「はい。どうぞ」

帰り支度を済ませた私たちは店内へと移動して、まだ残っているお客さんの邪魔にならないように隅っこのテーブルに向かい合わせで座った。


清子さんはすぐにかけそばを二杯運んできてくれた。甘じょっぱい汁の匂いと、温かな湯気。

そして、かけそばのはずなのに、なぜか落とし卵がふたつ。


「サービスよ。月見そばならぬ満月(みづき)そば」

清子さんはニコリと私の肩を叩いて仕事へと戻っていった。きっと今のはダジャレというか、私の名前と被せてきたのだと思う。


「いいですね。満月そば。メニューにすればいいのに」

三鶴くんはそう言って、お蕎麦をすすった。


私も手を合わせて食べる体勢になったけれど、正直あまり食欲はない。

なにかを口にしても最近はすぐに気持ち悪くなってしまうし、全部食べきれる自信はないけど、手をつけないのはさすがに失礼だと思い、ゆっくりとお蕎麦を口に入れた。


「……あ」

思わず吐息まじりの声が出てしまった。


……美味しい。

久しぶりに感じたこの感覚に、するすると箸は進み、空っぽだった胃袋が満たされていく。