「私もね、このホットレモンが好きでよくコンビニで買ってた。でもあの頃の私はなにに対しても無関心で、店員に顔を覚えられることさえ嫌だった。そんなことをぼんやりと考えながら、『あ、ここって、あの日の道だ』って。なんで私は佐原を頼ったんだろうって、ずっと考えてた」
佐原との思い出は数えきれないほどある。
学校の非常階段で授業をサボったこと。
図書室で友達になってと言われたこと。
嫌がらせをされた時、本気で怒ってくれたこと。
美味しいケーキ屋で放課後デートをしたこと。
音楽室で一緒にピアノを弾いたこと。
佐原の家でご飯を食べたこと。
水族館に行ったこと。
夜の学校に忍び込んだこと。
クリスマスに素敵なプレゼントをくれてキスをしたこと。
どれもかけがえのない出来事で、ひとつひとつが大切な宝物。
でもその中で一番心に残っているのは、やっぱり佐原と過ごしたあの日の夜のこと。
病気を宣告されて、フラフラとさ迷うように雨の中を歩き、きみに出逢った。
私はきっとあの夜のことを永遠に忘れることなんてないのだろう。
人のことが嫌いなのに、人を求めて、人の温もりに包まれて抱きしめ合いたかった。
「誰でもよかった。でも、佐原でよかった。佐原が――最初で最後の好きな人でよかった」
私は間違うことのほうが多かったけれど、佐原を好きになったことだけは間違わなかった。
佐原は瞳を潤ませながら「俺もだよ」と、優しく言った。
そのあとの四時間半。バスの中で私たちは肩を寄せ合って、片時も繋いだ手を離さなかった。