「……誰?」

「担当医の先生。私はあんまり詳しくないけど、けっこう有名な人みたいだよ。あの人に診てもらいたくて地方からも患者が来るって聞いた」

「そう、なんだ」


そんなに評判がある医師なのに、海月の腫瘍を取り除いてはくれない。


俺はまだ冷静にはなれないから、手術できないとか、余命とか、ふざけんなって思う。


なんか方法があるんじゃないのか。

この病院には数えきれない医者がいて施設があって知識があって、こんな立派な病院を建てられるぐらい金もあるなら、なんとかして海月の病気を治してくれよって、ギリギリと奥歯を強く噛み締めてしまう。



「岸さん、どうぞ」

と、その時。看護師が海月の名前を呼んだ。


「じゃあ、行ってくるから」と立ち上がる海月の手をとっさに俺は掴んだ。



「どうしたの?」



頑張れ、はおかしい。いってらっしゃい、も不自然。

俺は言葉を探したけれど結局思い付かなくて「ここで待ってるから」と声をかけると海月は小さく頷いた。


……俺が不安になってどうする。掴んだ指先からそれが伝わってなければいいけど。


海月が診療室に入って俺はひとりになり、駄々っ広い待ち合い室を今さら見渡した。



観葉植物があって自販機があって、傍には公衆電話もある。俺がイメージしてた薄暗い待ち合い室よりは明るくて、重苦しい雰囲気は感じない。


でも脳神経外科の扉の向こうにいった海月のことはどうしたってまだ受け入れられなくて……その背中を見送るだけの自分がひどく不甲斐ない。