暫く横になっていたら、だいぶ体調は落ち着いた。今日もいつもどおりバイトがあるので、私は時計を確認しながら身支度をはじめる。
こういう情緒不安定な時は必ず頭痛がぶり返すことは分かっていたけれど、このまま家にいたほうがもっと悪化することも安易に想像できた。
もうすぐ美波は学校から帰ってくるし、晩ごはんが出来上がる頃には忠彦さんも帰ってくる。
そしたらはじまる、家族水入らずの穏やかな食卓。
私はその場にいたくない。ううん、いても、どんな顔して座っていたらいいのか分からない。
だから、バイトには救われている。
お金も貰えるし、お店の空気は居心地がいいし、なにかをしてれば余計なことを考えないで済むから。
家を出ていく時、晴江さんがいるリビングのドアは開けなかった。その代わり「行ってきます」と、聞こえているかどうか定かではない挨拶をして外に出た。
お蕎麦屋に着くと、清子さんと将之さんが「海月ちゃん、今日もよろしくね」と大きな声で迎えてくれた。
なんとなくホッとして、息が吸いやすくなった気がして、私は荷物を置きにロッカーへと向かう。
縦長のロッカーには銀色のラックと、小物などが置ける収納スペースがある。私は上着をハンガーにかけたあと、ポケットからスマホを取り出して棚の上に置いた。
カバーをしていないスマホは画面がむき出しで、確認しなくても通知を知らせるランプが点滅してることは目に入る。
佐原からのメッセージは、まだ見てない。
――『風邪?熱は?』
だって見てしまったら……。
おでこに触れられた暖かい手の感触を思い出してしまいそうで。