す、アルギュロス王に止められたところだ。

 ベッドから落ちて、出口に向かってジタバタしているところを、アルはひょいと、横に抱いて一瞬、ぎゅっと抱きしめた。

「あなたが、私を王だと信じられないのなら。私にだって、あなたについて、信じられないことがあります」
 
 俺をベッドに放り込みながら、アルは優しげにほほ笑んだ。

「勇敢で、美しく、私の命を救ってくれた、リトス。
 あなたが、まさか。
 ……女性だった、とは」

「……るせぇな」

 アルは、俺の右手を、自分の両手で大事そうに、包んだ。

 その手が意外に強く、振り払おうとしてもびくともしねぇ。

 俺が、じたばたしているのに気がついて、アルが言った。

「何を恥ずかしがって、いるんです?」

「嫌がっているんだ、莫迦~~!!」

 思わず叫んだ俺を、アルは、完全に無視した。

「城に帰り、リトスの傷を手当てしようとして、はじめてあなたが、女性だと判ったときの感動と、ときめきは、今でも、覚えています。
 思い出すたび、鼻血が出そうになるほど、鮮明に」

「すぐに、忘れてくれ」

 アルは、やっぱり俺の言葉を無視して、潤んだ瞳をこちらにまっすぐ向けた。

「この……あなたを見るたび、胸にきゅん、と迫るはじめての感覚は。
 もしかしてウワサに聞く、恋と言うモノか……?」

「知らねえよ、俺だって!」

 そう、今まで俺は、どう過酷な森で生き残るかで必死だった。

 仲間の駆者に莫迦にされねえように、気を張っているばかりで、そんな色恋のコトなんて、俺は知らない。

 そもそも、男なんて言うシロモノは、酒場で意気投合しない限り、イノチを賭けるほどのライバルになるだろう。

 もしくは、俺に下着泥棒を持ちかけたエロジジィのように、鼻の下をびろーんと伸ばして突っ込んでくるヤツぐらいしか、知らねぇ。

 だから、こんな切なげな表情をして迫ってくるヤツなんて、初めてで、妙に落ち着かなかった。

 俺の方だって、とっくに胸がドキドキで、とても、まともにアルのキレイな顔なんて、見られなかった。

 そんな俺にかまわず、アルが、ぐぃ、と迫る。

「あなたが依頼を受けて、この城に取りに来たモノはなんですか?
 どんなモノでも全て差し上げます。
 ですから、それを依頼主に届けさせれば、お仕事は完了ですよね?」

「ま……まあな。
 でも……もし、俺の要求するモノが、お前の『王』としての地位を危うくしたり。ましてや、イノチに関わるものだったら、どうするんだ?」

 俺の質問にアルは、強い瞳で、射抜くように俺を見た。

「私は……実はヒトではありません。
 病弱だった先代の王が、自分の代わりにこの国を統治出来るように姿を似せて作った人工の生命。ホムンクルス、という生き物です」

 アルは俺を見つめたまま、静かな声を出した。

「私は『王』としてこの国を『統治』するためにだけに生まれました。
 ですから私が『王』の座を降りる、ということは、自分の存在意義を失うコトになり……それは死ね、と言われるのと同じ意味を持ちます。
 リトスの狙うものが、私が『王』であることを剥奪するものでないことを、心から願います。
 が、一方で……」

 言葉を一旦切ったアルは、暗く嗤った。

「誰も『私』を顧みてくれない『王』の地位や、それに伴う『自分の命』よりも、リトスの方が大切です。
 ……私はあなたに命を救われた身ですから。
 あなたにだったら、この命でさえも差し上げましょう」

「アル……アルギュロス……お前……」

 アルの思いが、切ないほど俺の胸に突き刺さった。

 魔王の城に数日間世話になり、アルの仕事ぶりを見る限り、ヤツの紡ぐ言葉にウソがないことは、良くわかる。

 俺と二人だけでいるときは、こんなにくるくると表情を変えるのに『魔王』として皆の前に立つときは、だいぶ違う。

 金の玉座にただ一人。

 孤独で、ぞっとするほどに硬く冷たい表情で、仕事をこなしてた。

 国を背負って立つ、ということはそう言うコトなのかもしれない。

 だけども、俺と一緒にいるときのアルが、本当のヤツの姿だとしたら、こんな毎日は、あまりに酷に違いなかった。

 思わずため息が出た。

 俺の手を握るアルの手にも力がこもる。

「……ですから、あなたの望みのものを教えてください……!」

 アルの声は、真剣だった。

 だからこそ、なおさらアルを王の座から引きずり下ろすため、複製の設計図を手に入れるから『お前のパンツが欲しい!』とは言えなかった。

……だってそれは、アルに『死ね』と本気で願うのと同じことだからだ。

 何も言えずに困っていると、アルが明るく笑った。

「はやく、あなたのお仕事を終わらせて、是非……!
 森でした約束を違えず、私と遊んでください」

 アルは、とても楽しみにしているから、と、嬉しそうに言った。

「あの時は、男同士、こっそり町に繰り出す予定でしたが、あなたが女性だと判った以上、是非っ!
 わ……私と、そのっ……!
 べットの上で、遊んでいただければ……!」

 ……え?

 アルが、何を言っているのか判った途端、言葉よりも先に、拳がうなった。

 麻痺が残って、以前より、だいぶ遅いはずだったのに、怒りのつまった俺の鉄拳は、アルのあごを正確にとらえたかと思うと、ヤツを星に変える。

「大莫迦野郎~~!!!」

「っきゃ~~~っ!?」

 ばびゅんっと、窓から青空に向かって殴り飛ばされたヤツを見ながら、俺は生まれて初めて、泣きそうな気分で、肩で息をしていた。

 アルが真っ赤な顔で、自分の胸の痛みを訴え、俺に迫ってくるところまでは、そんなに嫌ではなかった。

 いや、むしろ嬉しかった、かもしれないのに『ベッドの上で遊ぶ』と聞いて、俺の中で何かがキレた。

「……てめぇも、結局、他の男と同じか?」

 思わず出た、地を這うような低い俺の声に、超ソッコーで部屋に戻って来た、アルがぎょっと、一歩身を引いた。

「え……ええっと……?」

 俺の怒っている場所が判らねぇらしい。

 アルが戸惑ったように、首をかしげたのを無視して、怒りの声をあげた。

「……そんなに、俺のカラダが欲しいか?」

 男ってヤツは、どいつも、こいつも……!

 俺が女だと判ったとたん。ほとんどの男が全員取る言動を、アルも繰り返したところに、俺は猛烈に腹を立ててた。

 アルとの約束は、この国を離れる前に『一回』遊ぶことだった。

 俺は、一夜の遊び相手なんざ欲しくなかった。

 ずっと一緒にいられる『居場所』がほしかったのに。

 胸が痛い?

 ときめき?

 アルの言葉は、てっきり、俺を丸々受け入れてくれる言葉だと思ってた。

 なのに、違うのか?

 結局は、ソレがしたいだけじゃねぇか!

 カラダだけが、目当てなんじゃねぇか!!

 てめぇが、そう来るつもりなら、もう、ためらわねぇからな!

 俺は、ペッドの上掛けを一瞬握りしめると、アルに言った。

「……魔王(おまえ)のパンツが欲しい」

「……は?」

 思いもかけなかったらしい、俺の言葉に、アルが、きょとんとした顔をした。

「てめぇのパンツが、破棄寸前の古いやつも、洗濯中のも含めて、全部欲しい。
 もちろん、今はいているヤツもだ」

「はい?」

 ますます、よくわからねぇらしい、アルに、俺は、ぐぃ、と睨んで言った。

「……俺を抱かせてやる、と言ったんだ、莫迦。
 召使いに、パンツを運ばせ、自分のヤツを脱いだら、てめぇは、湯浴みをしてこい。
 ……望み通り、これから一回遊んでやるから」

「それに、パンツを使うんですか?
 ……ずいぶん変わった遊びをするんですね?」

 アルの言葉に、ぎろり、とにらんでやるとヤツは、ぱたぱたと手を振った。

「で……でも。あなたの依頼は……?」

「……てめぇは、なんでも、俺にくれるんだろ?
 ならばもう、仕事は終わったのとおなじだ。
 それ、が終わったら、俺の依頼内容を言うから。てめぇは、とっととパンツを集めてから、湯浴みに行って来い!」

 殴られるほど、がんがん怒られたあげく『遊んでやる』って言う言葉に本当に戸惑っているらしい。

 それでもアルは、こくこくと頷くと、ベルを鳴らして召使いを呼びつけた。

 そして、まだ首を傾げながらも、嬉しそうに言った。

「この国では、愛しく思う相手と初めてベッドで契る時。身につけている宝飾品を一つ、差し上げる習慣があります」

「……俺は、何もやれないぞ?」

「あなたからは、何もいただかなくてもいいです。ですが、私からは、これを……」

 そう言って、アルは自分の耳に付いているイヤリングを一つはずした。

 いかにも、きらめく光の魔法が掛かっているような、上品で、高価そうな耳飾りを自分の手で俺の右耳に付けてささやいた。

「……これで私は、あなたのものです」

「~~~っ!」

 言われ慣れてない『愛の言葉』に、俺のアタマは沸騰しそうになった。

 だ……ダメだ。

 もうダメだ。

 とっとと仕事を終わらせて国を出ないと、なんだか取り返しのつかないコトになりそうだった。

 夜の森は、もう俺には渡れない。

 だけども、昼間なら……

 どっかの駆者のパーティか、商人のキャラバンに入れてもらえれば、この国を出ることが出来るかもしれない。

 いや、出てみせる。

「……リトス?」

 なんだか、心配そうなアルの顔を見てると、余計に決心が鈍ってきそうだ。

 召使いが、パンツの小山置いて去ったコトを確認して、俺はわざと怒鳴った。

「……てめえは、さっさと自分のパンツを置いて、湯浴みに行って来い!」