「佐原のお母さんは元気?」

「うん。元気すぎて毎朝ガミガミうるさいよ」

「はは」


佐原のお母さんに病気のことは話さないでほしいと伝えてある。

佐原のお母さんの明るさに私は何度も救われた。時々、佐原の家で作ってくれた晩ごはんが恋しくなる時があるけれど、今はほとんど点滴を身体に入れながらの生活になってしまった。



「ねえ、佐原。ちょっとだけぎゅってして」

私が甘えたように両手を出すと、佐原は嬉しそうに身体を引き寄せて抱きしめてくれた。


「やっぱり薄いな、海月は」

佐原の低い声が耳元で響く。


「佐原はまた筋肉がついた?」

「そう?最近商品の組み立てとかもしてるからかな」

「そんなこともするの?」

「うん。なんか期待されてるみたいで色々教えてもらってる」

「そっか」  


佐原はそうやってたくさんのことを覚えながら大人になっていくのだろう。

17歳、18歳と高校生活をまっとうして、就職するのか進学するのかは分からないけど、佐原の将来が明るいものであってほしいと思う。私はその頃にはきっと、きみの隣にはいないけれど。



「なあ、海月」

「……ん?」

佐原がゆっくりと私の身体を離した。そして。




「ふたりで遠い場所に行こうか」



佐原も分かっている。

ふたりで大人になることができないことも、私のタイムリミットがあと僅かなことも。


覚悟はない。決意もない。

でも私たちは……。



「うん。連れてって」


後悔のない選択をする。それが、ふたりで一緒に過ごしてきた中の、一番の答えだから。