海月は特に驚いた様子もなく、誰だろうと不思議がることもなかったから、多分俺のことは同級生だと認識はしていたと思う。
『と、とりあえず屋根があるところに……いや、その前になにか拭くもの――』と、テンパる俺に海月は小さく呟いた。
『ねえ、朝まで一緒にいてよ』
いつも学校では孤高を保っているのに、不安定さを露(あらわ)にして、海月はすがるような瞳をしてた。
きっと俺の心臓は16年間生きてきた中で一番うるさかったと思う。
24時間営業のネットカフェもファミレスも近くにはあった。
でも俺たちが入ったのは高校生には不釣り合いのディープなホテルで、空いている部屋のボタンを押して鍵が出てきて、本物か偽物か分からないシャンデリアがついたエレベーターを使って、薄ピンク色の部屋に入った。
なんか天井には鏡がついてるし、怪しげな自販機もあるし、ゲームのコマンドかってぐらいワケ分かんないボタンも数多くあって、とにかく俺は緊張してた。
そのあとの記憶は正直、断片的でよく覚えてない。
ただ濡れた身体も拭かずに海月はベッドに入って、俺は誘導されるようにゆっくりと手を引かれた。
今、考えればもっと冷静になることもできた。
俺たちは友達でもないし、接点もないし、明日からの学校でも顔を合わせなきゃいけない。
こんな無鉄砲に、こんななんの計画性もなくていいのかと、海月を冷静にさせることもできたはず。
でも、俺の手を引いた海月の体温があまりに冷たかったから。
俺よりも遥かに頭がいいはずで、バカなことも無謀なこともしなさそうな彼女が、こんな風に俺を誘うなんて普通じゃない。
直感で、なにかあったんだと思った。
雨の中をフラフラと歩いて、偶然出会った同級生にすがらなければいけないほどの理由が。