次の日。うっすらと浮かんでいる山々から冷たい空っ風が吹きおりている中で、コンコンというドアをノックする音が二回。
「どうぞ」
窓の外からドアへと視線を変えると、晴江さんがいつものように着替えを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。あ、あの、今私の部屋ってどうなってますか……?」
もう家に帰ることは難しいので、私は年が明ける前に部屋にあるものはすべて片付けてくださいとお願いしていた。一応自分でも整理はしていたけれど、こんなに突然、二度目の入院になってしまうとは思ってなかったから。
「まだなにもしてないわ」
「そう、ですか」
晴江さんたちは毎年お正月には遠方に出向き、お雑煮が美味しいことで有名な店に行くことが恒例だったけれど、私がこんなことになってしまったので今年は行かなかったようだ。
「今日お仕事は……」
「仕事始めは明日から」
「そう……ですか」
まるでおうむ返しのように私は同じことを繰り返す。
晴江さんは入れ替わりで持って帰る私の着替えを黙々と紙袋に入れていた。いつもこうして会話は少なく、気まずい空気だけが病室に流れる。
私がネックレスをぎゅっと握り、意を決して声を出した。
「こ、このあとなにか予定とかありますか?」
「え……?」
「もしないなら……少しお話できませんか?」
話すタイミングを伺っているだけじゃダメだ。タイミングは自分で作るもの。
それが、今だと思ったから私はこの瞬間を逃したくない。
晴江さんは私のまっすぐな瞳を見て、ゆっくりとベッドに近づいてきた。そして目線が合うように椅子へと座る。
入院して何度も出入りしていたはずのこの病室の椅子に、晴江さんが座ったのは初めてだった。