しばらくの時間をそうして過ごす。不思議なことにその間、家の中からは一切の音が消えた。静謐さに全身が軋む。まるで神様が、この男の人とおばあちゃんの別れをお膳立ててくれているかのよう。


私は――私だけが今この空間にいてはいけないような気持ちになり、そっと場を離れようとした。撫でていた広い背中から手を離す。


「大丈夫だ」


「っ」


「ここにいろ」


「……」


けれど、私はそうして男の人に引き留められてしまい、結局は元の場所から動かなかった。
引き留められる際、腕を掴まれた。私が痛がる素振りをしたのか、男の人はすまないと一言詫び、そうして私の頭をぽんとひと撫でしていく。


私には、触れるのか――。


隣合わせて座る私たちは、私が見上げて男の人が見下ろし、やっとお互いの顔を見ることが出来る。それほど長身で大きな男の人の表情は、結局白い布のせいで見えはしないけれど。
窺える口元は緩く笑み、なんだか切なくなった。


「帰るのはこちらのほうだ。……邪魔したな」


「っ、待って!」


今度は私が引き留めてしまう。立ちあがりかけた男の人の着物を縋るように掴み、膝を再度着かせようとする。
だって、まだ悲しんでいるのは明白だったから。ここに留まって解決するようなことではないかもしれないけれど、この人には、あと少ししかないおばあちゃんとの時間をもっと過ごしてほしいと思ったのだ。
この人は、おばあちゃんをとても大切に想う人。それがこの僅かな間にわかりすぎてしまったから。


縋るように引き留めてしまった際に、男の人の着物を少し乱れさせてしまった。頭巾も引っ張ってしまったようで、それが外れる。銀狼のような髪。目元を覆っていた白い布も一瞬揺れ、中の紅い瞳と目が合った。
素早く己の格好を整えた男の人に謝るも、けれど、それらを視認してしまって良かったと思った。


そうして私は、おばあちゃんとの約束事を、口にする。