この国には、レアメタルが産出される地下鉱脈が何本も通り、活気がある。

 一応治安維持には、神経を力を入れているようだったし、城の中と町へと続く正規の道には、魔法の網が張ってあるものの、どこにだって抜け道はある。

 外から中に入るのは難しくても、中から外へ出る分には、そう難しくない。

 魔王の城へ下着泥棒に入るのは難しく、妖魔の森経由で入ることを考えなくてはいけなかったけれども。

 客分扱いになっての帰りは、例えソレが魔王に無断でだとしても、簡単だった。

 アルが昼間からのんびり湯浴みをしている間に、俺は、城内に設置されている役所へ滑り込み、さまざまな手続きをしに来てる商人たちに混じって外に出た。

 その気になれば、俺の姿はアルから丸見えだろうに、誰からも声をかけられなかった。

 たぶん、ヤツは、パンツ無しの間抜けなカッコのまま、俺と、どんな遊びをするのか楽しみにしていて、城を守るどころの話じゃないのかもしれない。

 今、追手をかけられたら逃げられねぇから、そうでないと、困る。

 何しろ、俺にとっては、普通の平らな廊下や舗装された道を普通に歩くのも、とても難しい。

 ルブルムにやられた毒で、思ったよりもカラダが動かなかったから、もう二度と駆者の盗賊とは、名乗れないだろう事を身にしみて思い知らされた。

 荷物を抱え、足を引きずり、休み休み。

 それでも、俺の後をつけてくる影がないことを確認しながら、俺はようやく。

 ジジィとの待ち合わせの宿に、たどりつくことができた。
 
 …………

「おお、遅かったの~~もう、来ないモノだと半分あきらめていたところじゃ」

 待ち合わせの宿屋の地下にある隠れ家(アジト)で、ジジィがにまり、と目を細めた。

「それで、依頼のモノは?」

「……ああ。これで全部だ。本人がはいていたやつまでブン捕って来たから、多分取りこぼしはねぇと思うぜ?」

 言って、目のテーブルにパンツをどさっと置くと、ジジィは目を丸くした。

「なんと! 本人がはいているモノまでとは!
 さすが、ワシが見込んだだけある! 実にみごとじゃ!」

 そう言いながら、伸ばしたジジィの手を、俺は、べしっ、と叩いた。

「おお~~いたたたっ! 何をするんじゃ……って、約束の報酬か?
 心配するな今、支払ってやる。これじゃ!」

 ジジィが本当に、金貨五百枚はありそうな、重い小袋を置いたのをみて、俺は、軽くため息をついた。

「……モノの受け渡しの前に、聞きたいことがある」

「なんじゃ?」

「もし、この中に、本当に設計図があって、無事に複製が出来た場合。アルは……今の魔王の運命は、どうなるんだ?」

 そんな俺の質問に、ジジィは、目を伏せて言った。

「……まず、王の座の剥奪じゃの」

「……ああ」

 ま、当然だな。

「それと、国民には秘密裏の破棄」

「……」

 今は、この国の統治を行っている王がヒトではない。

 ホムンクルスであることは、周知の事実だが、建て前上は病弱な先代の王が、続けて支配していることになっている。

 だから、もし複製が出来たら、扱いにくくなった王は、入れ替えられ……古い方は殺される。

「しかし、いくら外見が同じでも、よく入れ替えなんて言うことが、出来るな。
 身近な召使いや大臣に気づかれて、騒ぎになるだろうに」

「計画は、その身近なモノ達が企てたからやつだから、そこで困ることはない」

「そうか……」

 ある程度、予想通りだがなんとも、やるせなかった。

 つまり、アルは……実は、名前さえも無い、あのホムンクルスは、哀しい。

 生きているときには、居場所が無く、そして、死んだ後でさえ、ヤツが生きた証を抹消されるって言うんだから。

 俺は、思わず、深々とため息をつき、腹をくくった。

 ぎゅっと、ジジィを睨みつけて声を出す。

「……要らないモノだと言うのなら、俺にくれ」

「なんじゃと?」

 俺の言葉に、ジジィが片眉をあげて、にまり、と笑った。

「おぬしの耳には、この前は無かった、高価そうな飾りがついておるのぅ。しかも、片一方だけ」

「……」

「……王に抱かれて、情が移ったか?
 やめとけ、やめとけ。あやつはヒトではない。
 しかも、キレイなのは、今だけじゃぞ?
 一度切った髪は生えぬし、いずれはハゲる運命じゃ」

「そんなんじゃねぇ! 別に抱かれた覚えはねぇし!! 外見の問題でもない!」

 それは、居場所がない者同士、ココロが確かに触れ合ったから。

 例え。男のクセにすぐに泣く、情けないヤツだとしても。

 ……本当は、俺のカラダにしか興味なかったとしても……

 死んでゆくのを、そのまま見過ごして良い命ではなかった。

 俺の真剣な訴えに、ジジィは肩をすくめた。

「引き取っても、役立たずだぞ?
 贅沢に慣れた上、世間知らずで、生活能力は皆無じゃ。
 一応魔法の才はあっても、呪文の長い、大きな魔法しか使えんし、おぬしもカラダの具合が、良くなさそうだ。
 二人仲良く、共倒れるか?」

「てめぇに心配される覚えは、ねぇよ」

 ジジィのヒトを値踏みするような下品な視線を無視して、俺は嗤う。

「短くて、ヒト様の役に立ちそうな呪文なら、俺が山ほど知ってる」

 何しろ、俺は筋金入りの魔法使いの子供だったから、ガキのころには、沢山の呪文を教え込まれた。

 魔法の才がない俺は、いくら覚えても、役に立たなかったが、アルにとっては、多分違う。

 覚えたら、その分だけ力を発揮するだろう。

「俺があいつを責任もって『魔法使いの駆者』に仕立ててやる。
 そしたら、この国には、二度と帰って来させねぇよ。
 自分の身を危うくさせるものが、こんなに近くにいるんじゃ、未練はねぇだろうし」

 俺の言葉に、ジジィはにやり、と口をゆがめた。

「そこまで言うなら、譲ってやろうかの。
 ……ただし、タダ、というわけには、いかぬ。
 壊れかけのホムンクルスの値段は、金貨五百枚だ」

「……そう、来ると思った。いいぜ。
 今回の報酬を丸々ヤツの、イノチの値段に当ててやる。
 だから……」

「足りないのぅ」

「なに!?」

 ジジィは、俺の話の腰を折り、ずるそうに笑うと、金貨の袋の口を開けた。

 すると袋から、金貨ではなく小石が転がり落ちて、床の上にばらまかれる。

「見ての通り。金貨五百枚には、ほど遠い」

「……てめぇ! 騙したな!」

 俺の抗議に、ジジィはひょい、と肩をすくめた。

「おかしぃのう? 入れた時には、確かに金貨だったのに。
 おぬし、一体どんな魔法を使ったのかの?」

 わざとらしいジジィの言い草に、俺はカッと腹を立て、怒鳴った。

「ざけんじゃねぇ!
 てめぇがその気なら、俺だって本物のパンツを渡さねぇからな!
 俺だって、駆者になってから、長く経験を積んでいるんだ。
 質問には、べらべら応えてくれるし、こんなコトだろうと思って、隠してきたんだ」

 そう言ったのに、ジジィは、あっさり言葉を吐き捨て、笑う。

「それこそ、ウソ、じゃな」

「なに!?」

「宿の上から、街道を歩いてくるお前を眺めていたが、まるで、毒でも飲んだように、酷く調子が悪そうだったのぅ。
 そんなお前が、本物をどこかに隠し、新しいモノを大量に買い込んでここに来れるとは思えぬ。
 そのパンツは、本物じゃ」

「……」

 黙った俺に、ジジィが迫って来た。

「小なりとはいえ、国家に関わる問題だから、の。
 口封じをしようにも、手先が器用で、身の軽い盗賊を閉じ込めておくことは出来ぬ。
 依頼が終われば、おぬしを殺めてしまおうと思っておったが……
 カラダの自由が利かぬ、というのなら話は別だ」

 ジジィは、さらに迫って、ひょっひょっひょっと、怪しげに笑った。

「喉を潰して、言葉を封じ、夜の街に売ってやろうかの?
 おぬしは、胸はなくともイイ女だから、すぐに金貨五百は稼げるぞ?
 問題は、その金がおぬしの懐に入らぬ、ということぐらいで」

「ふざけるな!」

「なに、盗賊を廃業するしかなさそうなおぬしに、新しい職業を斡旋しようというのじゃ。売春婦、っていう職業を、の!」

「冗談じゃねぇ!」

 男たちに弄ばれる前に味見をさせろ、とばかりにジジィは指を怪しい形に曲げて、わきわきと動かして迫る。

 そんなエロジジィを切って捨てるつもりで、俺は、短剣の鞘を抜きはらおうとした。

 と。

 その時、突然。

 ドバンッ!

 と言う信じられねぇ音がして、アジトと地上をつなぐぶ厚い扉が盛大に、吹き飛んだ。

 驚いて俺とジジィが、目を向けると、数人の人影が、部屋に飛び込んで来るりが見えた。


 ……げほけほごほっ!


 もうもうと上がったホコリを一番吸い込んだのは、どうやら、その先頭にいるヤツらしい。

 せき込みながら、煙とともに入って来た間抜けな男は……。

「「アルギュロス王」」

 俺と、エロジジィの声が、重なった。

 アルは、魔法の産物の操り人形のような衛兵に命令して、あっさりジジィを捕まえたかと思うと、俺を見た。

「……私に黙って出て行っては、いけません」

 ホコリが目に入ったのか。

 それとも、本気で悲しんでいるのか。

 アルは人目があるのに、涙目で言った。

「しかも、あなたがまた、私のために、こんな危ない目にあうなんて。
 何もできない私を、駆者へと導こうとしていたなんて……!」

 そう言ってアルは、目の幅の涙をだくだく流す。

「何で、お前はここが判ったんた……?
 しかも、話していることまで……!」

 例え、廃業寸前だとしても、俺は盗賊だ。

 尾行されて、気がつかないわけはないし、俺たちの声が聞こえるほど近くにいたとしたら、気配で判ったはずだった。

 呆然としている俺を見ながら、アルはごしごしと涙を拭いた。

「私のイヤリングを、取らずにいてくれて、嬉しいです。
 それについている魔法の石が、あなたが聞いた音のすべてと、居場所を私に伝えてくれました」

 なんだって!

 確かに、耳飾りを見たときに魔法が掛かっているような感じがしていたが……

 それは、ただ石をキレイに光らせる魔法だけじゃなかったんだ。

 俺が聞いた音の全て、ということは、もちろん。俺自身が、しゃべった言葉も全て、ということで……

 俺が、ちらりとアルを見ると、ヤツは、にこっと笑った。

「何も言わずに、パンツを持って行かれた時は、とても悲しかったのですが……
 あなたが、何を考えていたのか判って……
 私は、本当に……本当に、泣くほど嬉しかったです」

 俺は……アルについて、何を……言ったっけ?

 大したことは言った覚えはねぇが、自分の顔が、ボンっと赤くなるような気がした。

 う~~調子が狂う。

 ガラじゃねぇ!

 ジタバタしている俺に、アルはびっくりするほど優しくほほ笑むと、それから、ジジィの方に向かって、ぎらり、とにらんだ。

「……それで、そなたの方の処遇だが」

 アルは……アルギュロスは王の顔をして、ぞくり、とするほど凍った声を出し。

 ヒトでない衛兵に両脇を捕まえられて、身動きが取れないエロジジィはヒッ、っと小さく息をのんだ。

「わ……わしは、ただっ……! 国の行く末を憂いて……!」

 さっきまでの言動は、どこへやら。

 真っ青になって、しどろもどろに言い訳をするジジィに、アルギュロス王は、冷酷に笑った。

「そして、我を王の座から引きずり下ろすため。
 盗賊を雇って、我の複製を作る設計図を盗もうとした、と?
 その図が中に挟まっているかもしれない下着ごと?」

 アルギュロス王の目がすぃ、と細まった。

「愚か者。そんな中に、設計図などあるものか。
 そなた。まやかしに踊らされたな」

「し、しかしっ! 魔法使いが、確かに、言っていたのじゃ……
 王が作られた時、本人に内緒で、予備の設計図を隠した、と……!」

「……我が作られて、二十余年だ。その頃あつらえた下着を、我が捨てもせずに、ずっと使い続けていると思うか?」

 王は、呆れてため息をついた。

「下着は、基本。年末にすべて破棄され、新年に新調する習慣になっている。
 なのにパンツのみ、二十年間使い続けているわけがない」

 王に言われて確かにそれもそうだ、と思ったのは、とりあえず俺だけじゃなかったようだった。

 黙ったジジィに、アルギュロスは、肩をすくめた。

「今回、結局手に入れられなったとはいえ。そなたの犯した罪は『反逆罪』と言って過言ではない」

「……しかし……!」

「ああ、確かに。我も、無茶な遊びが過ぎたことは認めよう。
 だから、罪の代償に、そなたと、この件に関わった仲間達の命まで取ろうとは、言うまいよ」

「……王」

「……だが」

 少し、ほっとした顔のジジィにアルギュロスは冷たく、微笑んだ。

「そなたが、このリトスに吐いた暴言の数々を聞いて、我はすこぶる機嫌が悪い。
 四、五年ほど、我が国の地下鉱脈にとどまり、無償奉仕で穴でも掘っているがいい」

 王の審判に、そんなぁ~~、と。

 眉毛を下げて、ジジィは情けなさそうに呟いたけれども。王は、問答無用と衛兵に、ジジィと、その仲間らしい、この宿屋の従業員をひったてさせた。

 ……終わったな。

 ジジィの姿が完全に、宿屋の地下から消えてなくなると、俺は、ため息をついた。

 もし、今度っていう機会があるのなら、報酬の多さだけで仕事を決めるのは、よそう。

 なにしろ、今回の依頼は、散々だったからな。

 不本意な下着泥棒の片棒を担いだ挙げ句、カラダを壊して、回復のメドもたたねぇ。

 結局、肝心の金も手に入らなかったし。

 やれやれ、と、このホコリっぽい地下室を出るために、歩こうとした時だった。

 俺に更なる災難が降りかかってしまったのは。
 がくっ、と俺の膝が砕けた。

 今まで、弱気を見せまいと突っ張ってたから、変な緊張の糸が切れたのか、自分ても良くわからねぇうちに、転びそうになる。

「う……あっ!?」

 カラダが上手く動かねぇ!

 体勢を整えようにも、ほとんど自由にならずに動揺し、かえって派手に転がろうとする俺を、アルが支えた。

「リトス……! 大丈夫ですか!?」

「あ……ああ、大丈夫だ。 すまん」

 転ばないように助けてくれたアルに礼を言ってもう一度、自力で立とうと試みようとしたのに無理だった。

 アルが俺を後ろから抱き寄せたからだ。

「なんだ? ……離せよ」

「いいえ、離しません」

 アルは、思いの他、しっかり俺を抱きしめると、耳元でささやいた。

「この手を放したら、あなたはまた、どこかへ行ってしまうでしょう?」

「……まあな」

「この国に留まっては、いただけないんですか?」

 俺を抱くアルの腕に、力がこもる。

 ヤツの顔は、見えなかったけれど、もしかしたら、アルは泣いているかもしれない。

 ……そんなふうに、思った。

 だけども、俺はあえて首を振る。

「依頼仕事は、一段落したみてぇだし。今の俺が、この国で出来る仕事は……なさそうだし」

 この国だけではなく、他だって、カラダの動かない盗賊が出来る仕事なんてあるのかは、謎だが。

 それでも、ここから出て行くと言った俺をアルはぎゅっと抱きしめた。

「あなたが、ルブルムの毒を受けた原因は、私にあります。
 滞在中の身の回りのことは、全て手厚く快適であることを保障しますから。
 国を出るのはせめて、もう少し回復してからにしては、いかがですか?」

「だから、傷のことは気にするなって、前にも言ったはずだ。
 それに、毒で動かなくなった手足が、完全に回復するメドは立ってねぇ。
 カラダの調子を言い訳に、いつまでも食って寝るを繰り返すだけの役立たずには、なりたくねぇんだっ……!」
 
 
 特に、アルのすぐそばにいると、自分がダメになりそうで、絶対嫌だった。

 アルが王の座を奪われ、その命が風前の灯だというなら、一肌脱ぐつもりだったが、逆の立場で庇われたら俺はアルに甘えるつもりは一切なかった。

 俺の辞書には、どこをどう見ても『甘え』の文字はねぇから俺じゃなくなりそうで、嫌だったんだ。

 自分の説得をことごとく無に帰す、俺のセリフを聞いていられなくなったらしい。

 アルは、言葉の途中で俺の両肩を乱暴に掴むと、くるり、とひっくり返して俺の瞳を覗き込むように言った。

「では、仕事の依頼があれば、あなたは、この国を去らずとも良いんですね?」

「ああ……まあな」

 まともに見たアルの顔は、やっぱり泣いていた。

 けれども。その瞳は、なんだかスワってるような気がする。

 まるで開き直ったみたいなアルに、うなづくと、ヤツは、言った。

「この件は、まだ解決してません」

「……へ?」

 今度は、何を言い出すんだ!

 衝撃的な発言に、驚く俺に、アルは、肩をすくめた。

「実は、私自身もホムンクルスの設計図のありかが、判りません」

 ジジィにはああ言ったが、自分を作った魔法使いは用心深いから本当は、予備がどこかにあるのかもしれない、と王は言った。

「設計図が破棄出来ない以上、私を疎ましく思う者がいれば。
 今回みたいな設計図をめぐる事件が、また、きっと起こります。
 ですから、あなたには、私を守って欲しいのです」

 ある日突然、自分と全く同じ外見を持つ複製から交代せよ、と言われるのが死ぬほど嫌なんだ、とアルは身を振るわせた。

「だとしても、俺は、何も出来ない」

 自分の身でさえ、もて余しているのに、王の身を守る護衛の仕事が出来るとは、思えねぇ。

 なにしろ、アルが『王』の立場でいるならばそんな輩は、力で潰してしまえばいいからだ。

 今さっきジジィを引っ立てて行った衛兵を使うか、せいぜい、戦士タイプの駆者を雇った方がマシだ。

 そんな俺の提案に、アルは首を振った。

「今回、民の代表が、私を他のホムンクルスに入れ替えようなどと考えたのは、私の遊びが過ぎたせいでもありました」

 言って、アルは指と指をつんつんとつつきあわせた。

「私の寂しい日々の生活が原因と言っても過言ではないです。
 だけども。リトスが……あなたが、側に居てくれるのなら、私は、もう何も贅沢なモノは、いりません。
 そして、私が質素に暮らせば、当面私を害しようと言う者も現れないはずです」

 アルが、真剣な顔をして、オレを見た。

「ですから……リトス、あなたが私の側にいてくれたなら。それだけで、私を守ってくれることになるのです」

「……そんな莫迦な」

 そう、笑いとばそうとした俺の肩をアルは、ぎゅっと抱きしめた。

「城から、あなたがいなくなってしまったのは、私が不用意に『遊び』と言ったのが、気に触ったんですか?
 それでしたら、今度はあなたに真剣に……正式に依頼したい。
 これから先、ずっと、ずっと、私と、ともに居てください。
 そして、私が道に迷った時には、どうか先へと導く光になってください……」
 
 アルは、そう言って、少し恥ずかしそうに下を向いた。
 
「……とはいえ。ホムンクルスの私が、自分のモノと声高に主張出来るのは、この身一つしかありません。
 長きに渡る依頼なのに、報酬は、売っても、金貨五百枚程度の価値しかない、私自身を差し上げるしかありませんが……」

 それでも、是非受けてほしい、と訴えるアルの表情は、真剣でやっぱり、目の端に涙がだいぶ、にじんでいた。

 ……う。

 どうやら、俺は、こいつに泣かれるとダメらしい。

 男のクセに泣くなんて、情けねぇ、とは思うけど、俺はすぐ泣くアルのコトがあんまり……キライじゃねぇ、みたいだった。
 
 それに、泣き虫の魔王を放って行くほど薄情でも、急ぎの用があるわけでもない。

 しかも、一夜限りでない、俺の居場所を用意してくれるというのなら。

 ……仕方ねぇなぁ。

 俺は、ため息を一つついて、言った。

「……判ったよ。当分、他の仕事も出来そうにねぇし、受けてやらぁ。
 なんだか、プロポーズみたいな依頼だけど」
 
「ぷ、ぷろぽーずっっ!!」

「な、なんだ、なんだ……!」

 アルは、俺の言葉の変な所に反応して、いきなり、ぽんっと顔を赤らめた。
 
「ゆっ、許されるのなら、是非……っ!
 本当は、あなたをその……っ!
 つ~~つつ、妻に迎えて、幸せな家庭とやらを築きたかったのですがっ!」

「お……おお」

「私自身がどれだけ『人間』に近く作られているのか判らず。
 いくら頑張っても、子が成せない男では、夫の資格はなかろうと、諦めて、依頼に留めておこうと思ったんです!」

 なんだよそりゃ……!

 真剣な話のすぐ後に、どんな冗談かと思えば、アルの顔は、至極真面目そのものだった。

「本当は、そんな思いを心に秘めて、こっそり共に歩んで行こうかと思っていたんですが……
 あなたの口からプロポーズ、なんて言葉が出てしまったら、我慢なりませんっ!
 もし、役立たずを承知で良かったら、是非、依頼主から、夫に昇格していただきたく……っ!」

「ざけんじゃねぇ!」

「わぁ……! 暴力反対!
 そんな怖い顔して、拳なんて握らないでくださいっ!
 あなたに殴られて、星になるのはもうイヤですぅ~~!」

 本っ当に、しょうがねぇヤツ!

 なんだか、じたばた逃げているアルに呆れているうちに、ふと気がついたコトがあった。

 ……もしかすると。

「……俺。ホムンクルスの設計図のありかが、判ったような気がするぜ」

「ほ……本当ですか?」

 真面目な顔に戻って聞いてくるアルに、俺は頷いた。

「ジジィは最初。てめぇを作った魔法使いが、複製の元をパンツの中に隠した、と言ってた。
 そして、パンツをはいてる本人が気がつかない、隠し場所から鑑みて。
 モノが設計図だと思い込んでいたが……実は違うんじゃねぇか?」

「……え?」

 ……まだわかっていないらしい、アルに俺は少し……いやいや、だいぶ……か。顔が熱くなっていることを感じながら、言った。

「ホムンクルスに限らず、誰でも、必ずパンツの中に持ってるだろう?
 その……複製の元を」

「……それって、私のカラダの中心にあって……下がっているヤツですか?」

「……ああ」

「つまり、好きな相手と、普通に男女の営みをすれば。普通に子供が自分の複製となって、出来上がるという……?」

「……たぶんな」

 俺の言葉に、アルは、がっくりと膝をついた。

 莫迦莫迦しいが、辻褄は……多分、合う。

「今までの騒ぎは、なんだったんだ!」

 アルの叫びは、全くだ。

 特に、国を憂いて、魔王にちょっかいをかけ、挙句の果てに、無償で穴掘りを宣告されたエロジジィが聞いたら、憤死モノだろう。

 ……きっと、な。

 やれやれ。

「……それで、リトス。あなたは、一体、どこへ行こうっていうんです?」

 ぎく。

 呆然としているアルを置いて、こっそり外に出ようとしていた俺をヤツは、涙の滲んだ目で、止めた。

「やあ、アル。
 魔王の複製が、自分の意志でないと作れなくて、良かったじゃないか。
 てめぇが、唯一無二の存在だったらさ。
 多少悪政を働いても、誰も文句なんざ言えねぇし。
 ヘタに、俺が周りをうろうろしてて、何か間違いでも起こったら、複製が出来ちまうだろ?
 かえって、てめぇに迷惑がかかるだろうから……」

 そんな俺の言葉に、アルはクビを振った。

「ヒトにそこまで近い私が、永遠に生きられるとは、思えません。
 いずれ、衰え世代交代をするのなら、私は、リトスとの間に出来た複製になら……その子供に王の座を譲りたいです」

 そう、アルはにこっと笑うと、オレに向かって迫って来やがった。

「……あなたは、私が、嫌いですか?」

 切なく、涙がにじむほど、真剣な瞳に見つめられ、どきどきと鳴る心臓の鼓動に合わせて、ぶんぶんとクビを振る。

「……別に……っ! 嫌じゃねぇけど……!」

「……それは、良かった。先ほどの契約で、私はすでに、あなたのモノです。置いていかれたら、困ります」

「……ん、なコト言っても! 脅威が去ったら、俺は、てめぇを守る意味がねぇじゃないか!」

 だから契約は破棄だ、と言おうとした俺を、アルは、問答無用と、抱き上げやがった。

「~~コラ、離せ!」

「放しませんよ。
 苦難や、困難は、これからだって、きっと、山ほど続くでしょう。
 私とリトスの関係は、依頼主と雇われ人でも。持ち物と所有者でも、あるいは、その……夫と、つ……妻でも。何でもかまいません。
 どうか、一緒に居て下さい」

 口調は、お願いでも、アルの手は、しっかり力がこもってて、逃げられねぇ。

 じたばたしている俺に、アルは、機嫌よく微笑んだ。

「リトスと一緒の生活は、楽しみです。
 まず、手始めに二人仲良くベッドへと参りましょう。
 男女の営みってやつを試してみませんか?
 パンツを盗られた挙げ句、あなたに煽られて、私はすでにやる気、満々ですから」

「~~煽ってなんかねぇし!
 そもそも、あんなに複製の存在を嫌がってたのに、積極的に一つ作る気になりやがって!」

 俺の声に、アルは、にこっと笑ってクビを振る。

「複製を一つ、作る気はありません」

 そう言って、片目をつむった。

「あなたとの子供が欲しいです。最低、十人くらい」

 俺は、アルの言っている言葉が一瞬判らずぼんやりして次の瞬間。

 ボン、と顔が爆発するかと思った。

「~~そんなに、一杯! 身が持たねぇって!」

「きっと、賑やかで、楽しいですよ~~」

 アルは、ちっとも聞いちゃいねぇし!

 今まで、経験したことのない未来は、なんだか、とてもどきどきするけれど。

 アルにお姫様抱っこで抱えられ、アジトの地下室から、外に出てきた頃にはそんなに、悪い気はしなかった。


 俺の居場所は、アル胸の中にあるーーー


 そう、感じることが出来たから。

「リトス、愛してます」

「……どさくさにまぎれて、んな大事なことを言うな!」

「きゃ~~っ! 暴力反対!
 今殴られたら、あなたを落っことしてしまうじゃないですか!」

 前途は、多難そうだけど、ココロがぽかぽかしてっから、ま、いいか。

 アルと二人で戻る城への街道では、妖魔の大嫌いな太陽の光がいつまでも優しく降り注いでいるように見えた。




        <了>
 妖魔の住む危険な森に囲まれた世界。人々は魔法で作られた王に統治されて暮らしていた。しかし、その王が暴走。側近は現王を廃し、新しい王を作ることにした。王を複製するための素はパンツに隠した、との製作者の話により、複製の素は、パンツに隠された設計図ではないか、と推測。盗賊のリトスは、魔王のパンツを盗んで来るように依頼を受ける。
 リトスが魔王の城に向かう途中、妖魔にさらわれそうになっている銀の魔法使いを助けた。美しくもすぐ泣く、不器用な銀の魔法使いは、実は魔王。自分の命を助けたリトスに王は初恋し、寂しさのあまり我がままが過ぎた王に、リトスも愛を覚える。些細な行き違いからリトスは現王の破棄を意味する依頼を実行をするが、依頼主から王の話を聞いて、王と共に生きることを決意する。 企みは王の知る所になり、依頼主は罪を問われる。パンツに隠された魔王を複製するための秘密も判り、リトスは王と仲良く暮らす。

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