「ねえ、水族館に行った時に『俺は海月が溶けた海になるよ』って私に言ってくれたこと覚えてる?」


あの頃の私はもし自分が死んだら跡形もなく溶けて消えてしまいたいと思ってた。


「うん。覚えてるよ」

「私、あの時ね。佐原には一生敵わないんだろうなって思ったの」

「敵わない?」


「佐原はなにを言っても私を離さずにいてくれる。そういう人がいつか現れるんだよって、クラゲが入った小瓶を内緒で飼ってた幼い私に教えてあげたい」



あの時、私は水になってしまったクラゲを道路の片隅に流した。そこに今にも枯れてしまいそうな花が咲いていたからだ。


水を撒いたあとの花が新たなつぼみを付けたのか、それともあのまま枯れてしまったのかは確かめていない。


でも少なからず私は跡形もなく消えてしまえるクラゲを羨ましいと思いながらも、きっとどこかでクラゲがいたということを証明したかったんだと思う。



「私はもう身体が溶けて水になって海として漂いたいなんて思わない。このネックレスの中にいるクラゲみたいに、私は自分が生きた証を残したいって、今はそう思うんだ」


こうやって思えたのも、全部ぜんぶ、佐原のおかげ。

 
「じゃあ、俺はその姿を最後まで見届けるよ」


私が包んでいたはずの手を、佐原は握り返した。 


いつの間にか佐原の手から冷たさが消えていて、私たちの体温は同じになっていた。