「もしかして岸さんって蕎麦苦手だったんですか?」

「え?」

「いや、食べられて感動みたいな顔してるんで」


今さら向かい合わせで食べていることが気まずくなり、なるべく見えないようにと顔をうつ向かせた。


「うちの兄ちゃんなんでも食べるくせに蕎麦だけはダメなんですよ」

「お兄さんがいるの?」

「はい。ひとつ上の」


なんとなくこういう会話が新鮮だったけれど私が質問しなかったせいで、再び沈黙になってしまった。


……そういえば私、こうして誰かとご飯を食べること自体久しぶりかもしれない。

周りのお客さんは食事をしながら、うまく会話をしてるのに私は人との話し方も忘れてる。


「岸さん、ここ辞めたあと他のところで働くんですか?」

また三鶴くんが話を振ってくれた。会話下手な私に動じないところが、少し佐原と似てる。


「ううん。予定はないよ。……三鶴くんは欲しいものが買えたら辞めるの……?」

「そのつもりだったんですけど、けっこう楽しいんで高校に入っても続けたいなって、ちょっと思ってます」

「そっか」


そんなやり取りをしている間に三鶴くんはお蕎麦を食べ終わり、不安だった私も気づくと完食できていた。

そのあと、空になった器を裏へと運び「やっておくからいいよ」という将之さんの言葉を押しきって、私は洗い物をして店を出た。