自分の部屋に向かった私は倒れ込むようにしてベッドへ横になった。
私がこの家に来た当初、実は養子として迎え入れたほうがいいのではないかという話が一度だけ持ち上がった。
金銭的にも苦しいわけではないし、ちゃんとした形をと勧める忠彦さんの意見を拒否したのは晴江さんだった。
『無責任なことを簡単に言わないで!』
まだ十歳という年齢だったけど、自分がとても迷惑をかけているということだけは分かっていて、リビングから響くやり取りを私はただドアの向こう側で聞いていた。
相談もなしに行方不明になった母と、母から捨てられた私。いらなくなった物を押し付けるみたいに預けられてしまった晴江さんの不満は計り知れない。
一応、叔母と姪という血縁関係はあっても、母は親戚の集まりや法事なども出来る限り参加しないようにしていたので、はっきりと言えば疎外された存在だった。
だから妹である晴江さんとも仲が悪く、母から家族についての話は一度も聞いたことがない。
晴江さんの話では母は昔から頑固で大勢でいるよりもひとりでいることを好んでいたらしい。
なにを考えてるか分からなくて友達もいなかったので、どんどん協調性が乏しくなっていき、今は亡き祖父母との関係も悪かったそうだ。
そんな人が産んだ子供を引き取りたいなんて誰も思うはずがなく、遠い親戚は探せばいるかもしれないけど、どこにいったって私の居場所はない。
私がもう少し器用で、素直に甘えられる性格だったら少しは扱いも違ったのかもしれないけど、しょせん蛙の子は蛙。
ひとりを好んで友達もいなく、協調性が乏しいなんて、まるで自分のことを言われているみたいだ。