「味はどれも評判がいいんだよ。この前の蕎麦も旨かったな。満月蕎麦」
「……は?」
俺は思わず箸を止めた。
「卵がふたつ入ってるから、月見じゃなくて満月だって」と、弟は空中で満月という漢字を書く。
「いや、なんで〝まんげつ〟って書いてそれが〝みづき〟になんの?」
「それは岸さんの名前が……」
ガシッ。俺は器用に右手でラーメンを持ち、左手で弟の胸ぐら掴んだ。
「な、なに、痛い」
「え?今なんて言った?岸?え?」
動揺しまくる俺を見て、弟は「ラーメン溢れるだろ」と俺の手を払いのけたあと、ため息まじりに言葉を続けた。
「だから俺のバイトの先輩が岸海月って名前だから、満月と海月をかけてるんだよ。なんでそんなことでムキになんの?」
……同姓同名?
いや、ここら辺じゃ岸って名字も早々いないのに名前まで一緒なんてありえない。
普段使わない頭で必死に整理しながら、俺は色々なことを組み立てる。たしかこの前のケーキ屋で話してた時に、『家まで送る』って言ったら『寄るところがあるから』と、時計を気にして海月とは店の前で別れた。
もしかして、寄るところってバイト?
あいつがバイトしててもなんの不思議もないし、学校でも禁止されてるわけじゃない。
でも弟と海月が同じ蕎麦屋でバイトをしてる?
こんな偶然あるんだろうか。偶然を通り越して少し怖いぐらいだ。